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2024/05/17/金

医療業界の基礎解説

医療法人におけるM&Aの動向やスキーム、メリット・デメリット

【監修】取締役 小松大介/マネージャー 江原

近年、医療業界では医者の高齢化や後継者不足により、M&A(法人格や事業の合併・買収)の動きが活発です。特に法律の規定により設立されている医療法人は、地域の医療インフラとしての役割を担うため、廃業に至るまでの判断が難しく、存続させるためのひとつの手段としてM&Aが選ばれるケースが多い状況です。 本記事では、医療法人のM&Aのスキームやメリット・デメリットについて紹介します。



医療法人・病院におけるM&A動向

近年の医療業界は、医師の高齢化や都市部に医師が偏在することで生じる後継者不足によりM&Aが活発な傾向にあります。
厚生労働省の調査によると、診療所医師の平均年齢は2020年時点で60.2歳です。定年制度を導入している企業の約7割が定年を60歳に設定しているので、現場を退くことを視野に入れる医者は実際に多いでしょう。
また、帝国データバンク(国内最大級の信用調査会社)がおこなった業種別の後継者不在率調査では「病院・医師」の後継者不在率は約70%という結果でした。全業種の後継者不在率の平均は61.5%なので、医療業界の後継者不足がいかに深刻かがうかがえます。

医療法人がM&Aをおこなうメリットとデメリット

続いて、医療法人がM&Aをおこなうメリットとデメリットを「譲渡者」「譲受側」「患者・地域」の3者の視点で解説します。

比較項目売り手(譲渡者)買い手(譲受側)地域・患者
メリット・創業者利益の確保
・後継者問題の解消
・借入金連帯保証の解除
・短期間での規模拡大
・エリアシェアの拡大
・スタッフ・患者の引き継ぎ
・医療インフラの存続
・高度医療へのアクセス維持
デメリット・希望売却額との乖離リスク
・心理的な喪失感
・簿外債務のリスク
・組織文化の衝突
・診療方針変更への戸惑い
・担当医の変更

譲渡者(売り手)のメリット・デメリット

まず、譲渡者(売り手)がM&Aをおこなうメリット・デメリットは以下の通りです。

メリット●地域の医療介護を維持することができる
●地域において現在整備が必要な医療介護機能を考え、整備するきっかけにできる
●職員の雇用を守ることができる
●取引先を守ることができる
●取り壊し費用がかからない
●技術やノウハウを引き継げる
●譲渡対価が得られる※財務状況による
デメリット●取引に時間と手間がかかる
●負債が残る可能性がある(事業譲渡スキームの場合)
●不適切な人物に承継し、地域における評判を落とす場合がある

最大のメリットは地域のインフラである医療機関や介護施設を維持できることにあります。

譲受側(買い手)のメリット・デメリット

次に、譲受側(買い手)がM&Aをおこなうメリット・デメリットをみていきましょう。

メリット●病院においては同一医療圏の場合、病床再編の機会にすることができ得る
●管理部門を中心に生産性を上げることで経営の余力を生み得る
●結果として職員教育、医療・介護の質の向上につなげることができる
●従業員や患者を引き継げる
●自院にはなかった施設や設備を活用できる
●費用を抑えて新規事業をはじめられる
デメリット●組織風土や人事制度の統一など、シナジーを得るために乗り越えるハードルがある
●患者・従業員が離れる可能性がある
●規模が大きくなるためガバナンスの難易度が上昇する
●施設や設備が老朽化していた場合に修繕費がかかる

既存事業から譲り受けた技術やノウハウをうまく活用すれば、生産性アップや事業拡大につながり経営の安定化を目指せます。

地域・患者(利用者)のメリット・デメリット

最後に、患者・地域(利用者)にとってのメリット・デメリットをみていきましょう。

メリット●入院・通院・介護サービスが維持される
●承継をきっかけに地域住民にとって必要な医療・介護機能が新設される可能性がある
デメリット経営方針の変更に伴い、医療や介護の提供方法や内容が変化する場合がある

医療・介護サービスが維持されるのは患者にとって安心です。M&A後も利用者に信頼される場所であり続けるために、患者に指示される医療方針を掲げましょう。

医療法人の主なM&Aスキーム

医療法人を承継する際の主なM&Aスキームは「出資持分譲渡」「事業譲渡」「合併」の3つです。それぞれ譲渡するものが異なるので、違いをおさえていきましょう。

スキーム特徴メリットデメリット手続き期間目安
出資持分譲渡株式会社の株式譲渡に近い手続きが簡便 契約関係が継続簿外債務も引き継ぐリスク3〜4ヶ月
事業譲渡特定の事業だけ売買リスク遮断が可能  手続きが煩雑(許認可取り直し)6ヶ月〜
合併法人を統合(吸収/新設)シナジー効果大 大型法人向け統合ハードルが高い 期間が長い1年〜

出資持分譲渡

主な譲渡スキームのひとつが、出資持分(=財産権)を譲渡者が売り渡す「出資持分譲渡」です。出資持分譲渡は法人を丸ごと引き継ぐ形となるため、従業員の雇用契約や取引先との契約はそのまま承継されます。契約解除せずに事業を継承できるのは、双方にとって大きなメリットといえるでしょう。

なおこのケースの場合は出資持分に加え、社員や理事の入れ替えを通じ議決権を移転します。

買い手側の注意点としては、譲渡者側に診療報酬不正請求や給料未払いなどの問題があった場合、それらのリスクをすべて引き継がなくてはならないことです。そのため、出資持分譲渡をおこなう際、特に医療法人の中に多くの患者や職員を抱える病院があったり、介護事業を含め多くの事業所があったりする場合にはデューデリジェンス(譲渡側の経営状況や抱えるリスクの調査)を念入りに行ったり、譲渡契約に過去リスクが顕在化した時の取り扱いを明記したりと対策してください。

メリット●基本的に当事者間でおこなう取引のため、比較的スムーズに手続きできる
●他スキーム(特に事業譲渡)と比較して手続きが簡便
デメリット譲渡側がトラブルを抱えていれば、譲渡後にリスクをすべて背負うことになる
手続期間(最短)約3~4カ月
※出資持分なしの医療法人の場合は社員と理事の入れ替えを行うことで承継を行います。承継者は理事の入れ替え時に退職金の受け取りや基金の返還請求を行うことができます。
※自院がどちらに該当するか不明な場合は、定款を確認するか専門家へご相談ください。

事業譲渡

次に、事業に紐づく資産や権利を、ほかの法人や個人に売り渡す「事業譲渡」があります。
事業譲渡する場合、経営主体が変わるので、閉鎖と開設の届出を行政に出さなくてはなりません。自治体によって規制が設けられているので、事業譲渡を進める際は事前に行政に相談する必要があります。また、病床がある場合には地域医療構想調整会議にかける必要があります。

さらに経営主体の変更に伴い、一般には従業員の雇用契約や取引先との契約を一旦解除して、再雇用・再契約の手続きを行います。そのタイミングで離職が増える可能性もあるため、慎重に対応していくことが重要です。 

メリット●必要な資産のみを取引できるため、負債を負わなくて済む
●既にあるリソースを引き継げるため、経費を削減できる
デメリット●相対的に譲渡の手間と時間がかかる(従業員の退職→再雇用の手続きや、資産・取引ごとの譲渡の手続きなど)
●譲渡対価には非課税物件を除き消費税が生じる
手続期間(最短)約6カ月

合併

最後は、2つ以上の法人を1つの法人に統合する「合併」です。合併方法は2種類あり、具体例として以下に違いを示しました。

●吸収合併
法人のうちの一つが存続し、ほかの法人は消滅する手法
(例:A法人とB法人が合併して、A法人が存続し、B法人が消滅)
●新設合併

法人の異なる会社が合併し、新たな法人を立ちあげる手法(A法人とB法人が合併して、新たにC法人が設立)

現在主流なのは、吸収合併です。新規合併は、新規で法人を設立させるのに手間と時間を要するため、積極的に選ばれません。

合併の場合、両院の法人類型によって、合併後の法人類型が変わります。

医療法人の合併前後における法人類型

出典:厚生労働省

法人類型によっては相続税や贈与税などの納税義務が課されるので、法人類型が変わる場合は変更点をよくチェックしておきましょう。
法人を承継する点でメリット・デメリットは基本的に出資持分譲渡と同様ですが、譲り受け側が医療法人である場合にのみ取り得る手段であり、一歩踏み込んでメリット・デメリットを挙げます。

メリット●病院においては同一医療圏の場合、病床再編の機会にすることができる
●別法人にいた優秀な人材を確保できる
●人材の融通が容易になる自社法人にはない設備や機器などを活用できる
●管理部門を中心に生産性を上げることで経営の余力を生み得る
●結果として職員教育、医療・介護の質の向上につなげることができる
デメリット●組織風土や人事制度の統一など、シナジーを得るために乗り越えるハードルがある
●規模が大きくなるためガバナンスの難易度が上昇する
手続期間(最短)約1年

医療法人M&Aの「相場」と譲渡価格の決まり方

「自分の場合はいくらで売れるのか?」という疑問は、M&Aを検討する経営者にとって関心事のひとつです。医療法人の譲渡価格は、一般的に「年倍法(年買法)」と呼ばれる以下の計算式をベースに算出されるケースが多いです。

【一般的な算定式(目安)】 譲渡価格 = 時価純資産 + 営業権(のれん代)

  • 時価純資産: 法人が保有する資産(土地、建物、医療機器、現預金など)から負債を差し引き、時価評価し直したもの。
  • 営業権(のれん代): そのクリニックが持つ「収益力」や「ブランド力」を数値化したもの。一般的には、修正営業利益の1年〜3年分程度が加算されます。

ただし、これはあくまで目安です。「地域性(競合の多さ・人口推移)」、「診療科目のニーズ(在宅医療や美容などのトレンド)」、「施設基準の取得状況」などにより評価額は大きく変動します。適正な価格を知るためには、専門家による簡易査定を受けることが第一歩です。

なお近年では認知の向上もあって医療法人の承継案件が増加しており、結果として対価のうち営業権は低下傾向にあるようです。

M&Aにかかる税金と手取り額

M&Aで得た譲渡対価がすべて手元に残るわけではありません。選択するスキームによって、課税される税金の種類と税率が異なります。

出資持分譲渡の場合(個人への課税)

理事長個人が保有する出資持分を譲渡するため、売却益に対して「譲渡所得税(所得税+住民税で約20%)」が課税されます。税率が比較的低く抑えられるため、売り手にとってメリットが大きいスキームです。

事業譲渡の場合(法人への課税)

法人が事業を売却して対価を得るため、売却対価と売却した資産の差額である売却益が計上される場合があります。売却手続き以外の同一会計年度内における損益と合算して利益が出る場合には、法人に対し「法人税(実効税率約30〜34%)」が課税されます。なお売却代金はあくまで法人のものとなるため、理事長個人が現金を受け取るには、役員退職金として支給するなどの別途設計が必要となります。

「出資持分のある医療法人」か否かによっても取れる方法が変わります。選択肢により手残りが変わりますので、専門家と相談することをお勧めします。

相談から成約までの一般的な流れ・期間

医療法人のM&Aは、一般企業のM&Aに比べて行政手続きが多く、相談から成約(クロージング)まで、一般的に半年〜1年程度の期間を要します。大まかな流れは以下の通りです。

ご相談・アドバイザリー契約の締結

現状のヒアリングを行い、M&Aにおける優先順位を整理します。

簡易評価・マッチング

財務資料、患者数、職員の状況、図面など重要な経営情報を整理し案件概要書にとりまとめつつ、譲渡価格を含む譲渡条件を整理します。案件概要書や譲渡条件が整理できた後に、第一に匿名情報、第二に案件概要書を用いて候補者を探索します。

トップ面談・基本合意

売り手・買い手のトップ同士が面談し、医療理念や方向性を確認します。条件が合えば基本合意契約を結びます。

デューデリジェンス(買収監査)

買い手側が、財務・税務・法務・医療リスク等の詳細な調査を行います。

最終契約

 最終的な譲渡条件を確定させ、契約を締結します。

関係者への説明

職員・患者様への説明を行います。

行政手続き・決済・引継ぎ

経営体制の変更に伴う行政への届出や譲渡対価の決済を行います。職員・患者様への説明を行います。

まとめ

医師の高齢化等に伴う後継者不在の課題解決は、地域医療の存続を果たす上でも重要です。ただ、M&Aは医療法人や行政の規則にしたがって対応する必要があり、また法律や税金といった問題も絡んでくるため、個人での実施は難度が高くなります。M&Aを検討される際は、ぜひ専門業者へご相談ください。

メディヴァのM&Aの事例記事はこちらからご覧ください。


監修者

小松 大介
神奈川県出身。東京大学教養学部卒業/総合文化研究科広域科学専攻修了。 人工知能やカオスの分野を手がける。マッキンゼー・アンド・カンパニーのコンサルタントとしてデータベース・マーケティングとビジネス・プロセス・リデザインを専門とした後、(株)メディヴァを創業。取締役就任。 コンサルティング事業部長。200箇所以上のクリニック新規開業・経営支援、300箇以上の病院コンサルティング、50箇所以上の介護施設のコンサルティング経験を生かし、コンサルティング部門のリーダーをつとめる。近年は、病院の経営再生をテーマに、医療機関(大規模病院から中小規模病院、急性期・回復期・療養・精神各種)の再生実務にも取り組んでいる。
主な著書に、「診療所経営の教科書」「病院経営の教科書」「医業承継の教科書」(医事新報社)、「医業経営を“最適化“させる38メソッド」(医学通信社)他

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