2025/10/10/金
寄稿:白衣のバックパッカー放浪記

目次
アヤナパはキプロスという国のリゾート地だ。キプロス自体は島国でトルコの下らへんにある。日本人には馴染みのない場所。私がキプロスを知ったのは昔オンライン英会話をしていた時のこと。可愛い先生から「彼氏と今度サイプラスに一緒に行ってくる」と告げられた時だった。「どこよ?」という気持ちより「彼氏いたんだ」という気持ちが先に来たことは言うまでもないが、綴りを聞いてようやくキプロス(Cyprus)だと分かった。
もともとイギリスの植民地であったからか、ロンドンガトウィック空港からアヤナパまでの航空券は安い。どこかを起点にして地中海を横断したいと思っていたから、大きく距離を移動するのに持ってこいであった。ここからはポルトガルにあるナザレを目指して旅をしていく。夏の地中海というのは本当に気分が良い気候らしい。どんな旅になるのか楽しみだ。
22時到着の飛行機がラルナカ国際空港に着いたのは22時30分であった。まぁそのくらいならと思っていたけど、実はこの30分のうちに最終バスが出発してしまっていた。バスカウンターでみんな怒っている。観光客にダメそうかと聞くと「LAZY」と言った。きっとのんびりやが多いのだろう。仕方ないからタクシーに乗ることにして空港内でタクシーの手配をして案内されるがままに空港の外に出た。体に温かい空気が当たるのは1ヶ月ぶりだった。自分が長いこと緯度の高い場所にいたことを感じる。地図を見ればかなり移動したことは分かるけど、数時間のフライトでがらりと変わる気候が、いま自分が違う場所にいるのだと強く教えてくれた。
少し騙されていないかと思いながらも到着口に付けられたタクシーに乗って、ホテルへ向かった。多分どのタクシーに乗っても値段は変わらないだろうと思うが12,000円はなかなか高い。でも他にいく方法がないし、そして空港からアヤナパまで車で1時間くらいかかるため、とても歩いて行ける距離ではなかった。運転手は上手いとは言えないレベルの英語で話してくれる。どうやらリゾート地には現地の人は住んでおらず、仕事が終わったら少し離れたベッドシティーとでもいうべき場所に帰るらしい。自分も同程度の英語で会話していると本当に会話できているのか不安になるが、お互いが意思疎通できていそうな雰囲気でコミュニケーションが進行していることだけが頼りだった。
無事にホテルに到着し、カウンターでトルコなのかギリシャなのか分からないアクセントの英語を喋るスタッフにパスポートを渡してチェックインをした。最近はドミトリーとかペンションとかが続いていたが久々にホテルを取った。だってリゾートなのだから、少しは贅沢したいでしょう。もちろん部屋にあるのは3段ベッドではなく、大きなダブルベッド。荷物置きも充分なスペース。しかもベランダもある。夜だから見えないけど、目の前にはオーシャンビューが広がっているはずだ。なんだか1人ハネムーンに来たような、そんな開放感があった。何はともあれ地中海まで躍り出た。ここからナザレまでの旅が始まる。

翌朝、目が覚めて窓の外を見てみると予想以上に青い海が真っ直ぐに水平線を引いて広がっていた。朝食を済ませて、いつでも海に入れるように水着を履いて、街をぶらつくことにした。何か地中海と医療で面白い本はないかとあさっていた時に偶然、医学全史という本を見つけた。読んでいるとこの辺りは医学史と強い関連がありそうなことが分かった。
例えば古代ギリシャ・ローマにおいて医師の君主として尊敬されたガレノスも30代の時にキプロスを旅したことが分かった1)。ガレノスは動物の詳細な解剖を行い、医学全般で多数の著書を書いているらしい。ガレノスと聞いて思い出すのは炎症の時にどんな症状が出るかをまとめた「ガレノスの5徴候」で、教科書で炎症の時には「赤くなって、腫れて、熱を持って、痛みが出て、機能が下がる」と習った時はひたすら暗記していたが、実臨床で炎症を考える時に役立ったことが思い出される。
自分も30代で同じくしてキプロスを旅していることを考えるが、君主ほどの偉大な功績は今のところないなと我に返った。散歩中に薬局に入れば確かにヒポクラテスの像が置かれているし、ふとしたところに医学史が転がっているのかもしれないとなぜか確信して、今回の旅路では、この本と照らし合わせながら地中海を巡ることで医学史への理解を少しでも深めていくことをサブテーマに据えることにした。
薬局は日本並みに品揃えがよかった。風邪薬などはもちろんおいてあるが、精力剤とか化粧品まで揃えてあった。チェコの薬局にあったOTCで治療するようなリーフレットはなかったが、どことなく日本と同じような雰囲気だ。一応キプロスの保険制度を調べてみると国民皆保険のような制度であるGHSという制度があるようだ2)。
これにより外来、入院、予防、リハビリを受けられるようになっているらしい。GHSには美容や治験は含まれない辺りも日本の制度に似ている気がする。やはりその国の医療制度を知るには薬局を訪れるのがいい。実はこれは先輩医師の独特な習慣で、その先生は海外旅行に行くたびに現地の薬局を訪れるらしい。先輩の受け売りではあるが、かなりおすすめだ。

ヨーロッパにおけるバックパッカーにおいて、この協定は知っておかなくてはならない。なぜならシェンゲン協定加盟国の中は90日VISAが免除されるからだ。大切なことはEU加盟国ではなく、シェンゲン協定加盟国であるかどうかだ。ほとんどのEU加盟国がシェンゲン内に入っている中、ここキプロスだけはEU加盟国でありながら、シェンゲンに加盟できていない。入国のスタンプもEUのものと違う場所を見つけるのが難しいくらい酷似している。
どうして加盟できていないかというと島内で紛争があるからのようだ。実際に島の北側はコンクリートの壁で仕切られて、トルコだけが承認している北キプロス・トルコ共和国となっている。いわゆる未承認国家があり、国境問題があることが加盟できていない理由の1つらしい。こんなリゾート地にもここからは感じられない事情があるのだなと思う。
試しに行ってみようとバスを待ってみるが、待てど暮らせど全くこない。というか路線バスの仕組みが携帯で調べても全く分からないのだ。せめて首都のニコシアにくらい行かせてほしいと思うが、どのバスも行かないと言われてしまい、結局行くことは叶わなかった。ただ自分が今いる場所では平和しか感じられないが80km先には解決していない争いがあるのだと思うと目の前にあるものだけで国を判断することが難しいことを知った。
ただ少なくともアヤナパは青い海と石灰の色のコントラストが素晴らしくて、シーフードが美味しくて、トルコとギリシャとイタリア料理の融合した食事文化が堪能できるのだ。夜歩いても治安の悪さも感じない。ヨーロッパでバックパッカーが沈没するのにこれ以上適した場所はないのではないかと思わせた。

3泊した後で次の目的地であるアテネに向かう。アヤナパから今度はタクシーではなくバスで向かう。ショッピングモールの前で集合とのことであったが、なかなか来ない。着いた時に空港で誰かが言った「LAZY」を思い出す。すると途中でタクシー運転手が「バスは故障したからここには来ない、よかったら乗せていくが1組どうだ」と車内から投げかけてきた。バスを待っていた夫婦が「私たちが乗るわ」と早々に荷物を詰めてタクシーで空港に向かって行った。
「どうしよう、バスが来なかったら空港に間に合わない、ヤバいかも」と思っていた矢先バスがやってきた。先ほどのタクシー運転手は嘘をついていたことに気がついた。でもきっとあの夫婦はそのことを知らなければ「バスが来ない中タクシーに乗ることができて、自分たちは何てツイているんだろう」と思っているはずだ。素晴らしさと危険はいつも隣合わせ。危険な場所にこそ、素晴らしさが潜んでいるのかもしれない。
次回は10月24日(金)アテネ編となります。
【参考文献】
1)坂井建雄. (2020). 医学全史ー西洋から東洋・日本まで (喜入冬子, Ed.; 初版). 株式会社筑摩書房.
2)GESY – キプロスの一般医療制度を理解する – Polycarpos Philippou & Associates LLC. (n.d.). Retrieved October 6, 2025, from https://philippoulaw.com/ja/articles/gesy-cyprus-general-health-system/
白衣のバックパッカーのSNS: