現場レポート

2025/07/25/金

寄稿:白衣のバックパッカー放浪記

白衣のバックパッカー放浪記 vol.36/オスロ編

オスロの街

雨のストックホルムを後にし、夜行バスでノルウェーの首都オスロへ向かった。これまでの長距離移動は船ばかりだったので、バスに乗るのは久しぶりだった。

この旅でひとつ学んだことがある。それは長距離バスの最後尾は5席並びになっていて、中央の席が空いていることが多いということ。窓側の一つ内側の席を選んでおけば、運が良ければ3席を自分のスペースとして使える。そうなれば横になって移動できる可能性が高まると考え、今回は最後尾の席を予約した。

予想通り真ん中の席が空いていて、反対側の客と真ん中の席はシェアする形で車内の時間を過ごすこととなった。背もたれ側にお腹をむけて、ダウンジャケットを丸めて枕にすれば少し硬いバスシートはたちまち即席の2等寝台車になった。シートベルトを2つ使って体を固定すると安定性に磨きがかかる。

気がつくとカーテンから日が差し込み朝になっていた。オレンジ色が目立つ朝のオスロバスターミナルで降りると、肌寒さが体を包み込んだ。とうとうスカンディナビア半島の西までやってきたのだった。

「ノルウェーといえば何だろう?」と考えてみる。思いつくのはやはりサーモン。そして、観光情報には必ず登場する「フィヨルド」だ。ただ、日程的に本格的なフィヨルド観光は難しいかもしれない。そう思っていたところ、「オスロ・フィヨルド」という言葉が目に入った。ムンクの『叫び』の背景にもなったとされるこの場所に興味を惹かれ、ツアーに参加することにした。

路面電車で集合場所まで向かう。開けた港でここで良いのかと心配しながら時間を潰した。普通ツアーといえばツアーガイドが立っていそうなものだけど、ガイドが1人もいないのだ。とりあえず待っていると雨がポツポツ降ってきた。すると傘を広げる人々の中にガイドらしき目立つ傘を広げる人がいた。「ここであっていた」と安堵の気持ちに包まれる。

ツアーは小さい遊覧船で島をいくつか周りながらオスロのことを教えてくれる内容だった。ガイドは大学で歴史を専攻している学生とのことだった。参加者は15人程度で小雨の降る中ハイキングして行った。観光スポットにつく度に説明を受けた。

体感では北欧の中で1番物価が高いノルウェー。観光収入やサーモンの輸出で国が成り立っていると思っていたが、ガイドの説明では「北海油田からの石油と天然ガスが収入源となっている」とのこと。さらに「もともとオスロは汚い街だったらしいが、石油で生まれた利益をクリーンな街づくりに投資し、今のオスロがある」そうだ。

2030年までにオスロは全ての公共交通機関を電動化するゼロエミッションを掲げている。化石燃料で得た収入で首都のオール電化を目指しているとのことで揶揄する声もあるらしいが、実現すれば世界初となる1)

オスロの街並みを見ていると何に投資するかで街の様子が決まることを目の当たりにできる。歴史的な建物とオスロフィヨルドに浮かぶ島々が調和し、排気ガスの匂いがしないクリーンな港町がここにはあった。

オスロ・オペラハウスからみた街並み

ムンクの叫び

ツアーから帰ってきたらお腹が空いていたのでノルウェーサーモンを食べるべく港にある”The Salmon”という絶対にサーモンが食べられそうなレストランに行くことにした。

サーモンの寿司を注文してみると確かに寿司が出てきた。味も日本の回転寿司で食べるものと同じ。久しぶりに食べた寿司だからなんとなく気持ちが和らぐが、2貫で85ノルウェー・クローネ(1200円程度)と驚異的な値段であった。味は日本で食べるノルウェーサーモンと変わりない。ちゃんと輸出されていることが分かると同時に日本の手頃さにあらためて気づかされた。

The Salmonで食べたノルウェーサーモン


店で白ワインを片手に他に何があるかと調べているとムンク美術館なるものが市内にあるらしい。しかも割と今いる場所から近い。本物のムンクの叫びが見れるとのことで電動スクーターに乗って美術館まで移動した。

ほどなくして港に面した一角に、銀色に輝く建物が見えてきた。窓に反射した光が印象的で、一見すると企業の本社ビルのように見える。その側面には赤い大文字で「MUNCH」と書かれている。ムンクと聞いて私が思い浮かべていたのは、もっと古典的でレンガ造りの建物だったが、この美術館は上層階が斜めに傾いた独特のデザインで、現代的な建築が印象的だった。

館内でチケットを購入し、「叫び」が展示されている4階へ向かう。ところが展示は時間指定制で、しばらく待つ必要があった。時間をつぶすために他の展示を見ていると、青を基調とした夜の風景が目に留まった。星が浮かぶ空、船の浮かぶ海、そしてその間に赤く染まった空。「Starry Night(星月夜)」と小さく横にタイトルが書かれていた。

どこか寒々しいが、不思議とあたたかみを感じさせる絵だった。あとで調べてみると、当時のヨーロッパの画家たちは写実よりも人の内面を描こうとしていた時代で、ムンクもまた労働者の生きざまを描くことに力を注いでいたという2)

この「星月夜」からは寒空の下で働く人々の姿が浮かぶようで、どこか当直中の自分の感覚と重なった。結局『叫び』も見たが、強く印象に残ったのはこの「星月夜」の方だった。旅には目的があっても、予期せぬ出会いが心を打つことがある。今回もその1つだったのかもしれない。

ヤンテの掟

この旅の北欧最後の国であるノルウェーに来たので、ノルウェーの価値観にも触れておこうと思う。その中で有名なのがヤンテの掟のようだ。この掟はアクセル・サンデモーセという作家が書いたヤンテという架空の村の10戒で、「平等を大切にして、個人の際立った行動を避ける」ことが示されていて北欧の社会規範の一つとなっているようだ3)。この辺りはスウェーデンと似ている。

なんとなくだが、寒すぎて他者と足並みを揃えなければ生き抜けない環境がこうした平等を受け入れる国民性に繋がっているのではないかと想像する。みんなで協力して分け合わなくては集団として成り立たないような過酷さがあったのではあるまいか。

また、ワークライフバランスがいいとされている北欧のなかでも、特にノルウェーには「とにかく休みなさい」的な文化があると書かれている記事があった4)。平等で医療も保障されていて、休みもあれば誰もが幸せそうに思われる。しかしこの記事では燃え尽き症候群などで病欠する人も多いと書かれていた。

「医療が行き届いていればみんな健康になるのでは」と思われるが、そうではないらしい。調べてみると「北欧の医療・福祉体制を実現しているにも関わらず、健康格差がヨーロッパの諸外国と比べて同等または大きい現象をノルディック・パラドックス」という。医療が行き届いていても精神疾患を含めた健康格差の縮小に成功している訳ではないそうだ。

必要なものが揃っているのにうまくいかないという現象を聞いて思い出すのは、ユニバース25という実験だ。この実験はマウスに必要なものを整えた環境を与えたところ最初のうちは繁殖したが、あるところから異常行動が見られるようになり、全滅したという実験だ。争い、孤立、無気力になったマウス達の出現は人間社会にもどこか通じるものを感じる。

豊かさや平等といった条件が整っていても、それがそのまま幸福につながるとは限らない。何をもって「幸せ」とするかは、集団の平均ではなく、個々人の心の内に委ねられている。大切なのは、他人の物差しではなく、自分自身の中にある幸せに気づける感性なのだと思う。

今のところ、私は自然に触れているときに最も幸せを感じる。スカンディナビア半島を旅する中で、そんな自分に気づくことができた。これから訪れるアイスランドやグリーンランドでは、どんな風景と感情に出会えるのだろうか。

筆者が撮影した星月夜:エドヴァルド・ムンク作 

次回は8月8日(金)、アイスランド編です。

【注釈】
*10戒は以下の通りです5)
1.自分が特別だと思ってはならない。
2.自分が私たちと同じくらい優秀だと思ってはならない。
3.自分が私たちより賢いと思ってはならない。
4.自分が私たちよりも優れていると思ってはならない。
5.自分が私たちよりも多くを知ってると思ってはならない。
6.自分が私たちより重要だと思ってはならない。
7.自分が何かに秀でていると思ってはならない。
8.私たちを笑ってはならない。
9.誰かが自分を気にかけてくれると思ってはならない。
10.自分が私たちに何かを教えることができると思ってはならない。

【参考文献】
1)ノルウェーの首都オスロ、世界初のゼロエミッション都市へ | 世界のソーシャルグッドなアイデアマガジン | IDEAS FOR GOOD. (n.d.). Retrieved July 16, 2025, from https://ideasforgood.jp/2022/12/16/oslo-zero-emission/

2)“それは画家の叫び” 後編-ムンク作『星月夜』を鑑賞する- – 私の美術館 -Mai Arts-. (n.d.). Retrieved July 19, 2025, from https://mai-arts.com/munch_starrynight/

3)北欧的価値観?「ヤンテの掟」とは|naotan. (n.d.). Retrieved July 19, 2025, from https://note.com/naotannote/n/na00cac1ebc1e

4)羨ましいだけでは語れない北欧の職場、働き方を形づくる「文化的知識の壁」とは何か(鐙麻樹) – エキスパート – Yahoo!ニュース. (n.d.). Retrieved July 19, 2025, from https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/cbc600b0da6c9624bb493aa56cedc114d788f994

5)北欧版大和魂!?「ヤンテの掟」って? – 北欧情報メディアNorr. (n.d.). Retrieved July 19, 2025, from https://norr.jp/law-of-jante/


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