2026/07/24/金
寄稿:白衣のバックパッカー放浪記
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目次
ヨーロッパらしく電車が相次いでキャンセルとなった。結果的に予定の2時間遅れでブラチスラヴァに到着した。時刻は20時くらい。「宿にすぐさま行かなくては!」チェックインの時間を過ぎてしまうから足早に外に出ようとする。出口が見えて、「さぁ移動」だと周りを見渡した時に思わずたじろいだ。
街が真っ暗なのだ。その暗さは「これから街で一杯引っかけて、ゆっくり休もう」という希望を一瞬で掻き消すものだった。申し訳ない程度に信号の灯が点灯している。今までで1番暗い都市、それがスロバキアの首都ブラチスラヴァの第一印象だった。
正直言って、むやみやたらに歩くことに怖さを感じる。日本でも暗がりを歩くのは怖いが、それ以上に仄暗い。中途半端に人がいると分かることが不安をさらに煽る。スられてもおかしくない。そう直感的に分かる危ない空気感だ。
旅も終盤に差し掛かり、これまでの旅が(比較的)順風満帆だっただけに何か事件があるかもと期待はするものの、パスポートと携帯だけは盗られる訳にはいかない。帰国できなくなってしまうし、大使館で再発行するための書類もない。珍しく脇を締めて移動した。

宿まではバスを使うらしいが、バス停が見えない。ようやく、それらしきところに着いても時刻表らしきものの文字が暗くて読めない。それ以前にスロバキア語も分からない。
いつもこの街の夜がこうなのだろうか、それともたまたまなのだろうか。「チェコ・スロバキアと並べて言われてるんじゃないのか?それでいいのか?ブラチスラヴァ!」と少し励ましたくなる。そんな気持ちが湧き出るほどプラハと比べると全く違う雰囲気なのだ。プラハとブラチスラヴァはネオンが輝く繁華街と街灯のない裏路地のような関係だ。このバスで目的地に辿りつけるかはGoogle Mapだけが頼りだ。
ゴールまでの線上を自分自身が進んでいるかどうかをたまに見ては、携帯をしっかり握り締める。この画面に示された線が本当に生命線で、もし脱線しようものならチェックインできない。そうするとこの暗闇の中、歩いたり、野宿したりすることになるやも知れぬ。そんな気持ちを抱えながら、ガタゴトと石造らしき道を揺られてバスは走る。
なんとか宿のあるオブホドニ通りに着くと、ここに来てようやく街灯に照らされた道(それでも暗い)に出会うことができた。明るさは今の私にとっては安心感に直結していることを知った。道から柵を開けてチェックインしようとすると、こともあろうに女性部屋を予約していたらしい。
それは”かなり”良くないことだ。だが客観的に見てこれから新しい宿を探すにもこの暗がりでは元気も出てこないことは共感していただけるだろう。空き部屋がないか交渉して何とか2段ベッドのひとつを貸してもらえることになった。英語が通じる人で本当に良かった。ともあれ何とか荷物を下ろして、泊まる場所を確保できた。ここに来て、1番バックパッカーらしい経験かもしれない。
とりあえずご飯を食べよう。そう思ってスロバキア料理を調べる。とにかく滞在中はスロバキア料理を何種類も食べる。それを目標にした。何となく人気店らしきところを見つけた。まだ開店していそうだったので、早速赴く。暗い街で少し明かりが見えたような気がした。
店内は賑わっていた。店内は照らされているが、日本ほど、ばっちり明るいわけではない。明るいことが正義ではないけど、ムーディーな雰囲気を出そうとしているわけではないのに暗くなってしまうのはどうしてなのだろうか。観光客もそれなりにいるんだろうなと思う。
とりあえず、比較的とっつきやすそうな「ブリンべゾン・ピロヒ」という料理を注文する。ジャガイモでできた餃子みたいな料理だ。バルト三国でもこんな料理が出てきたなと思う。何かを包む料理は人間がどこかしらで思いつく形体なのではないかと感じる。餃子は代表的だけど、パイとかカルツォーネとかいろんな包み料理が世界には存在している。どういう気持ちが人にものを包まさせるのかと考えると、何らかの具を入れてみて、食べやすくした上で味わいを豊かにしたいという気持ちなんじゃないかと思う。
小籠包を例に挙げると肉汁ごと味わえるようにパックすることで「全てを味わいつくそうよ、きっと美味しいと思うぜ」という先人の呼びかけが聞こえて来る気さえする。ところがこの「ブリンべゾン・ピロヒ」はジャガイモで作った皮でマッシュポテトを包み込んでいる。マッシュポテトは味付けされていない、極シンプルなものだ。その単純さが味の奥行きを作らない。さらにソースがチーズなので口の中がなんだかベッタリした味で覆い尽くされる。
調べてみるとほとんどの料理が「ジャガイモとチーズ」の組み合わせであることに気が付く。トッピングとして肉が添えられている。内陸国の寒い土地で比較的育ちやすいジャガイモを、あの手この手で食べようと工夫して何とか体に取り込もうとしたのではないだろうか。きっと牧草地もどこかに広がっていて、そこで飼育されたヤギ乳を使ってチーズを作り、掛けてみる。そんな料理ばかりなのだ。一度目標としてスロバキア料理をたくさん食べると決めたので翌日もジャガイモとチーズの組み合わせを堪能する。
30代半ば、カルビからロースに嗜好が移る年齢に、この組み合わせが続くのは正直重たい。味自体がたんぱくなこともあるけど、何だか日本人の私からすると料理の選択肢が少ないことも耐えられないように感じる。昔のスロバキア人の「今日もジャガイモだ。今日はどうやって食べようか」と言う苦悩を乗り越える工夫は素晴らしいが、構成要素が毎回同じものを食べ続けるのは難しい。四季折々の食材を使った奥行き深い食事が恋しい…。帰国が近いことを思い浮かべ、帰ったら何を食べようか考える日数となった。

スロバキアの医療で目を引くのは、政治の影響を強く受けて制度が変化してきた歴史と、現在進められている病院ネットワークの再編である。
社会主義体制下では、医療は国家が所有・運営する中央集権的な仕組みであった。1989年の体制転換と1993年の独立後、1990年代には、強制加入の社会医療保険を基盤としながら、国民が複数の保険者から加入先を選択する制度へ移行した1)。
2004年の医療改革では、それまでの医療保険基金が株式会社形態の医療保険会社へ転換され、利益の計上や株主への配当が認められた。また、保険会社が医療機関と個別に契約し、価格や診療料などを交渉する競争的な仕組みが強化された1)2)。
しかし、その後の政権は市場化路線を修正し、2008年から医療保険会社に対し、利益分配を事実上禁止した。この規制は2011年の憲法裁判所の判断を受けて撤回され、医療保険から利益を得ることが再び認められた2)。このようにスロバキアの医療制度は、競争を重視する政権と、国家統制を重視する政権の交代によって、制度設計がたびたび変更されてきた3)。
また、2021年には病院の機能重複を減らすため、病院ネットワーク最適化が制度化された。病院を国家、高度専門、複合、地域、コミュニティの5段階に分類し、各施設が担う診療機能、人員、設備、症例数などを整理する改革である。これは病院数を機械的に削減する制度ではなく、急性期機能を集約する一方、地域の病院をリハビリテーション、長期療養、日帰り医療などへ転換することも想定している。
日本にも一次から三次までの医療圏や病院機能の区分はあるが、個々の病院の役割を全国的に再設定するスロバキアの改革はより踏み込んでいる。人口減少と医療人材不足が進む日本でも、既存の病院をすべて残すのではなく、限られた資源をどこに集中させるかという議論は避けられない。暗い街で食べたジャガイモ料理のように、限られた材料を最大限に生かすこの国の姿勢から学ぶことは多い。明るくなったブラチスラヴァ城からドナウ川を眺め、私はヨーロッパ最後の目的地ブダペストへ向かった。

次回は8月14日(金)、ブダペスト編となります。
【参考文献】
1)Slovakia: health system review 2016. (n.d.). Retrieved July 21, 2026, from https://eurohealthobservatory.who.int/publications/i/slovakia-health-system-review-2016
2)Countries covered by the HSPM platform. (n.d.). Retrieved July 21, 2026, from https://eurohealthobservatory.who.int/monitors/health-systems-monitor/countries-hspm/hspm/slovakia-2016/hspm-svk-2016-organization-and-governance/hspm-svk-2016-regulation
3)Slovakia: health system review 2025. (n.d.). Retrieved July 21, 2026, from https://eurohealthobservatory.who.int/publications/i/slovakia-health-system-review-2025
4)Ministerstvo zdravotníctva SR. (2021). Optimalizácia siete nemocníc (OSN) koncept . https://www.nrsr.sk/web/Dynamic/DocumentPreview.aspx?DocID=500799
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