現場レポート

2024/05/24/金

寄稿:白衣のバックパッカー放浪記

白衣のバックパッカー放浪記 vol.8/クアラルンプール編①

▼前回はこちら
https://mediva.co.jp/report/backpacker/14034/


まずはじめに

少し仰々しい、ワザとらしいタイトルで今回は始めてみようと思う。ダナンの空港でこれからどこに行くんですか?と聞かれた時のことだ。「クアラルンプールです」と返事をすると「あぁ、ケイエルですね」と言われた。しかしそれがどこなのかピンとこなかった。実はクアラルンプールのことを愛称を込めてKLと呼ぶそうだ。なんだ気取ってと最初は思ったが、ロサンゼルスをLAと呼ぶことに気がつくと、そう呼ぶことに抵抗はなくなった。

ご存じの通り、東京のことをTKと略すことはない。昔、江戸を東京、大阪を西京として京都と合わせて3つの京を作ろうとしたらしい。でも私たちが東の都と呼ぶことはない。世界どこでもTOKYOだ。名称が短いからなのか、なぜなのかは分からない。「東京がTOKYOと呼ばれているのはある意味で特別なことなのかもしれない」と妄想しながらAir Asiaに乗っていると、私は4カ国目のマレーシアのKLに着いていた。なぜ略字のことばかり書いているかというと、至る所にKLの名称が入っているからだ。

KLだらけの看板、知らないと何が何やら分からない

クアラルンプール国際空港はKL international airportでKLIAと略される。目指すべき市内の駅はKLセントラル駅。そこまで行くための電車はKLIAエクスプレスという。KLという知識なくして空港から駅までの移動は歯痒いものがある。KLセントラル駅からはモノレールに乗ってブキッ・ビンタンという場所のインビ駅で降りることになっていた。KLの繁華街で「ブキッ」が「丘」で「ビンタン」が星を意味するらしい。日本語で言えば「星ヶ丘」になるだろう。何の取っ掛かりもない、明らかに今までと違う言語の国で私はこれから過ごすらしかった。

常夏の真冬

さらに私が滞在した1月のKLは外に出ていられない暑さだった。湿度も高い。日本の夏にさらに暑さを足したような、耐え難い気候だ。クーラーが効いていそうな場所を見つけると入らずにはいられない。しかも調べてみると雨季らしい1)。冬の東南アジアは全ての国が乾季だと誤解していた私にとっては寝耳に水だ。ベトナムは暖かさこそあったが常夏という感じではなかった。ミストサウナのようなこの場所で生きていけるか不安視される。

KLセントラル駅につくと日本で見慣れたファミリーマートを見つける。東南アジア初のファミリーマートだ。日本固有のようなものをまた見つけて、ちょっとホッとした気分になる。暑さしのぎに中に入ってみると久々にみる「おにぎり」が置いてあった。お昼ごはんを食べていなかったからツナマヨのおにぎりを買って食べることにした。久々のおにぎり。食べるときに下顎から唾液がじわっとしてくるのが分かった。味も日本のものと変わらない。なんという企業努力だろうか。ふとレジの横におでんコーナーを見つける。確かに北半球は冬だ。でも私たちが想像している寒い日に食べるおでんではない。なにせこの国の年間平均最高気温は33℃だ1)

「おでん」は「おでん」でも日本とKLでは捉えられ方や感じ方は明らかに違いそうだ。おでんを誰が食べるか見当がつかない。そして下らないことを考えているとちょっとイライラしてくる。それくらいに外が暑い。兎にも角にも絞られた雑巾のように汗が止まらなかった。私がダムなら、その機能はとうに失われているだろう。

インビ駅はモノレールの駅なので階段を降りて下の階に行かなくてはならない。エスカレーターは昇りのみなのだ。やっとの思いで10kgはある荷物を持ちながら大通りに出る。宿は大通りの反対側にあるらしいがどこからも反対側にいけそうにない。やたらと渋滞しているこのインビ通りでは、信号があるのに人力で警察が信号の役割をしていた。警棒を使って交通整備をする隙間を狙って私は横断した。

平日の夜のブキッ・ビンタン駅前、インビ駅の次の駅

汗だくで宿に着くと、中国系のマネジャーが部屋を案内してくれた。当たり前だがドミトリーのルールはドミトリーによって違う。このThe Freedom Club Hostel KLは広間の共有スペースで靴を脱ぐ仕組みのようだ。盗まれないのかと思うが、意外にも大丈夫らしい。ベッドがある部屋はオートロックになっていた。オートロックの使い方を習うとマネジャーは私に「必ずこのドアを締めてください」と念を押した。理由を聞くと「蚊が入るからです」とのことだった。そうかここは、雨季の東南アジアか。

死活問題

蚊と聞いてあまり怖くない方もいるかもしれない。日本ではそこまで問題にならない蚊だが、さまざまなウィルスを人間に運んで来るのだ。最も人を殺している動物ランキングでは堂々の1位。ちなみに2位が人間なのも少し怖いところではある2)。蚊に対して防御をしなくてはならないと思いネットで情報を漁ると概ね4種類くらいあることが分かった。パッチ、スプレー、クリーム、コード式蚊取り。高級ホテルだとコード式蚊取りがすでに部屋のコンセントに刺さっているらしいが、私が泊まっているのはドミトリーなので自分で調達する他ないと心に決めて、まずは汗だくだったのでシャワーでも浴びようと、シャワールームに入った。

すると壁に少なくとも6匹の蚊を目視することができた。壁が灰色なので上の方は分からないが、なんとなく暗殺者のようにその時を見計らいながら壁に泊まっていそうな雰囲気だった。思っている以上に蚊対策は急務らしい。なまじ知識があるから、他の宿泊者よりも目が光ってしまう。シンガポールから来た女子大生が部屋から出る度にドアを締めずに出ていく。「お前は何かあっても近くのシンガポールに帰ればいいけど、他の人(というか私)は違うんだぞ!」と心で思いながら、そそくさと扉を閉めることを宿泊中何度も繰り返した。振り返ってみてもかなり神経質だったと思う。

繁華街まで蚊除けを一式買いに行く。一般にディートという成分が蚊除けに効くとされているが、KLの薬局にはディートフリーのものしかなさそうだった。確かに(ラットではあるが)神経障害が出る可能性を理由に、日本の厚生労働省からも小児の使用に対して用法用量に関連する注意を書くようにお達しが出されている3)。ただちょっとやりすぎなくらいどこに行っても徹底してディートが排除されている感じだった。私は現地の薬局とドンキホーテ*1でタイガーバームのパッチ、フマキラーのスプレー、あとは現地企業のコード式蚊取りを購入した。購入した頃には当然また汗だくだった。しかしシャワーすら危険な感じがして、「入りたいのに入りたくない」というちぐはぐな感情を抱えることになった。

購入した蚊除けグッズをフル活用した。タイガーバームは衣類に貼り付けて使用する半径2cmくらいのパッチで、鼻を刺すような匂いがしてむせそうになる。フマキラーのスプレーは散布するとその中心から半径1mの蚊を半日殺し続けるらしい。結界を張るようにフマキラーを使う。そしてコンセントにはコード式蚊取りを差し込む。電気で熱せられた薬品が蒸気となって蚊除けになるみたいだ。まるで猟師のように様々な仕掛けをしてから、シャワーを浴びてベッドに戻ると、すでに2匹の死骸が白いシーツの上に黒い点となって転がっていた。効き目があることが分かるのと同時に部屋にも蚊が紛れ込んでいることが分かる。それでも私はそこで寝るしかなく、床に着いた。

KL以降使用し続けたコード式蚊取り

翌朝、自分の咳で目が覚めた。異常に止まらない咳。エアコンのせいなのか、蚊除けのグッズが私にも効いたのか一向に止まらない。発作のような感じだ。「苦しい、苦しい」と思った瞬間、パンっと頭の中で何かが切れる感じと、直後から経験したことのない激しい頭痛。経験はなかったけれど昔習ったクモ膜下出血の時に出現する頭痛に似ている。

あれ、もしかして、ここで死ぬの?

更新は毎月第2、4(金)12時、次回は6月14日になります。

【注釈】
*1 現地ではドンキホーテはドンドンドンキと名称が変更されています。

【参考文献】

  1. JTBマレーシア支店. (2023, June 23). マレーシア・クアラルンプールの気候🌞と服装👕. https://www.jtb.co.jp/kaigai_guide/report/MY/2017/03/climate-clothing.html#
  2. Thomas, L., & Toby, S. (2023, November 21). Top 10 most dangerous animals in the world, ranked | BBC Science Focus. https://www.sciencefocus.com/nature/what-animals-kills-the-most-people
  3. 厚生労働省医薬食品局安全対策課長. (2005, August 24). ディートを含有する医薬品及び医薬部外品に関する安全対策について|厚生労働省. https://www.mhlw.go.jp/topics/2005/08/tp0824-1.html

執筆:溝江 篤
編集:神野真実、半澤仁美


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