2025/09/12/金
寄稿:白衣のバックパッカー放浪記

目次
おそろしく落ち着いた場所だった。オレンジ色の間接照明が暗がりをやわらかく照らし、その町にしては少しばかり洒落た店内には、客よりもよく喋るマスターと私たち。まだ専攻医だった頃、後輩に連れて来てもらった小さなウィスキーバー。アイラ島という名を最初に知ったのは、その夜のカウンター越しだった。
マスターが「もし、よければお持ちになってください」と差し出したのは1冊の本。「もし、僕らのことばがウィスキーであったなら…?」タイトルを口に出すと、彼はうれしそうに「村上春樹さんがアイラに行った時のことを書いたエッセイです。ウィスキー好きが読むと、より美味しく感じますよ」と続けた。黄色の光沢がある表紙が光を受けて琥珀色に見えた。
あれから6年。ドイツからグリーンランドまでの大きな旅程を終え、急に次の旅程を組む必要が生まれた。地図を広げるーことはないが、携帯で地図をみていると今いる場所からそう遠くないところに、あの島があった。本当は最短で地中海へ向かうつもりだったが、少し寄り道をしたくなる。そこでアイスランド経由でスコットランドのグラスゴーへ行き、それから海を渡って、アイラへ行くことにした。
グラスゴーで1泊し、翌朝、長距離バスでケナクレイグに行き、フェリーでアイラ島の玄関口であるポートアスケイグに向かう。島内での旅程はかなりゆったり4泊5日することにした。旅の中で休暇を取るというのは少し面白い。自分が今は旅に集中しているのだと実感した。自分にとっての聖地巡礼ということで感情の昂りが度を越したのかフェリーに乗ると急に眠気に襲われた。
フェリーを降りると、ポストがある小さな商店とバス停、それから坂道。そのほかには何もない港だった。みんな迎えの車に吸い込まれていく中、私は1人時刻表を見つめる。バスは30分後のようだ。自家用車や友達がいるともっと便利なのだろうが、バスがあるだけありがたいと思う。ようやく来た車内には小学生がたくさんいた。どうやらスクールバスも兼ねているらしい。可愛らしい様子なので写真を撮ろうとスマートフォンを構えると、運転手に「ダメだ」と短く制された。プライバシーの感覚が、私の想像よりも強い。ここではまず撮らないという選択が尊重されるのだと理解する。
目的地に着くとバスはしっかり停車した。見渡すが、泊まるはずのコテージらしきものは見当たらない。「え、なくないですか?」と聞くと、「あそこだ」と丘の上を指さされた。放牧された黒牛が草を食む斜面の向こうに、白い家が1軒建っていた。
牛にびくつきながら坂を登る。一応柵はあるのだが目が合うと突っ込んで来そうな、いや、突っ込まれたらひとたまりもない距離感。音を立てないように足を運び、軒先に辿り着く。中から快活なオーナーが現れた。「チェックインかい? どこから来たの? 名前は?」スコットランド訛りの英語が矢継ぎ早に飛んでくる。名前を告げると部屋へ通され、朝食の説明。主食と副菜を選ぶ方式らしい。「ポリッジってなんだっけ」と思いながらそこにチェックを入れて用紙を渡した。
翌朝、テーブルのポリッジを見て、「そうだ、お粥のことだった」と思い出す。オートミールを牛乳で煮て蜂蜜を垂らす。日本で食べたものより穀物感が立っている。実はお粥が少し苦手だが、これは素直に美味しい。黙々と匙を運んでいると、オーナーがにこにこと現れ、ポリッジの上にウィスキーをぱらりとかけた。「さあ、当ててみて」とのことで1口含むと、独特の香りと強いピート。ラフロイグかなと答えると、「当たりよ」と笑顔になった。外さなくて良かったと少し安堵する。こうやってかけることはよくあるのか尋ねると、「薬みたいなものだからね」と返ってきた。島の健康にもウィスキーが寄り添っているのかなと実感した。

アイラのウィスキーはシングルモルトと呼ばれる。大麦麦芽のみを使用したものをモルトウィスキーと呼ぶが、その中で単一の蒸留所で作られたものだけを瓶詰めしたものをシングルモルトと呼ぶ1)。だからアイラでウィスキーというと「ウィスキーではない」という人もいた。元々はアイルランドで製造が始まり、それがスコットランドに伝わり今の形となっているそうで、アイリッシュウィスキーと呼ばれるのはアイラではなくアイルランドのウィスキーであることは少し注意が必要で、昔ドヤ顔でアイラのものをアイリッシュと言っていたことを思い出す。
島内にはいつでも訪れることができる蒸留所が9つある。南岸に3つ(ラフロイグ、アードベッグ、ラガヴーリン)、北東に3つ(ブナハーブン、アードナホー、カリラ)、そして点在するようにボウモア、キルホーマンとブルックラディがある。そして蒸留所の多くが海沿いにあり、潮風を含んだ樽の中で熟成される。面白いのはその9つでそれぞれ味や風味が全く違うこと、そして店員もどことなくその特徴が反映されている点だ。
例えば、少し堅物な味のアードベッグの蒸留所で働いている人はやっぱり堅物で店内の写真をとっていいかと聞けば「ここにいる全員の許可が取れたらな」とやや高圧的な感じで言われたし、比較的新しい蒸留所であるブルックラディは店員全員が20代なのではというくらい若くて、元気いっぱいという感じであった。コンセプトに沿っているといえばそうだけど、ブランディングに余念がない。

どこのウィスキーが現地では一番人気なのだろうか。そう思い行く先々で会う人に何が一番好きかを聞いてみた。みんな「ボウモア12」のように蒸留所と年数を数字だけで答えてくれて、英語ではそういうのだなと知る。好みは様々だが10人に聞いて6人が結果的に(たまたまかもしれないが、驚くことに)あるウィスキーの名前を挙げた。
それは「ラガヴーリン16年」である。
飲んだことがなかったので、ラガヴーリンでは16年を飲ませてもらおうと蒸留所に向かった。穏やかな白髪の中年女性の店員が優しく「何を飲みますか」と聞いてくれた。もちろん「16」とだけ笑顔で告げる。もちろんと返事をしてくれてテイスティンググラスに注いでくれる。一般的にはピートの効いた芳醇な味わいとか(だいたいアイラというだけそう記載されている)、甘味が強いなどと表現されることが多いみたいだが、私自身が飲んだ感想はとても爽やかな味わいだと感じた。
よくみると店内はスコットランドでよく見慣れた芝を連想される黄緑色を基調としていることに気が付く。雨が降ったり止んだりしやすい天候の中で少し寒い風が芝をなびかせる。そんな島で感じられる感覚が詰め込まれているような味わいがあった。もしかしたら私だけではなく、現地の人もそんなことを感じて、多くの人が好みに挙げていたのかもしれない。
島内の蒸留所を回り切った後で、ポートシャーロットのレストランで名物のオイスターを食べることにした。ブルックラディの近くにある港町は島内第3の都市といった規模感だ。空いた店内に「1人です。オイスターを食べに来ました」と告げると「これからたくさん人がくるから時間制限でもいいですか」とのことだった。全然構わないと伝えて、席に着く。実はアイラ島は牡蠣も有名で島内で食べるのはこれが3回目だった。
ポートシャーロット10年を片手に牡蠣を突いていると途中から喪服を着た人々が大量に流れ込んできた。その中の1人がキルホーマンの近くで私のことを見かけたと話かけてくれた。「墓にウィスキーをかけたりするんですか?」と聞くと「いや、そんなことはしない。もしそうするなら飲むわ」と笑いながらウィスキーを飲んでいた。日本の葬儀後とは違って、パーティーのような賑やかさであった。同窓会をしているような、亡くなったこととウィスキーがまた人を繋いでいるような。ふとウィスキーバーで手渡された本を思い出す。この島では実際にウィスキーを通してコミュニケーションが行われていた。
テイスティンググラスに注がれた少量のウィスキーをみつめながら、ウィスキー自体が言葉であったのなら、グラスの小さな1杯がその人それぞれの人生のように思う。もし僕の言葉が旅であったのなら、寄り道をすることを私はこれからも止めないだろう。寄り道こそが旅を熟成させるだろうから。

次回は9月26日(金)エディンバラ編です。
【参考文献】
1)シングルモルトとは|シングルモルトガイド サントリーウイスキー ウイスキー・オン・ザ・ウェブ. (n.d.). Retrieved September 9, 2025, from https://www.suntory.co.jp/whisky/malt/about/
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