2025/02/28/金
寄稿:白衣のバックパッカー放浪記
▼前回はこちら
https://mediva.co.jp/report/backpacker/16219/
目次
IndiGoに乗って再びニューデリーに帰ってきた。インドに戻ってきた一番の理由は帰国便をインディラ・ガンディー空港から予約していたからだが、バラナシに行かなくなったため少し余裕ができてしまった。そこでどうせならタージ・マハルに行こうと取って付けたように2番目の理由を仕立て上げた。タージ・マハルというのは端的にいうとお墓だ。ムガル帝国第5代皇帝のシャージャハーンの妃であるムムターズマハルの墓廟として建設された。当時のあらゆる科学と装飾を用いて建てられた白い大理石でできた建物が今なお残存し、世界遺産に名を連ねている。諸説あるがこの建設費がきっかけとなりムガル帝国は財政破綻をきたし崩壊したらしいから、国を滅ぼしてでも作りたかった美しさが詰まっているということができるかもしれない。
今回の宿はホテルを選んだ。旅が終盤に近づくにつれて段々と贅沢になっていく。マラソンでゴールが見えた時に安堵するような感覚になり、少し投げやりにもうホテルでいいかと思った。ホテルには扉を開けるだけ、水を運ぶだけといった限られた動きをするスタッフがいた。これもカーストの残り香なのだろう。受付のスタッフは前回宿泊した施設と比べるとはるかに紳士的で言葉遣いも優しい。ルーフトップにはバーがあり、インドにしては珍しくお酒が飲めるようになっていた。
チェックインしてから目的地までの経路を検索してみると、鉄道で行けるということがわかった。デリー駅には前回も立ち寄っていたのでイメージがつきやすい。ということで電車で行くことにした訳だが、チケットをどうやらアプリで購入するらしい。アプリの登録がなかなか進まず、手間取ったがなんとか翌日の午前発の鉄道の予約をすることができた。翌々日には帰国することになっているから明日だけが観光できる唯一のチャンスと言える。初日はルーフトップでゴッドファーザーというインドのビールを飲んで、お湯の出るシャワーを浴びて就寝した。
宿泊したホテル、内装が整っていて過ごしやすい。
翌日8時には身支度を済ませて、デリー駅に向かった。タージ・マハルがあるアグラまでは鉄道で1時間50分で辿り着く。アグラからはまたタクシーを使って目的地に行く予定とした。到着したデリー駅には荷物を持った多くの人々が行き交っていた。ただ人口14億を超える国の首都であることを考えると、東京駅より空いている構内は閑散としていると言ってもいいのかもしれない。地べたに座る人々、ターバンを頭に巻いている男性、もちろん日本ではあまりみることができない客層が自分の鉄道を待っていた。
プラットホームで鉄道を待っていると電光掲示板に1時間遅れと表示される。タージ・マハルの営業時間は日が暮れるまでと明確だが、ざっくりとしている。一応日没時間を調べてみると余裕はありそうだ。だが、もう一度遅延の報告がされて今度は2時間と表示された。「おいおい、大丈夫かよ」と募る不安と段々遅れる出発時間。気になって乗車券を購入したアプリを見てみると5時間遅延と表示されていた。これでは間に合わない。「無理じゃん」と思いながらも自己都合でこの情報が正しいと信じ切ることができないため、他の客に聞いて回ると「これは正しい、なんてことだ」と頭を抱えていた。「なんてことだ」と私も思う。これではなんのための出発時刻なんだろうかと少し悲しくなる。順調に思えたタージ・マハル観光はデリーの地で終わり、駅構内に照りつける日差しの暑さにも耐えられそうにないので仕方なくホテルに戻った。
デリー駅構内
ホテルに戻ると、フロントスタッフが出迎えてくれた。中年のスタッフの英語が聞き取りやすいことと優しいオーラが私を惹きつけて、何度かやりとりをするうちに仲良くなっていた。スタッフから「今日はどこに行ったんだ??」と聞かれ「私はデリー駅から鉄道に乗ろうとしたんだけど、遅延で乗れなかった」と答えた。「そんな危ない場所には行くもんじゃない、よく帰ってこれたな」と言われて、そんなに危ない場所だったのかと驚かされる。帰国間際になって緊張が緩んでいたのかもしれないが全く危険を察知できていなかった。
「目的地はどこだったんだ?」と聞かれ「タージ・マハルだよ」と答えると、「だったら、俺の友達がタクシーツアーをしているから連絡をしてやる。今からだったらまだ間に合うから頼んであげようか?」と提案される。「本当に大丈夫なのか」と不安な気持ちと同時にもうタージ・マハルに行く手段はこれしかないという気持ちがぶつかる。価格が日本円で9000円なのも「安物買いの銭失い」という諺のせいで疑心を煽る。ただここで行かなくてはもう一生行くことはないかもしれないと藁をも掴む思いでツアーに出かけることにした。
数分後にはタクシーが迎えにきてくれた。ずいぶんこの人も人が良さそうな人だ。白いインドでよく見かけるSUZUKIの車に乗り込んでアグラまで200kmの道のりを進むことになった。途中でガソリンスタンドに入ることになった。ずいぶんと長い列になっていて、本当に間に合うのだろうかと心配になってしまう。携帯で調べた移動時間とタージ・マハルの入場時間である日没時間がほぼ一致しているので当然少し焦る。人任せにするしかないことも歯痒い。一度降りてくれと運転手に言われ、言われるがまま降車する。このまま置いて行かれたりしないだろうかと心配になるが、何やら作業が終わると再び呼ばれて車に乗るように言われて安心する。「どうして一度車を降ろしたのか」と尋ねると「ガスを入れるために車の重さを測る必要があるからさ」と言われた。インドの車はガソリンだけでなく天然ガスで動いているらしい。
調べてみると天然ガスはガソリンよりも温室効果ガス排出量が少ないらしい。さらにインドにとって輸入品である天然ガスに変わって近年ではバイオガスというものが使用される傾向にあり、2025年からはバイオガスを使用することが義務化されていくらしい1)。こういうところに投資のチャンスは眠っているのかもなとか思いながら、車は赤土の荒野を進んで行った。ほとんど車通りがない高速道路でいよいよ携帯の電波も入らなくなり、自分の現在位置も確認できなくなり本当に道が正しいかも分からない状態になってしまった。やることもなく気づいたら寝てしまっていて、慌てて財布があることを確認する。ポケットにそれがちゃんとあることが分かって一安心。何もかもに気が抜けない状態が続いた。
運転手さんがかなり飛ばしてくれたみたいでタージ・マハルには30分前に入場することができた。どこからともなくツアーガイドが出現し、ここから案内をしてくれるらしい。いちいち騙されていないか疑わなくてはいけないことが辛い。ついさっきまで雨が降っていたとのことで傘まで持ってきてくれていた。チケットの購入の仕方も教えてくれてスムーズに観光を行うことができたが、ツアーの最後に怪しげなお土産屋さんに連れて行かれ「買わなくてもいい」と言われつつも、お土産屋さんに大理石でできた非日常品を無理売りされそうになったりした。ブースが4箇所あって、回る先々でインド人の商人に口数多く、「買って」と言われると断りづらく、滅入ってしまうが「ごめんなさい」と繰り返すと諦めてくれた。
夕陽で色づくタージ・マハル
観光が終わると無事に行きと同じ運転手が迎えに来てくれた。4時間かけてデリーまで帰る。辺りは暗闇になっていて高速道路の街灯が頼りなく道を照らしていた。もちろん4時間なのでいろんなことを話したのだが、その中で印象的だったアーダールについてここでは書きたいと思う。アーダールとは日本のマイナンバーカードのようなもので、5歳以上のインド人94%に当たる13億人が利用しているカードだ2)。入国した時にSIMが購入できなかったことからこの話になった訳だが、どうやらこの制度があると携帯回線や銀行を開設できるようになるらしい。
医療面でも入院時の給付金受け取りや医療を受ける際の身分証にも使用され3)4)、アプリとも連動し、コロナワクチン接種の予約などはアーダールとインド政府のアプリを用いることで5分程度で接種券などなしに行えていたとのことだ5)。凄まじい浸透ぶりだが、貧困者の把握ができるようになることで、給付金を与えることができるようになったらしい。裏を返せば登録することが生活と紐づいている訳だ。
最近、日本でもマイナンバーカードを健康保険証として利用できるようになった6)。まだ浸透はしていないかもしれないが、必要度が上がれば浸透していくことだろう。問題はどう必要度を上げていくかだが、証明するものがマイナンバーカードしかなくなってしまうのだから自然と上がっていくことになるだろう。ただ94%という数字まで達するかは観察してみないと分からない。国にどんな人がいるか把握していなかったために、返って浸透したインドのマイナンバー。東南アジア、インドと比較しても現金利用の場が多い日本。みんながしっかり現金を使いこなせてしまい、偽札が出回っていない国だからこそ返って進まないDXという背景があるように映る。
車はちょうど発展しているノイダの横を通り過ぎる。久しぶりの日本では一体何が待っているのだろうか。
次回は3月14日(金)、ヨーロッパ編突入となります。お楽しみに。
参考文献
1)自動車・家庭用天然ガスにバイオ混合義務化、2025年度から(インド) | ビジネス短信 ―ジェトロの海外ニュース – ジェトロ. (n.d.). Retrieved February 24, 2025, from https://www.jetro.go.jp/biznews/2023/12/3aafd47385d28eca.html
2)“インド版マイナンバー” なぜ普及?懸念の声は? | NHK | ビジネス特集 | インド. (n.d.). Retrieved February 24, 2025, from https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230712/k10014126281000.html
3)インド「26億の瞳」で脱貧困 福祉は生体情報の上に – 日本経済新聞. (n.d.). Retrieved February 25, 2025, from https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC0229N0S5A100C2000000/
4)インドのアーダール、教育・医療のインフラに – 日本経済新聞. (n.d.). Retrieved February 25, 2025, from https://www.nikkei.com/article/DGXMZO37171320R31C18A0TJ2000/
5)インド13億のマイナンバー コロナ禍で貧困層を救ったデジタル技術 [新型コロナウイルス]:朝日新聞. (n.d.). Retrieved February 25, 2025, from https://www.asahi.com/articles/ASPBH5JB0PB4UHBI02W.html
6)マイナンバーカードの保険証利用について(被保険者証利用について)|厚生労働省. (n.d.). Retrieved February 24, 2025, from https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_08277.html#kokumin1