2025/09/26/金
寄稿:白衣のバックパッカー放浪記

目次
クイーンストリート駅の改札で私は慌てていた。グラスゴーからエディンバラへ行く電車の出発時刻が迫っていたからだ。電光掲示板に表示されたプラットフォーム番号の横には小さく「est」と書かれている。調べてみると、推定を意味する estimate の略だと分かった。分かったはいいが、そのプラットフォームにはすでに電車が来ている。だが本当にそれが目的地に着くかが分からない。周りの人に聞いてみても「たぶん」と答える。
なぜなら「est」の文字の前では、みんな確証を持ちきれなかったからだ。時刻は19時で、到着は20時7分。リトアニアのように夜9時に店がほとんど閉まってしまうということはないだろうが、早めに着いておくに越したことはない。電車に乗り始めている人もいる。何せアイラから直接ここまで来たから座りたい気持ちも出てきており、60%くらいは正しいだろうという不確実さの中で車内に乗り込んだ。出発後の車内放送と携帯の地図で、エディンバラに向かって進んでいることを確認し、一安心した。
スコットランドの首都であるエディンバラは人口約50万人の都市。新旧の街並みが調和していることを理由に世界遺産に選ばれている。ハリー・ポッターの世界を思わせる街並みもあるらしい。ただ滞在は2泊3日で、夜着で最終日は朝早くロンドンに向かう。あくまで経由地で、実質まるまる使える日は1日しかないのだ。
ドミトリーは駅南側のエディンバラ旧市街にあった。宿に着くとスタッフから説明を受ける。隣のカフェと正面のパブで割引ができることを、小学生におつかいを頼むかのように丁寧に教えられた。部屋の説明も受ける。大抵ドミトリーでは部屋番号とベッド番号が書かれた札をもらう。「room203、bed3」といった具合だ。指定された場所に向かい少し驚く。自分のベッドが2段ではなく3段ベッドだったからだ。初めての体験。やっぱりバスが2階建ての国だから、ベッドも縦に詰むのだろうか。
それにしても、何かを充電するたびにこの梯子に登るのかと思うと、とてつもなく高い場所へ毎回登頂しなくてはならない感覚になる。とりあえず梯子を登ってベッドから下を見てみる。やっぱり高い。そして下の人が少し動くだけでめちゃくちゃ揺れる。アイラでは個室だったこともあり、ドミトリーに来たというギャップが大きい。だが私が抱くのは不満というよりも「新しい体験をしている」という好奇心だ。ドミトリーには旅の醍醐味が詰まっている。
荷下ろしをしてから散策することにした。水を買わなくてはならない。宿から小道に入ったところにある長い石階段を一段ずつ登る。暗がりだが、人が何人も行き交っているので治安の悪さは感じない。そういえば本当の意味で治安の悪い国に行ったことがない。夜に出歩いて問題ない場所しか訪れたことがないという事実から、潜在的に平和な旅を選んでしまっている自分がいるのではないかと、少し残念な気持ちになった。
階段を登り切ると、USJで見たハリー・ポッター・ワールドのような街並みが広がっていた。遠くにはホグワーツ魔法学校を彷彿とさせるエディンバラ城が見える。賑やかな方に進んでいくとクイーンズストリートという横丁に出た。ここももちろん作品のモデルの一つだ。生活保護に苦しんだ作家は、歴史上もっとも報酬を得た作家になった。あの作品がなかったら、私が今ここでワクワクすることもなかったかもしれない。自分の知っていることと現実が繋がるとワクワクする。その勢いで翌日はエディンバラ城に行くことにした。単なる経由地が目的地に変わった瞬間だった。

しばらく歩いていると、旧市街全体が縦に積まれていることに気が付く。道が上下に分かれ、建物にも上下それぞれの入口がある。だから橋の横に店がある、そういう独特な都市構造だった。戦争と人口増加がきっかけでこの高層建築になったらしい。限られた土地で多くの人が住む場合は、建物を上に伸ばすしかないのかもしれない。
しかし、この高層建築はクリーム色のレンガが歴史の重なりで黒ずみ、街の景観をほどよく落ち着かせていた。
翌朝起きてエディンバラ城に向かう。混むといけないので早起きして坂道を登った。ところが入城にはチケットをアプリで事前に買わなければならないと分かった。次に空きがあるのは13時。「まだだいぶあるな」と思いながらとりあえずチケットを購入し、散策することにした。日本だと観光施設は大体、当日入りたい時に入れる。
そもそも国内観光でアプリを使ってチケットを取る経験はあまりない。観光客側のメリットは紛失しない、キャッシュレスで便利という点。一方で観光業側はデータ取得の効率化やアプリでの宣伝といったメリットがあるのだろう。入場者数が同じなら、人混みや待ち時間も平等に分散されるということだ。
ダムが川の水量を調整するように、ある意味では公平だ。携帯を持たない観光客には不利だが、このご時世スマホを持たない観光客も少ないだろう。宿もオンラインでしか取れないことが多い。20年前のバックパッカーとは明らかに違う旅をしている。訪れる場所が変わらなくても、回り方は時代とともに変化している。過去の体験はできないが、「今できることができなくなる」という未来の想像はできる。なかった時代を思い浮かべることで、今の体験が自分の中に積み重なり、価値になっていくのだ。

エディンバラに留学していたという後輩に「〇〇飲んだら、すごかった」と教えてもらった。〇〇を全部覚えていなかった私だが、「確かボム」って言っていた気がすると霞越しに何かを見るような精度で思い出した。とりあえずお酒であろうことは分かっていたので、パブに入ってみることにした。入ったパブではサッカーの生中継がされていて、店内には誰でも分かりそうなスラングがボールが奪われるたびに飛び交っていた。
カウンターで見てみると確かにBOMBって書いてある。というか綴りも爆弾じゃないかとその時になってようやく気がついて、めちゃくちゃ強いのではないかと思った。確かに店中にグラスを持った大柄な男たちがいて酔っているとしか思えないテンションで大きな声を出している。結構やばいのかもしれないなと思いつつも、「ボムください」とお願いした。すると「どのボム?」と聞かれる。爆弾にも種類があるらしく、「じゃあこのジャガーボム」と動物っぽい名前のものを頼んでみた。
口に含んでみるとレッドブルと割と強そうなリキュールのカクテルだった。なんだかハーブっぽい味でアブサンみたいだなと思った時に「あ、ジャガーじゃなくてイエガーだ」と気付いた。それは確かにグラス1杯で酔うには十分なアルコール度数だった。
しかし、こんなにみんなして飲んでいてアルコール中毒にならないのだろうかと思わせる。試しに1人カウンターで調べているとエディンバラ市議会のサイトを見つけた。なかなかに面白い。まずチャプターが「ソーシャルケアとヘルス」になっている。さらにディレクトリには介護者、ウェルビーイング、家族会議など家庭医療専門医で勉強したような内容が散りばめられていた1)。その一つであるメンタルヘルスと中毒を見てみると「アルコールと薬物からの回復」というボタンを見つける。押してみるとアルコール関連のものは「アプリ」にまとまっていますと。ここでもアプリかよと思いながらみるとエディンバラ専用中毒者サポートアプリみたいなものに繋がった2)。
1130人のスコットランド人を対象としたあるレポートによるとアルコール問題を抱える人に支援をすることに大多数が賛成しているという3)4)。城や建物のように住む人々も平等に考える。個人の問題だけではなく社会全体としてサポートしていく姿勢がこの街の魔法でできたような景観を作り出しているのかもしれない。

次回は10月10日(金)アヤナパ編です。
【参考文献】
1)Social care and health – The City of Edinburgh Council. (n.d.). Retrieved September 22, 2025, from https://www.edinburgh.gov.uk/social-care-health
2)ARC2.0 Edinburgh. (n.d.). Retrieved September 22, 2025, from https://arcapp.co.uk/
3)Scottish Social Attitudes: Public Attitudes to Alcohol and Tobacco Use and Weight | National Centre for Social Research. (n.d.). Retrieved September 22, 2025, from https://natcen.ac.uk/publications/scottish-social-attitudes-public-attitudes-alcohol-and-tobacco-use-and-weight?utm_source=chatgpt.com
4)Scottish Government. (2023). Scottish Social Attitudes Survey 2021/22: Public attitudes on alcohol and tobacco use and weight. Director-General Communities, 6. https://www.gov.scot/publications/scottish-social-attitudes-survey-2021-22-public-attitudes-alcohol-tobacco-use-weight/
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