2025/04/25/金
寄稿:白衣のバックパッカー放浪記
目次
ワルシャワ・ウェストから15時に発車するバスに乗ってリトアニアの首都ヴィリニュスへ向かう。電車よりも電動スクーターで行った方が早くて間違いがなさそうだったので、宿の近くに駐車されているスクーターを見つけて、二次元コードを読み取り起動させた。
高校時代、地理に夢中になっていた私。バルト三国がどこかと聞かれて「エストニア、ラトビア、リトアニア」と答えられる自分に喜びを感じていたことを思い出す。今となっては変なやつだったなと思う。さらに言えば「なぜバルト三国を覚えることになったのか」も全く思い出せない。でもとりあえずこれを読んでいる人には「エストニア、ラトビア、リトアニア」とつぶやいてみて欲しい。なんとなく韻を踏んでいて心地良くはならないだろうか。
エストニアをアルファベットで書くとEstoniaとなる。語尾に付く「ia」というラテン語に「国」という意味があるらしい。ルーマニア、ケニア、イタリア。ぼやっとしていると気が付かないけど「ia」で終わる国は意外に多い。加えて「ia」には状態や病気の意味もあるらしい。確かに英語で肺炎は「pnemonia」、貧血は「anemia」と記載される。知っている言葉に共通点があるのを見つけられると面白い。知っているから気づけて、自分の中で繋がっていく。繋がる時には体のどこかで「ピン」と来る感じがする。では知らなかったらどうなるか。もちろん自分の中でピンと来なくなる。
バスターミナルに着いたら最初にしなくてはならないことがあった。何番乗り場からバスに乗るか確認することだ。携帯に送られてきたチケットには記載されていない。記載したとしても直前に何番乗り場かが変わることがあるから、そもそも書かないでいるのだろう。
チケット売り場にある電光掲示板から目的地のヴィリニュスの文字を探してみるが、全く見つからない。乗車時刻までは30分。辺りを見回してみるけど、スタッフのような人はいない。仕方ないからチケット売り場に並ぶしかなさそうだが、なかなかに列が長くて進みが悪い。「果たして間に合うのだろうか」という気持ちと「ここ以外に聞けそうな人がいない」という印象がぶつかり合う。徐々に近づくチケットカウンターと出発時間が私を焦らせた。
残り10分のところでチケットカウンターに辿り着く。「ヴィリニュスに行きたいんだけど、何番から乗ればいいですか?」と尋ねると「あー、ヴィルノーね、ちょっと待って」と言われる。「いや、ヴィリニュスなんだけど」と聞き返すと「うんうん、だからちょっと待って。8番から出るわ、次の方どうぞ」と言われ、列を外されてしまった。電光掲示板をみると確かに8番、15時に出るバスがありそうだが、行き先は「Wilno」と書かれている。調べてみるとポーランド語ではヴィリニュス(Vilnisu)をヴィルノー(Wilno)というらしい。
確かに言語が違えば表記が違うこともあってしかるべきではあるが、アルファベットという1つの視点からしか見ていなかったから「ヴィリニュス」は「Vilnius」と書かれているものだと思い込んでいた。この感覚はアルファベットを普段使っていない日本人特有のものなのだろうか。とりあえず時間通りにバスに乗ることができた訳だが、今後もこういうことがあるのであればどのように記載されるかは事前に調べておかなくてはならない。バスに乗れないと全ての計画が狂ってしまう。
リトアニアの首都ヴィリニュスは面積401km2、人口54万人と宇都宮市とほぼ同じような場所だ。餃子はないがツェペリナイという肉を包んだジャガイモの団子が存在する1)。他のバルト三国とは違って都市は内陸にあり、海に面していない。リトアニア自体はバイオテクノロジーや薬学で成長しており、政府がライフサイエンスに4億ユーロの投資をしているらしい2)。医療制度面では、医療費は保険税という形で納められ、病気になった時は無料でかかることができる。メインの病院は国公立だが英語が通じないことが多く、外国人は何かあればプライベートクリニックを受診する。「意外とハイテクな都市なのかもしれない」という期待を胸にバスで6時間、同日21時にルキシュケス広場近くの宿に到着した。
移動中、何かを食べたかったが機会を逸してしまったのでお腹が空いて仕方がない。チェックインを早々に済ませてご飯を食べに行くことにした。灯のない夜の公園を抜けると大通りにでた。道幅が広くて、人数が少ない。何かあるだろうと歩いてみるが空いてそうな店が見当たらない。調べてみると21時でほとんど店(コンビニも)が閉まっている事が分かった。これでは空腹は埋まらない。仕方なく唯一やっていたヒルトンの中にあるバーでビールとナッツを注文した。空腹感をお酒で誤魔化して寝るしかなかった。
翌朝起きてまずご飯を食べに行った。どこに行ったらいいのか分からないながらにGediminas通り沿いに歩いてみる。途中でハンバーガー屋さんを見つけてとりあえず駆け込んでお腹を満たした。どの店に行ってもハンバーガーは一定のクオリティーで体を満たしてくれる。おいしさに上限はないが下限があるため満足感を与えてくれる。旅人にとってはありがたい食べ物だ。
お腹が落ち着いたところで都心部に行ってみようと思いたち、ネリス川の近くにあるショッピングモールを目指した。到着して辺りを見渡す。確かにビルはあるけど、めっちゃ栄えているという感じはしない。いやむしろ閑散としすぎている。昨夜の店の閉まり方といい、閑散としたビル群といいラオスの首都ヴィエンチャンを思い出す。「ヴ」で始まる首都は閑散としているのかもしれない。「武蔵小杉がこの国で一番栄えているんだよ」と言われているようだった。
ネリス川沿
川岸には泳ぐための梯子が着いていてそこで男性2人が泳いでいた。元来、水が好きな私は泳いでいる場所に行ってみた。川の水は透き通っていて、触れるとサウナの水風呂と同じ14℃くらいの冷たさだった。「にいちゃん、お前も泳ぎなよ」と言っているが水着もないし、ビチャビチャのまま街をぶらつく訳にはいかない。
泳ぎ終わると親子らしい2人は川岸に上がってくる。父親には胸の傷があり、そのことを聞くと「心臓の手術をしたのさ、心筋梗塞。でも今は全然元気だよ」と言って胸を思い切り広げている。傷口が開くことはもちろんないだろうが、ちょっとひやっとする。リトアニアの死亡要因は心血管疾患が全体の57%で最多らしいから、こういう人は多いのかもしれない2)。「こうやって泳げることが健康なのさ、だからお前も泳ごうぜ」と言っている。日本のプールやサウナで胸に傷があるひとを見た経験がないことに気がつく。彼にとっては「泳げること」が「健康」そのもの。日本にはそういう人はどのくらいいるのだろうか。
都市部を一通り散歩した後で、今度は旧市街に向かう。旧市街にはレンガ造りの街並みの中にカフェや教会がある。大聖堂広場という白を基調とした厳かな建築もあり、「観光するならこっちのエリアだったんだな」と納得する。それでも他の街と比べて人通りは落ち着いていて、観光地としては盛り上がりにかける。だが街の至るところから緑が望めて、歴史と空間をみるには打って付けの場所なんだろうと思う。
翌日ラトビアの首都リガに向かった。その日は朝から雨降りで、辺りは霧がかかったように白く見えた。メールで送られてきたチケットに記載されているバス停の住所を入力して位置を確認する。タクシーも予約したからあとは目を閉じていてもリガに着くはずだ。しかしタクシーで降ろされた場所はバスターミナルではなく、大学の駐車場であった。「本当にこんな場所にバスが来るのだろうか」と思っていると大型のバスが確かに駐車場から出ていくところであった。だが見慣れたFLIX BUSではない。ヴィリニュスといえど流石にもう少しバスがいるのではないだろうか。他にはバスは停まっていない。
「なんだかここではない気がする」そんな気持ちが胸の中で膨らんでくる。試しに大通りに出てみるが路線バスのバス停しかない。見回してもバスターミナルのようなものは見当たらない。試しにFLIX BUSのアプリをインストールして検索してみると幹線道路の反対側にピンが打たれている。少なくとも大学構内ではないだろうと確信まではいかないが、感覚的に違いそうなことが分かる。アプリには地図と周囲の写真が添付されている。バス停自体が載っていないため、周囲の写真が全て見える場所を探す。たどり着いた場所はただの路線バスのバス停だった。「え、ここなん?」
本当に来るのだろうかと思っていると、イタリア人の家族がバックパックを背負ってやってきた。「ここがバスが来る場所か?」とこっちが聞きたい質問をされる。どうやら同じバスに乗る予定らしい。「多分」と返事をして、アプリを何度も見返して80%くらいは正解だが確証がない気持ちでバスを黙って待つ。ようやく雨を切って黄緑色のバスがやってきた。「そもそもバス停が分からないこともあるのか」。文化の違いを感じながら北上するバスに乗り込んだ。
ヴィリニュス旧市街
次回5月9日(金)リガ編となります。
【参考文献】
1)Vilnius – Data Commons. (n.d.). Retrieved April 22, 2025, from https://datacommons.org/place/wikidataId/Q216?utm_medium=explore&mprop=count&popt=Person&hl=en
2)駐日リトアニア共和国大使 エギディユス・メイルーナス. (2017, January 18). リトアニアとその医療制度について . http://www.tr-networks.org/PDF/20170118lithuania.pdf
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