現場レポート

2024/05/27/月

医療・ヘルスケア事業の現場から

多事業を展開する法人における、キャリアアップ制度構築支援の事例

【執筆】コンサルタント 武内/【監修】取締役 小松大介


はじめに

高齢化により、医療、介護の複合ニーズを持つ人が増える中、医療、介護、障害など複数の事業を展開する法人も多くあります。このような法人の中には、さらに子育て事業として、自院スタッフの子どもを預かる「院内保育」だけではなく、地域の子どもが利用する幼保連携型認定こども園や保育所等を運営している例もあります。

一見すると、保育と医療・介護には共通点はないようにも思えますが、同じ「人」を相手とする専門職であり、また日常的に医療を必要とする子ども(医療的ケア児)や「障害グレーゾーン」の子どもが増えていると言われる今日、法人内の事業間で連携して人材育成を行うことができれば、質の高い医療・ケア・保育を実現できるだけでなく、スタッフのやりがい向上により、離職防止を図ることも可能です。

今回は、弊社のかねてからの支援先である、医療、介護、障害、子育ての事業を展開する中部地方の医療法人グループにおいて、新たに保育教諭(※)を対象として、その幅広い事業展開を活かしたキャリアアップ制度の構築支援を行った事例をご紹介します。これは保育教諭に限らず、コメディカル、介護職、障害福祉職等にも当てはめることができると考えられ、検討の一助となれば幸いです。

※保育教諭:幼保連携型認定こども園の職員資格の名称であり、保育士資格と幼稚園教諭免許状の両方が必要。

保育教諭のキャリアアップの現状

保育教諭は、より高度な資格取得によるキャリアアップがあまり想定されず(介護であれば、社会福祉士やケアマネージャー等の資格取得が考えられる)、一般的には保育施設の中で働きながら、高度な専門性や幅広い視野を身に付けていくこととなります。

平成29年にはキャリアアップ研修が導入され、リーダーや副主任等の役職に必要な研修内容や経験年数の目安が示されました。しかしながら多くの施設では、新人時代からこれらの役職を経て、主任・園長へとなる過程において、各役職にどのような知識や能力が必要であり、それをいつ、どのような研修等で身に付けていくのか(キャリアパス)は明示されていない状況にあり、こうしたことから、途中で目標を見失って伸び悩む職員がいるとの指摘があります。

また幼稚園教諭を対象に、継続的に働いていくために必要な支援を尋ねた調査では、約20%が「経験・スキルに応じたスキルアップの充実」を挙げており、キャリアアップの道筋を示すことは、離職防止を図る上で重要であると言えます。

支援事例

①支援先における課題と対応策

支援先では、より質の高い保育を行うとともに、保育教諭の離職を減らすためには、保育の知識技能だけではなく、地域の状況や周辺分野の学びも深め、自信をもって子どもや保護者と向き合えるようにすることが必要であるとの思いがありました。

これに対しては、多様な事業を展開する法人の強みを活かした、独自のキャリアアップ制度を導入することが有効であると考えられ、保育以外の事業でも多様な経験を積むことができるよう、他事業への異動も含めた体制整備に取り組むこととしました。具体的には、弊社にて実施したヒアリングやデータ分析等から明らかになった課題に対して、以下のような対応策に取り組んでいます。

支援先の課題対応策
各役職で身に付けるべき能力や経験が明確化されていないキャリアパス(キャリアラダー)の作成
人材育成の考え方(受講する研修の選択や受講者の決定)が施設ごとにばらばらである研修内容や対象者の決定を、各施設から法人本部へ引上げ
多くの職員が役職ごとに共通した悩み(職員育成、障害児対応、保護者対応等)を抱えているが、指導・助言を行う仕組みがない同じ役職同士が施設を超えて交流するなど、施設間交流の促進 他施設の専門職種による助言や当該施設でのOJTの導入(例:障害児施設職員による障害児対応の助言)

<参考:キャリアラダーのイメージ>

②多事業展開による強み

自身の専門とは異なる分野の知識・経験を得ることができる、多事業展開の強みを活かしたキャリアアップの仕組みは、法人、保育教諭、利用者(子ども・保護者)の三者にとって、次のようなメリットがあります。

法人
●離職減によるコスト削減
●採用の際のアピールポイント(単一事業のみを行う施設には提供できない制度である)
●競合施設との差別化(障害グレーゾーンの子どもへの適切な対応、医療と連携した医療的ケア児の受入れなど)
→少子化で保育施設の競争が激しくなる中で、地域に不可欠な存在になり得る。

保育教諭
●負担や難しさを感じている問題への対応能力が向上
●本人が望めば、保育以外の分野の資格取得(特に児童発達支援関係)も可能

保護者・子ども
小学校就学前の教育・保育は、子どもの生きる力や生涯にわたる人格形成の基礎を培う上で重要な役割を担っていると言われる中で、専門性だけでなく豊かな人間性を身に付けた保育教諭による、質の高い教育・保育を受けられる

今後の課題

専門分野以外の知識や経験の幅を広げることが大切であるとの法人幹部の思い自体は、職員も理解しやすいものだと思われます。一方で、これを実際に人事制度や研修制度等に落とし込んでいく際には「総論賛成、各論反対」になりやすく、特に現場の職員がその意義をきちんと理解できるように進めることが大切です。

支援先では、取組を具体化させる前に、法人役員から保育教諭に対して、法人が求める保育教諭像やキャリアアップの意義を直接説明する場を設けました。まだ取組は始まったばかりであり、今後も繰り返しこのような機会を設け、浸透させていくことが必要です。

まとめ

冒頭で述べたように、子育て事業を実施していない場合でも、医療、介護等の複数の事業を実施している法人には、今回の事例は参考になると考えられます。

例えば、認知症への適切な対応が難しいという理由で、患者の受入れが十分にできていない医療機関では、看護職の介護施設での認知症のケアの研修や、介護職の医療機関への異動の仕組みの導入等により、キャリアアップの他、患者増も図ることができます。多職種連携の一つの形として、検討してみてはいかがでしょうか。


監修者

小松 大介
神奈川県出身。東京大学教養学部卒業/総合文化研究科広域科学専攻修了。 人工知能やカオスの分野を手がける。マッキンゼー・アンド・カンパニーのコンサルタントとしてデータベース・マーケティングとビジネス・プロセス・リデザインを専門とした後、(株)メディヴァを創業。取締役就任。 コンサルティング事業部長。200箇所以上のクリニック新規開業・経営支援、300箇以上の病院コンサルティング、50箇所以上の介護施設のコンサルティング経験を生かし、コンサルティング部門のリーダーをつとめる。近年は、病院の経営再生をテーマに、医療機関(大規模病院から中小規模病院、急性期・回復期・療養・精神各種)の再生実務にも取り組んでいる。主な著書に、「診療所経営の教科書」「病院経営の教科書」「医業承継の教科書」(医事新報社)、「医業経営を“最適化“させる38メソッド」(医学通信社)他

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