現場レポート

2024/05/13/月

医療・ヘルスケア事業の現場から

医療機関・介護施設のM&Aにおける、コミュニケーションの重要性

【執筆】コンサルタント 田中/【監修】取締役 小松大介

はじめに

弊社では、病院やクリニックといった医療機関や各種介護施設へのコンサルティングを幅広く行っており、サービスの一つにM&A支援があります。これは地域に必要な医療・介護の継続という観点から取り組んでいるものであり、ご相談いただく内容は大先生のご勇退に伴うクリニックの親族間承継から、後継者不在や院長の急逝による医療機関・介護施設の第三者承継までさまざまです。時には経営状態の悪化に伴う再生型M&Aの支援を行うこともあります。

これまでの経験上、M&Aを成功させるためには買手側の視点から、以下いくつか重要なポイントがあります。

  • 売手側との目線合わせ
  • 医療業界特有の財務的/法務的な潜在リスク把握
  • 譲渡対価の払出しスキーム設計
  • 承継プロセスにおける対象施設の患者や職員への影響最小化

とりわけ、最初にあげた売手側と買手側の目線合わせについては、これまで運営を続けてきた先生や経営者の思いを、買手側が理解・共感したうえで引継ぐという観点からもとても大切です。

そこで今回の記事では、売手側と買手側の目線合わせを行うにあたり、承継までに時間を要した事例を取り上げ、売手側と買手側のコミュニケーションの重要性について考えてみたいと思います。

介護施設の承継事例

承継決断までの経緯

今回取り上げるのは、中部地域における介護施設のM&A事例です。売手側は開設以降、当該地域に根差して介護事業の運営を続けてきましたが、事業利益は赤字状態が続いており、かつ債務も過大で経営的な行き詰まりが見られる状態でした。また、理事長の体調不安もあり、入居者や施設職員の今後も考えると、経営的・運営的に安定した状態を維持できることが望ましいと判断して、承継を決断しました。

買手側の候補は医療・介護事業を全国的に展開するグループで、住み慣れた地域で暮らし続けることができるように、という売手側の地域介護への思いに共感し、譲受を決断しました。当該施設があるエリアに対して強い思い入れがあったことも、この承継を後押ししました。

売手側からの契約解除

売手側と買手側でTOP面談を実施して以降、承継プロセスはスムーズに進み、面談から約4か月後に最終契約書の締結まで至りましたが、最終契約書の調印から一週間後に売手側より契約解除の申入れがありました。

契約解除の原因となったのは、調印式後に行われた会食の場での買手側の発言でした。前述の通り、当件では売手側が多額の負債を抱えており、金融機関にも何度かリスケジュールを実行してもらっていました。そのため、売手側としては、介護事業の運営にかける思いだけではなく、金融機関に対するスタンスも、承継に際して重要な点であると考えていました。

一方、買手側は、介護事業に対する思いは十分であったものの、金融機関を若干軽視しているきらいがありました。会食の場でも、そうしたことが伺われる発言が見受けられ、そのことが売手側の心に引っかかったままとなっていました。

そして、最終契約書への調印以降、承継に際した準備や職員説明等を実施する中で、改めて職員や従業員について考えたときに、やはり買手側に引継ぐのが最善ではないと感じ、売手側からの契約解除に至りました。

新たな買手へ承継

調印後の破談は非常に珍しいケースですが、引っかかりがあるままでは、承継後にトラブルになることも考えられます。売手側と買手側お互いの思いを尊重し、納得のいく最善の継承を行うためにも、今回は契約解除の決断をしました。
その後、地域内で新たな買手が見つかり、当該施設は現在も運営が続いています。新しい施設長が若手ということもあり、施設内は明るい雰囲気で、入居者の方も活き活きと過ごしています。

売手側と買手側の目線合わせのポイント

今回の事例を基に、売手側と買手側がどのようにコミュニケーションを取るべきかについて考えてみましょう。

承継の際に双方が重視するポイントの明確化

まず重要となるのは、売手側・買手側双方で承継にあたり重視するポイントを整理することです。今回の事例では、売手側と買手側の金融機関に対するスタンスの違いが、破談の原因であり、承継時に重視したい項目の優先度を明確にし、相手方に伝えておくことでこのような齟齬は防ぐことができたはずです。

相手方との信頼関係の維持

M&Aにおいては、売手側がこれまで育ててきた事業を買手側が引継ぎ、継続・発展させていくことになるため、売手側と買手側の間の信頼関係はとても重要です。

今回の事例では、買手側が会食で気分が良くなり、口が滑ってしまったという側面も多分にあると考えられますが、調印後の破談というのは余程のことであり、買手側は最終契約締結以降も信頼関係を崩さないような誠実な態度を心掛ける必要がありました。

不安な点や疑問点の確実な解消

また、こうした売手側・買手側が重視するポイントのすり合わせや信頼関係の構築は、一回の面談で必ず実現できるというものではありません。TOP面談で不安な点が残る、相手方の意向を理解できていないと感じる場合には、対面・オンライン問わず、必要に応じて複数回の面談を設定することも必要です。

おわりに

M&Aにあたっては、売手側・買手側ともに承継に関する思いを明確にしたうえで、誠実に向き合うことが重要です。
売手側・買手側それぞれが重視するポイントや、信頼関係の構築等、目線合わせを大切にしたうえで、「地域医療・介護の継続と発展」に貢献できるようなM&A支援に取り組んでいきたいと思います。


監修者

小松 大介
神奈川県出身。東京大学教養学部卒業/総合文化研究科広域科学専攻修了。 人工知能やカオスの分野を手がける。マッキンゼー・アンド・カンパニーのコンサルタントとしてデータベース・マーケティングとビジネス・プロセス・リデザインを専門とした後、(株)メディヴァを創業。取締役就任。 コンサルティング事業部長。200箇所以上のクリニック新規開業・経営支援、300箇以上の病院コンサルティング、50箇所以上の介護施設のコンサルティング経験を生かし、コンサルティング部門のリーダーをつとめる。近年は、病院の経営再生をテーマに、医療機関(大規模病院から中小規模病院、急性期・回復期・療養・精神各種)の再生実務にも取り組んでいる。主な著書に、「診療所経営の教科書」「病院経営の教科書」「医業承継の教科書」(医事新報社)、「医業経営を“最適化“させる38メソッド」(医学通信社)他

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