2024/05/31/金
医療業界の基礎解説
【監修】取締役 小松大介
高齢による現役引退などの理由から、クリニック譲渡を検討する医師は少なくありません。クリニックの譲渡先はいくつかあり、運用形態ごとに譲渡方法も異なります。
譲渡はしたいがどのように進めたらよいかわからないという方に向けて、今回はクリニック譲渡の方法や失敗しないために押さえておきたいポイント等、基礎から解説していきます。
目次
クリニックの譲渡を検討する際、おもな譲渡先は大きく分けて3つ考えられます。
以下で、それぞれの譲渡先について紹介していきます。
まずは、親子・親族間で医院の承継をおこなう形です。身内への引き継ぎは安心感を持たれることが多く、患者や従業員離れのリスクが少ない場合があります。
その際、子どもや親族は病院を継ぐという意思がないケースも想定されます。医師になったとしても勤務医を希望していたり、そもそも医師にならなかったりなどの理由から受け継いでくれるとは限りません。
親子間での承継が叶わず、廃業を選択するケースも増えています。2021年10月から2022年9月までの1年間で病院は106、一般診療所は6,697箇所が廃業になったというデータもあります(厚生労働省・医療施設調査より)。
自院に勤める非常勤医師や、以前勤めていた医師に声をかけて引き継ぐ方法もあります。信頼できる相手への譲渡であれば、患者や従業員にも安心してもらえるでしょう。
しかし、クリニックを引き継ぐというのはその人にとっても大きな決断となります。できるだけ時間的な余裕をもって相談しておく必要があります。
当人が希望しない・適した人材がいないなどの理由から親子間・知人への譲渡は難しさを増しているでしょう。その結果第三者に譲渡する形が有効な手段と言えます。第三者の候補者紹介をしてくれる、主な機関は以下の通りです。
それぞれに紹介できる譲渡先が異なり、また医療機関は一般の会社と異なり法規制が複雑なため、業界に通じているか見極めが大切です。
例えば、地域の医師会であればその地域に特化した譲渡先の紹介が可能ですが、地域外の場合には情報を持っていないことが予想されます。
従業員や患者を守るためにどの紹介者・譲渡先がよいのか、慎重に選びましょう。
運用形態が個人事業・医療法人によって選択できる譲渡方法が異なるので、それぞれ詳しく解説していきます。
不動産承継のポイントも最後にまとめているので、ぜひ参考にしてみてください。
個人事業でクリニックを営んでいる場合は、事業の資産や権利を売り渡す形の「事業譲渡」になります。
事業譲渡の場合、開院許可の資格は承継できないため、譲渡側でいったんクリニックを閉鎖し、買い手側が新たに開院手続きをしなくてはなりません。従業員や取引先との雇用契約・取引契約もひとまず解除して再雇用・再契約します。
医療法人の場合、出資持分の有無によって、承継の手続きは異なります。
出資持分がある医療法人では、法人格の所有と経営権が分離しているため、譲渡の際には、出資持分の譲渡(法人格の譲渡)と、社員や理事の交代(経営権の譲渡)の両方が必要になります。
一方、出資持分がない医療法人では、所有と経営が一致しているため、社員の交代のみが必要です。譲る側の社員は退社・役員を辞任し、譲り受ける側が新たに社員として入社・役員に就任するのが一般的です。
以下に、出資持分の有無別の方法を記載しております。
医療法人 (出資持分あり) | 出資持分譲渡事業譲渡合併 |
医療法人 (出資持分なし) | 事業譲渡 合併 |
合併には2種類あり、1つが、法人のうちの一方が存続し、もう一方が消滅する手法の「吸収合併」の方法。もう1つが法人の異なる会社が合併し、新たな法人を立ちあげる手法の「新設合併」という方法です。いずれかの方法を選べますが、主流なのは「吸収合併」です。
クリニックを譲渡する場合、不動産の承継形態も考えておかなくてはなりません。
不動産の所有先に応じた、承継方法の一例を以下にまとめました。
不動産の所有先 | 承継方法の一例 |
院長個人が所有 | 不動産売却不動産を賃貸し事業のみ譲渡 |
医療法人が保有 | 法人各・不動産ともに売却不動産は承継に先立ち院長へ移転させ賃貸 |
第三者が所有(賃貸) | 新契約契約者名義の変更 |
クリニック譲渡だけでも手続きが煩雑なうえ不動産の譲渡も含めると多くの時間や 不動産とクリニック譲渡の知識をあわせもつM&A専門のコンサルタントに支援してもらうのがおすすめです。
クリニックを譲渡する際の具体的なフローについて解説します。
まずは「どんな条件で譲渡したいのか」「いつまでに譲渡を完了させるのか」といった全体のゴールを明確にしましょう。
譲渡の際は交渉が必要な場面もあり、難しい判断も迫られます。その際、軸をぶらさないためにも目的意識を持っておくことが大切です。
条件にマッチし信頼できる譲受者を見つけたら、内見を兼ねて顔合わせをおこないましょう。履歴書の情報や、話の内容、人柄から、本当に任せて安心な人かどうかを見極めます。この時点で合わないと感じたら断ることもできるので、複数候補と顔合わせを行い、比較検討するのがよいでしょう。
譲渡先が決まったら、合意に向けて条件のすり合わせをおこないます。お互い納得できたら、合意の認識を揃える「基本合意書」を締結しましょう。基本合意契約は候補者を絞り込む方法として活用することが多く、候補の絞り込み以外には法的拘束力を持たせないことが主流になっています。
デューデリジェンスとは、公認会計士や弁護士、監査法人といった専門家を交えて譲渡先の財務状況や資産価値、抱えているリスクを調査することです。調査により負債や法的リスクが発見された場合は、金銭で清算したり、契約内容を変更して解決したりするなどの対応を取ります。
企業価値を正しく把握し、双方にとってのリスクやトラブルを回避する目的で行われます。
デューデリジェンスで問題ないと判断したら、条件の最終調整をおこなっていきます。加えたい条件や変更してほしい条件があれば提示して、折り合いをつけていきましょう。
双方が最終条件に同意できたら、本契約を結びます。その後、「事業譲渡契約」「出資持分譲渡契約」などの契約や行政へ各種届出、不動産契約、名義・定款の変更など、必要な手続きを済ませれば、無事に譲渡完了です。
上記のとおり、クリニック譲渡はお金や法律の問題が絡んで手続きは複雑なほか、交渉時にトラブルが発生しやすいです。特に、譲渡条件の設定や譲渡金額の価格は、専門知識がないと判断が難しい項目もあるでしょう。
個人間でのやりとりに不安がある方は、専門知識と実力を兼ね備えたM&Aコンサルタントに依頼を検討してみるとよいでしょう。
クリニック譲渡で失敗しないためのポイントを解説します。
医療法人で出資持分譲渡をおこなう場合は、譲渡を決める前に出資持分をもつ人に必ず合意を得ておきましょう。承認後、払い戻し請求権を行使されると大きなトラブルにつながります。
「払い戻し請求権」とは、持分のある出資者が財産の払い戻しを請求できる権利のことです。(参考:厚生労働省「社団医療法人モデル定款」)
払い戻し請求権を行使されると、多額のお金を出資者に支払わなくてはなりません。このような事態を招かないためにも、契約書を用意して出資者に出資持分放棄の合意をもらいましょう。
思い入れのあるクリニックを譲渡するからには、できるだけ「良い条件」で譲渡したい、というのは当然の思いです。しかし、買い手と条件が100%すり合うのは非常に難しいため、譲渡における優先度をつけておくことが重要です。以下に、譲渡の前に押さえておきたい項目をお伝えします。
譲渡金額のすり合わせは非常に重要な項目です。希望額通りにうまくいけばよいですが、条件によって買い手から値引き交渉をされる場合もあります。どこまでが譲歩できる金額か、あらかじめ希望金額を設定しておき、税理士や会計士などに相談しておきましょう。
基本的には、売主は承継後の経営に携わることができません。大切なスタッフを思うのであれば、従業員の承継を行う際にある程度の希望を伝えておくことはできますが、譲渡後までのサポートは難しいので、譲渡のタイミングで退職金を払うなども検討するとよいでしょう。
譲渡先との出会いはタイミングに依拠する部分も大きいと言えます。あまりにも時間がなく、互いに不満のある状態での譲渡となると元も子もありません。
条件を定めるにはある程度ゆとりを持った期間設定が必要です。ただし、ずるずると引き延ばしていると決め手に欠けるという場合もあるため、おおまかな時期を定めておくことがおすすめです。
経営者も高齢化が進む中で、クリニック譲渡件数は今後もさらに増える見込みです。
身内以外の譲渡を視野に入れた場合、候補者選定から個人で行うのは非常に難しいハードルがあると言えます。特に譲渡条件の設定や不動産の取扱いなど、現場の仕事と平行しながら進めるのは心理的にも体力的にも負担がかかると言えるでしょう。
もし、M&Aを検討している中で困りごとが起きた場合は、メディヴァのコンサルタントにお気軽にご相談ください。
監修者
小松 大介
神奈川県出身。東京大学教養学部卒業/総合文化研究科広域科学専攻修了。 人工知能やカオスの分野を手がける。マッキンゼー・アンド・カンパニーのコンサルタントとしてデータベース・マーケティングとビジネス・プロセス・リデザインを専門とした後、(株)メディヴァを創業。取締役就任。 コンサルティング事業部長。200箇所以上のクリニック新規開業・経営支援、300箇以上の病院コンサルティング、50箇所以上の介護施設のコンサルティング経験を生かし、コンサルティング部門のリーダーをつとめる。近年は、病院の経営再生をテーマに、医療機関(大規模病院から中小規模病院、急性期・回復期・療養・精神各種)の再生実務にも取り組んでいる。
主な著書に、「診療所経営の教科書」「病院経営の教科書」「医業承継の教科書」(医事新報社)、「医業経営を“最適化“させる38メソッド」(医学通信社)他