2026/10/23/金
寄稿:白衣のバックパッカー放浪記
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目次
ベリーズからバスに乗って5時間。グアテマラ北部のペテン・イツァ湖に浮かぶ街、フローレスに行く。マヤ文明最大級の遺跡であるティカル国立公園への拠点となる場所だ。遺跡があることは後から知ったので、今回は行けない。その代わり、この場所を足がかりにして、グアテマラ南部のアンティグアを目指す。
バスは湖の南岸の街、サンタエレーナに停まる。そこから遊園地を周っているような小さなバスに乗り換えてコーズウェイと呼ばれる橋を渡り、目的地に到着した。建物はカラフルに塗装されている。日暮れ前にもかかわらず、人々がまばらに出歩いている。その様子をみて「治安がだいぶ良さそうだ」と感じ、肩にのしかかっていた「警戒心からくる力み」から解放された。
中米に来て13日目。治安の悪い場所とそうでない場所が嗅ぎ分けられるようになってきた。島全体に危なそうな空気が全く感じられない。久しぶりに夜、出歩ける喜びとドミトリーではなくホテルなことが重なって、自然と頬が緩んでいることに気づいた。浮かれていたのも束の間、スマホの充電プラグがないことに気が付いた。
最後に触ったのはベリーズのカフェだ。店内で使ったプラグを抜いた記憶がない。「しまったな」という感じだったが、さすがは観光地、コンビニらしきところが数箇所あり、購入することができた。ベリーズでは何もない中で、人と人の繋がりという豊かさを感じたけれど、必要な物がちゃんと手に入る豊かさもあるんだよなとしみじみ感じる。物価は少し高いけど、治安の良さは買うことができない。

ひと通り落ち着いたところで、夜ご飯を食べに出かけた。調べるとメニューのないレストランがあることが分かった。店員さんと相談しながら、食べるものを決めるらしい。値段も決まっていない。ぼったくられないか心配だったけれど、そんな面白そうな店を素通りするもの惜しいので、行ってみることにした。
レストランは道と道が交差する角にあった。照度が暗めな店内で、おしゃれに感じる。お腹が空いていたので、まだかまだかと注文を早く取りに来て欲しい気持ちを抑えて待つ。
噂通り店員のおじさんがやってきて、何を食べたいかと聞いてくる。「うちにメニューはない。でも材料はある。今日は何が食べたい?」と圧のかからない柔らかい物腰で尋ねられた。なんだか患者になった気分で、食べたいものを診断されているような感覚になる。
肉が食べたいと伝えると「肉なら3つおすすめがある」と種類と部位を説明してくれた。ある程度メニューは決まっているのかもしれないけど、裁量をこちらに与えてくれることが嬉しい。結果的にピッカーニャと呼ばれる牛肉とカブロと呼ばれるビールを注文することにした。
店員のおじさんは「グアテマラではすごいとか、賢いとかいう時にカブロンっていうんだよ」と教えてくれた。さっそく「あなたはカブロンだ」と使ってみる。おじさんも私に「君もカブロンだ」と言った。同じスペイン語なのに国独特の方言みたいなものがあるのは面白いなと思う。宿に帰って調べるとメキシコでは「クソ野郎の意」と出てきた。これが国による違いかと感じる。グアテマラ以外では使うまいと思いながら、その日は寝た。
とても目覚めのいい朝だった。宿のテラスからは湖が見える。天気もこれ以上ないほど晴れ渡っていた。荷物を整理して、充電プラグをバッグに入れたことを何度も確認してから空港に向かった。
アンティグアは元首都で、火山の麓にあるこの街は、世界遺産に登録されている中米の有名な観光地だ。治安はフローレスよりは少し悪い気はするが、大きな不安を感じることはない。
ここでの目的はコーヒー農園に行くことだった。グアテマラの場所が分からない人でもコーヒー豆の種類で名前を聞いたことはあるかもしれない。学生時代、東松原のコーヒー屋さんで飲んだグアテマラ産コーヒーの酸味のおいしさに衝撃を受けて以来、メニューにグアテマラ産があれば注文してきた。ということで私にとってグアテマラはコーヒー聖地の一つなのだ。
高まる期待を胸に、翌朝、ツアーのお迎えがきた。乗るのは軽トラの荷台で、日本ではありえない状況がたまらない。もうアンティグアからはかなり離れた場所なのだろう。街を囲んでいた山の辺りだろうか。農園までの急な山道をトラックは進んでいく。コーヒー栽培には水はけの良さと標高が重要らしい。地面から生えたコーヒーの木に青い実がついている。豆自体を取り出せるのはまだ先のようだ。

数人のグループで農園を回り、知識を得るとテイスティングの時間になった。グアテマラと言っても広く、同国内の様々なところでコーヒーが生産されている。ガイドによるとアンティグア周辺で作られる豆は世界で3番目にいい品質とのこと。「じゃあ、1番はどこなの?」と参加者全員が思ったことが分かる沈黙があった。きっとパナマとかエチオピアがいいのだろう。
参加者の一人であるカナダ人の女性はホイップが乗ってないブラックコーヒーを飲むのが初めてとのことだった。「そんなことあるの?」と思ったが、価値観は人それぞれ。続けてガイドが「グアテマラでは赤ちゃんが寝つかない時にコーヒーを数滴飲ませる」と教えてくれる。「本当かよ!?」と驚く参加者たち。ガイドはそうした反応に慣れた様子で「よく寝るから良いんだよ」という。国によってコーヒーの飲み方が違うことをすぐにまた思い知らされた。
国による違いを思い知らされるグアテマラ。そんなグアテマラの医療はどのようになっているのだろうか。周辺国と大きく異なることがあるのだろうか。グアテマラは16世紀にスペインの征服を受けたにもかかわらず、現在もマヤ系の言語や文化が色濃く残っている。
スペインの軍勢は、先住民勢力との同盟や対立を利用しながら山岳地帯に進出した。しかし、先住民の抵抗は続き、征服と植民地支配の過程は地域によって異なっていた。マヤ系住民は社会や生活様式を変化させながらも、独自の言語や文化を継承してきた。
こうした歴史的・文化的背景は、現在の医療にも関係している。グアテマラでは保健省による公的医療、社会保障制度、民間医療が並存している。しかし、農村部では医療従事者の不足や交通手段、経済的負担が医療アクセスの障壁となっている。加えて、スペイン語を十分に話さない先住民にとっては、言語や文化の違い、医療機関での差別的対応も問題となっている1)2)。
こうした課題に対応する取り組みの一つが、「包摂的保健モデル(Modelo Incluyente de Salud:MIS)」である。2004年から農村部で実践され、個人・家族・地域の三つを対象とした包括的なケアを展開してきた。医療者は診療所で患者を待つだけでなく、家庭を訪問し、生活環境や健康上のリスクを把握する。2011年の研究では、産後ケアや予防接種などの高いカバー率が報告されている3)。
さらに特徴的なのが、「Comadrona(コマドローナ)」と呼ばれる伝統的助産師の存在である。地域で受け継がれてきた知識を持ち、妊娠・出産を支える彼女たちは、住民と医療機関をつなぐ役割も果たしている。近年は世界保健機関(WHO)の米州事務局である汎米保健機構(PAHO)などの支援のもと、伝統的助産師と公的医療制度との協働が進められている4)。
もちろん、医療格差や地域保健人材の活用はグアテマラだけに見られるものではない。しかし、マヤ系先住民の文化が強く残るこの国では、その言語や価値観を尊重することが医療を届けるうえで重要な意味を持つ。
医療とは単に病気を治すことではなく、その土地の歴史や文化を理解し、人々の暮らしに寄り添うことでもある。同じ中米に位置していても、国が違えば医療のあり方も異なる。グアテマラのプライマリ・ケアは、そんな当たり前のことを改めて考えさせてくれる。今までのメキシコ、ベリーズと違った背景が新しいことを教えてくれた。

次回は11月13日(金)、エルサルバドル編です。
【参考文献】
1)Hautecoeur M, et al. Barriers to accessing health care services for the indigenous population in Rabinal, Guatemala. Salud Publica Mex. 2007;49(2):86–93.
2)Cerón, A., Ruano, A. L., Sánchez, S., Chew, A. S., Díaz, D., Hernández, A., & Flores, W. (2016). Abuse and discrimination towards indigenous people in public health care facilities: Experiences from rural Guatemala. International Journal for Equity in Health, 15(1), 77-. https://doi.org/10.1186/S12939-016-0367-Z/TABLES/2
3)Fort MP, et al. Implementation and progress of an inclusive primary health care model in Guatemala: coverage, quality, and utilization. Rev Panam Salud Publica. 2011;30(3):217–224.
4)Pan American Health Organization. Fortaleciendo Vínculos: Comadronas y el Sistema de Salud en Guatemala. 2023.
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