2023/12/08/金

医療・ヘルスケア事業の現場から

歯科医院の業務改善からみる働き方改革

コンサルタント 伊野 和孝

1.背景

近年の様々な研究から歯の健康が全身の健康に影響を及ぼし、平均寿命にも関わることが分かってきており、口腔内の健康増進はますます重視されてきております。

2022年6月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2022(骨太の方針)」にて「国民皆歯科検診」が盛り込まれ、全世代の国民が生涯にわたって歯科検診を受けられる制度の実現を目指す方針となりました。国民全体で歯の健康を保つことが医療費抑制に繋がるという考えが背景にあり、歯科医院は今まで以上に多くの患者の口腔ケアに注力することになると予想されています。

予防処置や診療補助を担当する歯科衛生士の需要はさらに高まると考えられますが、既に慢性的な人材不足に陥っています。今回は支援先の歯科医院の事例を通じて、業務改善と人事評価制度とを合わせた働き方改革や離職防止について整理したいと思います。

2.現状~歯科衛生士採用の難しさ

近年人材不足であると言われている歯科衛生士ですが、採用難については以下の要因が挙げられます。

1.歯科医院の多さ
歯科医院はコンビニよりも多いとよく言われる話ですが、直近3年間の比較を見ても歯科医院のほうが1万件以上多い状況です。

[出典]
・厚生労働省「医療施設(動態)調査・病院報告の概況」
・日本フランチャイズチェーン協会「JFAコンビニエンスストア統計調査月報」

2.歯科衛生士の就業状況
歯科衛生士の需要に対し、新卒求人倍率は2016年以降20倍前後で推移しています。また、厚生労働省が公表している就業歯科衛生士数の推移を見ると、人数は増加傾向ですが資格登録者数の半数以下となっております。現職の約9割は女性で、出産や育児などのライフイベントに伴う離職も多く、離職後の復帰が難しい現状が示されています。

[出典]
・一般社団法人 全国歯科衛生士教育協議会「歯科衛生士教育に関する現状調査-動向経年調査」
・厚生労働省「衛生行政報告例-就業歯科衛生士・歯科技工士及び歯科技工所」、「歯科医療提供体制等に関する検討会」

歯科衛生士不足について、厚生労働省が2017年から「歯科衛生士に対する復職支援・離職防止等推進事業」を実施し、喫緊の課題として対策を講じています。しかし歯科衛生士の圧倒的な売り手市場の状況は当面続く見通しで、今後も引き続き歯科医院同士による人材の取り合いが予想されます。

3.歯科医院の業務改善実践例~支援先におけるケース

前述の通り、歯科衛生士不足は深刻な問題となっております。支援先では、予約枠は埋まっているものの歯科衛生士不足により1日に診られる患者数が増やせないこと、患者とのコミュニケーション不足により患者のニーズを深掘りできていないことが課題でした。ここでは上記の課題解決に向けた取り組みと、今後取り組むべき点についてご紹介します。

現在取り組んでいる項目

①総診療時間見直しによる患者数増加:一患者当たり時間枠の効率化

[出典]厚生労働省 在宅歯科医療に関する調査
※当調査は、歯科医師、歯科衛生士の職種ごとに分かれていないため、あくまで参考値です

まず上記の厚労省の調査より、最も多い総診療時間は外来歯科診療では30分以上40 分未満(30.4%)、2番目に20分以上30分未満(24.9%)で、全体の55%以上が総診療時間を20分から40分にしていることが分かりました。

現状の課題として、歯科衛生士の実地指導が平均約45分と長いという点がありました。回転率低下を招き、次回予約が3か月以上先になることで衛生状態が保たれず、より長い実地指導が次回必要となるという悪循環が起きている可能性があったため、診療行為に対し目安の時間を設けて、適正化し、総診療時間を削減することで生産性の向上を目指しています。現在の診療時間は約45分ですが、仮に5分だけでも短縮すると下記の効果が見込めます。

【歯科衛生士の時間枠を45分から40分に変更した場合】
「45分の場合」420分÷45分=9.33人/日
「40分の場合」420分÷40分=10.5人/日
※1日=7時間(420分)と設定 
→歯科衛生士1人につき、1日約1名の患者数増が可能
[参考]1名×平均単価8,000円×チェア5台×稼働24日(週6日計算)=960,000円/月増収
     960,000円×12ヶ月=11,520,000円/年増収

歯科衛生実地指導料の算定要件では15分以上の実地指導で算定可能なので、回転率の高い歯科では15分〜20分で実地指導を実施していると予想されます。1患者当たりの時間枠の見直しで、すぐに増員できない中でも患者増による収益アップが図れると考えています。

②診療体制の改善:初診カウンセリングの導入による自費診療の増加
患者が気付かない問題を掘り起こし予防治療を提案する、定期的なメンテナンスに繋げるために日頃から気になることや不安を吸い上げるなど、主訴以外の部分で患者のニーズを把握することが自費診療に繋がります。

現在支援先では、歯科助手も含めた初診カウンセリングの導入(初診カウンセリング→患者情報の共有→セカンドカウンセリング→治療法選択)を進めております。カウンセリングの技術や専門知識を証明するトリートメントコーディネーターなどの資格取得に励んでいる職員もおり、患者とのコミュニケーションの専門家として適切な治療の提案を行うと同時に、知見を院内に共有することで全体の質を向上させる役割も期待されています。

例えば被せ物や詰め物を選択する際に、保険診療で金属を使うよりも、自費診療により丈夫で審美性に優れたセラミックを使うほうが最適と考える患者もいます。治療方法の長所・短所を明示して患者が納得する治療法を選択できるようにすれば、押し付けではない患者の望む診療の提供に繋がり、結果的に自費診療の増加に資すると考えられます。

今後取り組むべき課題

院内の体制整備
退職金制度の導入について検討が進められていますが、職場での働きやすさ(例:労働条件や院内の人間関係、ライフワークバランスの配慮)や職員の評価(例:評価制度の導入)という部分で整備出来る部分がまだ残されています。

長く在籍している職員に対する昇給制度や働きぶりに応じた報酬体制が整備されれば、待遇面の不満による退職にも歯止めを掛けられると考えられます。自身の働きが認められる職場なのだと認識し、今後もここで働きたいという意欲に繋がることが見込まれます。業務改善による収益拡大と同時に、職員の待遇改善を実現することが必要であると考えています。

4.最後に

口腔ケアがより重視される社会へと進んでいく中で、歯科衛生士の貢献は今まで以上に重要なものになってくると考えられます。働き方に関わる部分で院内の体制を整備すると同時に、優れた人材に長く働いてもらうために、働き甲斐のある職場を目指し環境を整えることは必要不可欠です。歯科衛生士が力を存分に発揮できるように院内の環境を整えることが、安定した経営への第一歩であると言えます。