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2026/06/12/金

寄稿:白衣のバックパッカー放浪記

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白衣のバックパッカー放浪記 vol.57/アムステルダム編

運河の街

コペンハーゲンの次にどこに行こうかと地図を見ていると、すぐ下にオランダがあることに気がついた。行ったことのない国に行きたいと思っているから目に入ったのかもしれないが、なんとなく魅力的な場所のように感じた。経路は陸路で行く方法もあるにはあるのだけど、コペンハーゲンが予想以上にスウェーデン寄りで、さらにドイツを通過するということで移動時間短縮のために飛行機を使った。

アムステルダム・スキポール空港に着いて、ひとまず外に出てみる。外には風車とかチューリップとか、オランダのイメージに合うものは1つもないけれど、綺麗で整った建物が並んでいた。

I amsterdam」というモニュメントが置かれている。そういう使い方もできるのかと関心してしまう。清潔さを感じるだけでなんだか日本っぽいと思ってしまう。どんな場所なんだろう。あまりにもイメージがなくてとにかく都心まで移動する必要がありそうだった。

オランダに来たらやりたいことが2つあった。1つ目はジーンズを買うこと、2つ目はゴッホ美術館に行くこと。ジーンズは旅の途中で股のところが引き裂けてしまい、それ以来ずっとスウェットか短パンという生活を送ってきた。

服が少ないことには慣れてしまっていたが、冬も顔を出しているのではないかというくらいに寒くなってきていた。足は腕よりも動いていることが多いからなのか、寒さを腕よりは感じにくい。でも流石にスウェットでは防寒に限界があった。

ゴッホにはあまり興味があるわけではないが、誰しもが聞いたことのある人の作品がたくさんあるはずなので、一度は観ておこうと心に決めていた。

アムステルダム中央駅から宿に向かうべく、外に出るとびっくりした。目の前に大きな海が広がっていた。まるでヴェネチアのような景色で「アムステルダムってこんな場所なの?」と驚きと興奮が湧き上がる。コペンハーゲンも運河が有名だが、アムステルダムはさらに大きな運河が広がっているらしい。調べてみると北のヴェネチアと呼ばれている。圧倒的に綺麗な街づくり。着いたばかりなのに「また来たい」という気持ちになった。

アムステルダム中央駅前

こんな水だらけで宿まで辿り着けるのかと思うが、道路や橋も整備されているため、難なく歩いて移動することができる。大通りから一本入った裏路地にあるドミトリーにチェックインしてジーンズを買いにでかけた。

無事にジーンズを買って、一旦宿に戻る。足が短いので裾上げしないとなと思ってソワソワしていたが、「完成するのは来週だ」と言われたので、そのまま貰って宿に置く。日本で買うよりも少し安いのと、服のレパートリーが増えたことが嬉しい。なんだか鼻が高くなったような気分で夜の街に出かけた。

アムステルダム

運河沿いのこの街は他の国と違うところがいくつかある。コーヒーショップと書かれている店はカフェではないし、赤いネオンは歌舞伎町のそれとは違う。言語もよく分からない。どこかで書いたかもしれないけど、アルファベットなのに読めないともう本当にお手上げで、数日しかいない国の言葉を覚えられるほど私は器用でもない。まずはオランダ料理なるものを口に入れてみようと考えてみるけど、「オランダ料理」と聞いて思い浮かぶ料理は何ひとつなかった。調べてみるとさらによく分かるのだが、イタリア料理とかフランス料理のような違いを感じられないのだ。

多分食べたら美味しいのだろうけど、ジーンズを買っただけで満足してしまったようで、もう今日は何もかも輝いてみえて、街角にあるよく分からないステーキ屋さんで定食を頼んで食べた。ローカルさ満載のこの店には観光客は1人もいない。家族連れが二組いるだけ。仕組みもなんとなくフードコートにあるようなお店。

とりあえず、食べてみる。「まずくはない」だけど、日本で食べる方がこの値段なら美味しいだろう。そう思わせる味なのだ。声を出して言いたいことだが、日本の肉の品質は本当に高い。ヨーロッパで同様のクオリティの店に行こうとすれば、どのくらいかかるのだろうかと思う。なんだか少ししょんぼりした気分で翌朝のゴッホ美術館に備えた。

ネットではチケットが手に入らなかったから、現地購入をしようと30分程度歩いて向かう。壊れた傘をさしながら小雨を切って目的地に到着すると人の列。「チケットが欲しいんですが」と係の人に聞くと「今はモバイルチケットしかなくて今日の分は売り切れだよ。次の分がいつかは分からない」とのこと。

バルセロナでサグラダファミリアのチケットが購入できたことに味をしめていたので、絶対なんとかなるだろうと周辺を探してみても、どこにもチケットはなかった。暗い空がより暗く感じる。大抵のことはどうにかしてきた旅だったけど、流石にどうにもならなさそうで、誰かに声をかけて譲ってくれる人を見つけるしか方法はなさそうだった。

思い切って列の人に声をかけて、片っ端からお願いしてみるーみたいなことをしてもいいのだが、そこまで絶対的な気持ちがゴッホに向いていない。というか、チケットを持ってる人も同じような境遇でここにきているはずだから、譲ってもらってまで自分がみたいと思えない。何か一つくらいは思い出の品を買おうということで、ゴッホの描いた地中海の絵の傘を買った。アムステルダムに来てから買い物ばかりしている。

蘭学の今

オランダと日本の医学の接点を考えた時、歴史に詳しくない私が思い浮かべることは江戸時代の蘭学だ。出島とかなんとなく長崎っぽいものを連想する。よくもこんな遠くからおいでなさったというくらい距離が離れたオランダからよく来てくれたなと思う。

そんなオランダの医療は現在どうなっているかというと、かなり強固なホームドクター制度を引いているようだ。オランダに住むものはhuisartsというホームドクターを付けることが義務付けられている。専門医とは分けられていて、クリニックには検査機器もないらしい。診療時間は10分程度になっている1)。またホームドクターは患者の緊急事態には15分で駆けつけられる場所にいないといけない仕組みになっているらしい2)

そこでゲートキープがなされ、専門医受診が必要な場合のみ紹介がされる。基本的にホームドクターの受診は無料で行われる。今までも家庭医制度はどの国にもあったが、オランダほど厳格にゲートキープされた国も珍しいように思う。

ただクリニックの容量を超える登録がある場合には医師はホームドクターに登録することを拒否できたり、安楽死が認められているオランダでは医師と患者感で倫理観に違いがないかをすり合わせる面談が存在するようだ。

確かに夜のアムステルダムからはどの国とも違う雰囲気を感じた。コーヒーショップが閉まる1時以降になると宿には叫び声が聞こえてきて、0時以降は歩くべからずな少し怖い印象さえあった。自分でどう生きるかや嗜好品をどの程度楽しむかも個人の裁量に委ねられている国なのだと思う。

一方で日本はここまで厳密なゲートキープはしていない。クリニックでも専門分化されていて、疾患ごとのクリニックもある。こうやってみると、そのことがとても日本的なものなんだと思う。大きなシステムよりも細部や使い勝手を丁寧に、目の前の人のニーズにダイレクトに答えるような繊細さみたいなものさえ感じる。どちらが正解とか優れているとかということもないだろう。

運河沿いの自由な街から、その街の医療を考えた時、厳密さと自分で選ぶ意思を感じる。国ごとにどのような変化を辿ってきたかは違う。大事なことは過去から学び、今を変えて、未来を明るくすること。だから次こそはちゃんと予約して美術館に行きたいと思う。


次回は6月23日(金)チューリッヒ編です

【参考文献】
1)海外勤務健康センター 研究情報部|国名オランダ/アムステルダム. (n.d.). Retrieved June 8, 2026, from https://www.forth.go.jp/johac/survey/europe/amsterdam.html
2)8068 huisartsen in Nederland. (n.d.). Retrieved June 8, 2026, from https://www.zorgkaartnederland.nl/huisarts


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