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2026/01/23/金

寄稿:白衣のバックパッカー放浪記

白衣のバックパッカー放浪記 vol.48/ローマ前編

イタリアの心

ボローニャからの特急は無事にローマ・テルミニ駅に到着した。日本を津々浦々巡ることも簡単ではないが、イタリアも同様に行くべき場所は多い。なんといっても世界遺産が一番多い国だから、滞在日数を考えたときにどこに行くかはかなり迷う1)

けれど、今まで旅路で出会ったイタリア人全員が口を揃えて「ローマに行くべき」と言っていた。最初は旅程に入れていなかったものの、そこまでみんなが言うならば外せなさそうだなと思い、行くことにした。

ローマ滞在中に道を歩いていて気づいたことが2つある。ひとつは、横断歩道で必ずと言っていいほど運転手が止まってくれることだ。今までの海外だと止まってくれないか、止まらないまでも歩行者を避けてくれる「優しさ」のようなものを感じたことはあった。しかし、完全に止まってくれるということはなかった。

ローマの運転手は視野が広いのかもしれないと思っていたが、元々横断歩道の上にいる人だけだった法律は横断歩道の近くにいる人にもドライバーは道を譲るように変わり、最近は罰則の厳格化がなされ、罰金が上がったようだった2)

行動(Behaviour)は、個人のCapability(能力)、環境などのOpportunity(機会)、Motivation(動機付け)の3要素が揃うと発生するという「COM-Bモデル」というものがある3)。元々停車する能力があるところに「高額な罰金」という情報が動機を刺激し、「警察の配備」という環境が機会を作り出すことで、歩行者にとって歩きやすい街になっているようだった。罰則ひとつでこんなにも人の動きが変容するのかと驚くレベルだった。

そうやって街のシステムに感心しながら歩いているうちに、もう一つのことに目が向いた。それは、この街が放つ「視覚的な力」についてだ。各国にあるイタリア料理店はローマの景観を真似して店内の雰囲気を作っていることに気づいた。他国でもレンガ造りの外壁に観葉植物の蔦がぶら下がっていたりする店があるが、あの少し暗く、ローマでしか感じられない雰囲気を持ち込んでいる。

その要素が色なのか素材なのかは定かではないが、「ローマらしさ」というものが街から滲み出ている。きっと多くの人がイタリア関連のものを作る時、ローマのことが頭の中に必ずあって、それを元にイメージを具体化しているのではないだろうか。とすれば、ローマが「イタリアの心」のような存在となって世界中に広がっているのではないか。そう考えると、旅で出会ったイタリア人たちがなぜ皆口を揃えて「行くべきだ」と言っていたのか、その理由が理解できたような気がした。

ローマの街並み

トレビの泉

バックパッカーをしていると「行き先、移動手段、宿」の3つを確保しただけで満足してしまうところがある。ツアーと違って入念な下調べを重ねずに、直接行ってみてその場で探していくことができるのは、バックパッカー旅ならではの醍醐味のようにも感じる。

ローマでの旅も特に行き先などを決めずにやってきたから、宿に着いてからが本番だという心持ちでいた。試しに地図を見てみると、ローマ市内には史跡マークのようなものが無数にある。もちろん全てを知っているわけではない。どこに行こうか迷っていると、宿の近くにトレビの泉を発見した。流石に有名な場所として知っていたし、名所だろうから手始めにちょうどいいだろうと出発してみた。

トレビの泉は、写真で見たことがある人も少なくないはずの、ローマを象徴する観光名所だ。ローマの歴史地区としてヴァチカンを含む数多くの場所が世界遺産となっている。目的地に近づくにつれて人の数が増えていく。到着するとさらに人数が増える。最前列までは順番待ちだ。大きな彫刻の頭こそ見えるが、全貌は見えない。ようやく自分の番になり、泉に目をやり驚愕の事実を知る。

「泉に水がない……」

「水がない泉」は泉と言ってよいのだろうか。みんな写真を撮っているが、なんだか自分の想像と比べると物足りない。とりあえず真似して写真を撮った後、全体を眺めてみる。3つの像が並んでいる。調べてみると、中央に鎮座するのは大河の神様、その左右に「豊穣の女神」と「健康の女神」が配置されているようだ。

トレビの泉は古代ローマ時代に造られた水道の終着点の名残のようなものらしい。紀元前19年頃にはすでに水道網があって、この水道は市民に綺麗な水を供給するとともに、ローマ初の公共浴場に水を供給する目的があったそうだ4)

公共浴場は市民の体を清潔に保ち、疫病を防ぐための公衆衛生の拠点となっていた。だから健康の女神であるサルースが建立されているようだ。このサルースはギリシャ神話ではヒギュエイアと呼ばれ衛生を指すHygineの語源になっている。

水のないトレビの泉

「水で清める」という感覚は、形を変えて今もイタリア人の生活に根付いているのだろう。それを象徴するのが、初めて見たときに戸惑ったイタリア独特の文化「ビデ」だ。

トイレの横にもうひとつ小さい便器のようなものがあるのだ。最初はなぜ2つもあるのだろうと不思議だったが、調べてみるとそれがビデというもので、冬場はお風呂に入らず、このビデで足だけ洗って寝ることもあるそうだ。水道があったにもかかわらず節約していたのかとも思うが、水と体の文化があるのは、近くに水があったからこそ作り上げられていったものなのだろう。

この日、泉に水が流れていなかったのは単にメンテナンスのためらしいが、市民の健康が保たれていて必要なくなった証拠なのかもしれない。トレビの泉には「コインを投げるとまた来られる」という言い伝えがある。私も乾いた泉にコインを1枚投げ入れ、またここに来られることを祈った。今度は水が満ちているところを見てみたい。

ヴァチカン

「ヴァチカン市国」ってなんだかまどろっこしい名前だな、と中学生ながらに感じていたことを思い出す。ローマに来ると「Vatican City」と書いてあることに気がついて、「直接和訳したからそうなるのか」と20年経って初めて納得するに至った。ドミトリーで周りの人の話を聞くと「朝早く行って美術館から入るのが良い」とのことだった。理由は単純明快で、めちゃくちゃ並ぶから。他にヴァチカンに行く方法はないものかとルート検索をかけてみるが、どうやら国全体を壁が取り囲んでいて、美術館側からしか入れなさそうな雰囲気。「そんなことあるのかよ」と思いつつも仕方ない。

ならばと早起きを試みたが、まさかの寝坊。なんだか熱っぽくて、「鼻水・咽頭痛・咳」という風邪の特徴的な症状が出ていた。休んだほうがいいのかもしれないけれど、ここまで来て「ヴァチカンには行きませんでした」という旅にはしたくない。

予定の30分遅れで到着すると、想像以上の長蛇の列。国の半周分はありそうなほど並んでいた。ヴァチカン以外にも行きたい場所があったが、この列に並ぶと今日がこれで終わってしまいそうで、他の観光地とのトレードオフを迫られる。どうしようかと悩んでいると、インド人に声をかけられた。

「私たちのチケットを買えば、並ばずに入れます」

インド旅行の動画を見たことがある人なら感じると思うが、だいぶ胡散臭い話だ。デリーに行ったとき、ヘビ使いのような若者たちに脅されたこともあったので、不穏な流れかなと思いつつも、「もし騙されていたとしてもネタになるし」という気持ちと「体調も悪いし並ばずに入れる可能性がある」なら、とメリットを優先して、ソワソワしながらも後ろをついていくことにした。

案内された場所はツアー代理店で、他にもインド人と数人の観光客らしき人たちがいた。話を聞くと、定価の倍近い値段で団体チケットを買うという提案だった。これで実際に入れるかどうかは分からないのが怖いところだ。でも「今日はコロッセオとフォロ・ロマーノにも行きたい」ということで、とりあえず購入してみることにした。これを見せれば入れるから、という言葉だけを頼りに―いや、本当は信じ切ってもいないけれど―入り口に行くと、一人なのに団体ゲートからすんなり入ることができた。

「疑ってごめんよ」という気持ちと、観光客の心理をついたえげつない商売だな、と思いながら館内を進んでいく。パスポートなどの提示もなく、本当にローマの一部という感じだ。一通り回り出口を出ると、また目の前の広場に行列ができていた。

何の列か聞くと、サン・ピエトロ大聖堂というカトリックの総本山的な教会に入るための列だという。ふと周りを見てみる。インド人はいない。そこにあったのは美術館から入らずとも入国できたという現実で、広場から道が伸びていることがしっかり確認できた。ちゃんと調べたら分かりそうなことに現地で翻弄されるのもまた旅なのだろう。 美術館よりもサン・ピエトロに行かないほうがまずいのではないだろうか。「ここだけはしっかり並ぼう」そして今日はいつもより長めにシャワーで体を洗おう。そう決めて列の最後尾へと向かった。

サン・ピエトロ大聖堂に並ぶ列

次回は2月13日(金)、内容はローマ後編となります。

【参考文献】
1)世界遺産 国別 登録数ランキング | 世界遺産オンラインガイド. (n.d.). Retrieved January 19, 2026, from https://worldheritagesite.xyz/ranking/ranking-2/
2)Art. 191 – ACI Gov. (n.d.). Retrieved January 19, 2026, from https://aci.gov.it/codice-della-strada/art-191/
3)健康日本21アクション支援システム Webサイト. (n.d.). Retrieved January 19, 2026, from https://kennet.mhlw.go.jp/information/information/exercise/s-00-006
4)Trevi Fountain in Rome: history, secrets and visitor tips. (n.d.). Retrieved January 19, 2026, from https://www.pantheonroma.com/en/2025/12/23/trevi-fountain-in-rome-history-secrets-and-tips-for-your-visit/?utm_source=chatgpt.com


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