2026/01/09/金
寄稿:白衣のバックパッカー放浪記

目次
ボローニャには全ての医者に縁があると言っても過言ではないだろう。長らく宗教的タブーであった人体解剖を医学部の授業として14世紀に復活した場所がボローニャ大学である。大学はキャンパスがなく、街に実験室や解剖学教室が点在している。一般公開もされているらしい。今も医学部で習う教育内容の多くがこの街で生まれている。
顕微鏡を本格的に医学に使用し始めたマルチェロ・マルピギーニ(皮膚とか腎臓の用語に名前が残っている)、カエルの神経を刺激すると筋肉が痙攣することを見つけたルイージ・カルヴァーニなど医学史の有名人がこの土地で医学史に歴史を名を連ねた1)2)。あとはコペルニクス的展開で有名なニコラウス・コペルニクスもボローニャ大学出身だ。
とにかく医学史学者が訪れれば興奮すること間違いなしの街な訳だ。きっと街中の医学関連の土地を巡っては喜びの声を漏らすに違いない。しかし私がボローニャに来た理由は全く違っていて、「名物のボロネーゼを食べること。それからサンマリノに行くこと」この2つが目的だった。
だから日数なんて詰め詰めで夕方到着の2泊3日で最終日の昼に旅立つ予定にした。つまり、ゆっくり観光している時間はない。とにかくボロネーゼを見つけて舌鼓を打たなくてはならない。そんな思いで中央駅からドミトリーへ向かった。
ヴェネチアに比べると街全体が暗い雰囲気だ。ドミトリーに行くために通った団地も暗い雰囲気にもかかわらず通り抜けていかなくてはならず、こちらを獲物だと思って見ているのではないかという男の視線を掻い潜って早足で歩いたくらいだ。中心地に行ってもその印象は変わらなくて、天気(その日は晴れていた)とか夕方とか関係なしに暗い。
ところがイタリアの中では最も生活の質が高い街らしい。よく見ていくと建物の色彩ほとんどがレンガの赤茶色を基調としている。街並みが徐々にボロネーゼに見えてくるほど、そして暗い暖色の建物が光を通さないくらい密集して建てられていた。
調べるとLa Rossa(赤い街)という別名があるようで、この辺りで使われている材料の粘土は焼くとテラコッタ色という独特の色味になるそうだ。世界遺産の柱廊もその色が基調になっていることも街全体の色調が統一されている理由だろう。この土地で採れた粘土も食物も火を通すとあの色になるかと思うと何だか不思議だ。建物の並び方に引きずられるかのようにタリアテッレではなく、その日はパスタが敷き詰められたラザニアを注文した。

翌朝、目的のサンマリノへ行くために中央駅に向かった。バス旅ばかりをしていたがどうやらイタリア国内の移動は鉄道がいいらしい。事前にネットで特急のチケットを予約した。あんまり細々としたことは考えずに旅をしているが、珍しく行き方も頭に入れて準備万端にしていた。
なんと言っても今日しか行くチャンスがないし、サンマリノに行かないのならばミラノでもフィレンツェでも観光名所が数多く存在するイタリアでわざわざボローニャを訪れる人は少ないだろう。それは少し極端な言い方かもしれないが、ともかく人生ラストチャンスという感じで特急に乗ってリミニ駅を目指した。
ところが席に着くなりイタリア語でアナウンスが流れている。もちろん全く聞き取ることはできない。しかし放送が終わるなり、みんな「やれやれ」という感じで下車していくではないか。足早に駅員の所へ向かって携帯の翻訳機能でどういうことか聞くと「キャンセルになりました」とのことだった。やりとりは以下のように続いた。
「振替の電車は何時ですか?」
「そういうものはありません」
「電車の予約してるんですけど?お金はどうなるんですか?」
「そのうち払い戻しになると思います」
なんだか暖簾に腕押しで、何を言ってもどうすることもできないことが分かった。キャンセルって本当に何もなくなる欠航みたいな意味だということも分かった。駅の掲示板を見てみると怒涛のキャンセルラッシュでほとんどの電車が動かないことが分かった。

イタリア国内で電車を運営しているのは2社ある。1つは国鉄、もうひとつは私鉄のitaloだ。もともとは国鉄しかなかったらしいが、サービスの質が良くないことを理由に競合としてフェラーリの元会長達が出資してitaloができたらしい。
日曜日ということもあるのかもしれないが、こんなにすぐに電車が止まってしまっては堪らない。掲示板で運行している電車のほとんどがitaloだけど、リミニへは走っていない。
さらに驚くことに周りの誰も暴れたり取り乱したりしていない。まるで「また止まったかぁ、また今度にするか」くらいの和やかな感じで過ごしている。動かないことが当たり前すぎて、逆に動いたらめちゃくちゃラッキーに感じている節すらある。
「さて、どうするか」と考えてみてもトライし続けるしかない。チケットカウンターにいって2回予約してトライしてみるも次々にキャンセル。諦めかけたその時、掲示板をぼんやり見てるとインターシティーという準急だけが止まらずに走ってる傾向を見つけた。しかもリミニ行きが1時間後にある。
これなら行ける、そう信じて電車に乗り、席に着く。ここで満足してはいけないと自分に言い聞かせながら待っていると、まるで重い腰を上げるようにして車両が進み始めた。
リミニに着いても油断はできなかった。さらにそこからバスで移動するのだが、この調子だとバスもキャンセルになってしまうのではないか、という不安は付きまとった。
バス停にバスが来た時には何度も車掌に「リミニ?リミニ?」と思わず聞いてしまうくらい、着いてもいないのに嬉しさと達成感に包まれた。
ここでサンマリノ共和国を少し紹介したいと思う。現存している最古の共和国で国土面積は山手線の内側くらいの大きさだ。険しい丘陵地帯に囲まれていて、国自体も山頂にある天空都市だ。国全体が他の1ヵ国に囲まれている国を包領というが、実は世界に3ヵ国しかない。
その成立は紀元前301年で、ローマ帝国によるキリスト教徒迫害から逃れるためにマリノという石工がティターノ山頂に登り共同体を作ったことに由来する3)。
皇居からも皇帝からも独立した誰からも支配されない国として自分たちの自由を確保し続けてきた。国旗の真ん中にもラテン語で自由を意味するリベルタスの文字が記されている。ナポレオンに国土の延長を提案されたらしいが、国境が伸びれば争い事に巻き込まれる可能性が高まるという理由で拒否したという4)。
そんなんで攻めてこられないのかと思い調べてみると軍隊自体はあるが重火器や戦車などはなくかなり軽装備なものらしい。そもそもイタリア国内にあることもあってかイタリア軍が守ることになっている。
バスはどんどん山道を登り、念願のサンマリノに到着することができた。確かに国は山の上にあってどこに行くにも階段と坂道を使う。ボローニャと違って灰色やクリーム色の石で建物が作られていた。国土自体が山手線内側だけなので、山頂にある街自体は2時間もあれば周り切ることができる。あっという間に周れてしまうので物足りないくらいだった。街全体が世界遺産だけど、観光地化しているということもない。
ふと教会から教科書のフランシスコ・ザビエルと同じような服を着た修道士が何人かの侍女達と一緒に降りてきた。素朴な様子で静かに石でできた階段を下っていく。きっとずっと変わらず信仰を続けているのだろう。派手な教会よりも神聖な感じが強い気さえしてしまう。
でもきっとこれが2000年以上続く自由の形。派手さもなく、小ぢんまりとしてスケールすることも避ける。まるで日本の老舗みたいな生き方、きっとこれがリベルタスなんだろう。

翌朝ボローニャからローマへ向かう。もちろん特急はitaloで予約した。かなり安心で確実な方法のはずだ。何せあれだけのキャンセルだらけの状況でも運行し続けていた訳だから大丈夫だろうと思いきや、何故か自分の電車だけ遅延している。でも遅延ならキャンセルじゃないだけマシか。今は誰からも支配されない時間を持ってるのだから。旅はイタリア半島を着実に南下し続ける。
次回は1月23日、ローマ編となります。
【参考文献】
1)Marcello Malpighi | Italian Scientist & Anatomist | Britannica. (n.d.). Retrieved January 1, 2026, from https://www.britannica.com/biography/Marcello-Malpighi
2)坂井建雄. (2020). 医学全史ー西洋から東洋・日本まで (喜入冬子, Ed.; 初版). 株式会社筑摩書房.
3)サンマリノ共和国大使館 日本語 | Embassy of San Marino Japan. (n.d.). Retrieved January 1, 2026, from http://rsm-giappone.com/jp/
4)建国から1700年間、一度も戦争なし 行ってみたら、断崖絶壁に守られた国だった:朝日新聞GLOBE+. (n.d.). Retrieved January 1, 2026, from https://globe.asahi.com/article/14700660
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