2024/04/12/金

寄稿:白衣のバックパッカー放浪記

白衣のバックパッカー放浪記 vol.5/ハノイ編①

▼前回はこちら
白衣のバックパッカー放浪記 vol.4/マカオ編②

ハノイ旧市街まで

ベトナム航空、VN3567、17時15分発。

ベトナム航空、VN3567、17時15分発。

ベトナム航空、VN3567、17時15分発。

気が狂ったわけではない。必ずベトナムに着きたいという気持ちからe-ticketを何度も読み返していたのだ。香港国際空港内は移動にシャトルトレインを使うくらい巨大だから、動き回ると搭乗ゲートまで戻ってくるのが大変だ。この大きさがあるが故、香港からは100を超える都市へ行けるため長所も短所も私は受け取っていた。あまり移動せずゲート付近の椅子に浅く腰掛けて、boarding timeまでハノイで何をしようか考えながら過ごした。

飛行機の座席についた時、思わず力が抜けて目が潤んでいく感覚があった。香港からベトナムの首都ハノイへは飛行機で2時間。機内で映画を観るにはまずまずのフライト時間で「今夜、この世界からこの恋が消えても」という作品をみた。記憶障害をもつ高校生が主人公の恋愛映画だ。選んだ理由は主題歌を私が好きな「ヨルシカ」が歌っていたから。映画を観ながらマカオの日々が思い出されて、涙が止まらなくなった。ふと横の座席に座る旅行者を見ると、こちらに笑顔を浮かべながら引いていた。もう一度言うが、気が狂ったわけではない。ただ、ちょっと弱っているのかもしれなかった。

ノイバイ国際空港へ着いた頃には日が沈み、すっかり夜になっていた。Grabという配車アプリでタクシーを拾ってドミトリーのある旧市街へ向かった。幹線道路を進む車からは街灯が暗がりの蛍のように漂って見える。遠くまで緑地やハノイを横切る紅河が作り出すデルタ景色が浮かんでいた。現在位置が旧市街に近づくと、車両(特に原動機付自転車)の数が増え、クラクションの音量が上がっていった。旧市街の入口にたどり着くと、イルミネーションのような電球が街路樹から垂れ下がり、きらびやかな程よい佇まいの商店街が広がった。首都で1番賑わう場所らしいが、高層ビルなどはなく、こぢんまりとした店が何軒も立ち並ぶ光景や、街行く人々を見ていると何かを期待せずにはいられなくなり、ドミトリーに着く頃には元気が出ていた。

ハノイ旧市街の灯り

ブンチャーがうまい

ドミトリーに入ってまず気がついたことは、香港・マカオと比べて欧米人が多いということだ。実際にここであった人たちはドイツ、フィンランド、スイス、イギリス、カナダ出身の人たちで、その人たちもまたバックパッカーだった。会話は英語でなされていて、もちろん受付でも設備やルールについて英語で説明をされた。語学留学に行かなくてもここで生活していれば自然と英語が上達しそうな宿、それがこれから1週間を過ごすハノイバックパッカーズホステルだ(1泊1000円)。

チェックインを済ませると、2段ベッドが4つ並んだ8人部屋に案内された。私の寝床は奥の上段。身支度を軽く済ませて、荷物がそのまま入るロッカーに荷物を入れる。持参した南京錠で鍵をかければ出発だ。時刻は21時前だったので「まずはご飯を食べよう」と思い、旧市街へ向かった。ベトナムに住む紳士的な友人の和(かず)が、ハノイのオススメ料理店をリストにして送ってくれていたので、それを見ながら良さそうな「ブンチャー」というハノイ料理を食べることにした。

ブンチャーは「ブン」という米粉でできた白滝くらいの細さの麺を「チャー」と呼ばれる豚肉のつくね入りのスープにつけて食べるつけ麺のような食べ物だ。リストの中で最も近いBún Chả Số 1 Hàng Mànhというお店に向かった。注文すると皿にバサッと盛られたブンと菜類、あったかいスープが運ばれてきた。テーブルの上にはみじん切りのニンニクと輪切りにされた唐辛子が入ったタッパーがあり、好きなだけ入れていいようだった。パクチーや紫蘇、レタスなどの野菜をスープに入れる。

ブンを箸で取ろうとするが麺同士がくっついていて離れない。手を使って少し切って食べやすいサイズにしてスープに入れると、さっきまでくっついていたのが嘘かのように麺はほどけていった。口に運ぶと思わず笑顔になる堪らない美味しさだった。間にビールを挟みながら食べるブンチャーは最高で、ずっと啜っていられる食べ物だった。この味が忘れられず、私はハノイ滞在中にこの店に3回来てしまうことになる。他のブンチャーも食べたが、個人的にはここが1番好きな店だった。

ベトナムでご飯を食べていると野菜が(わざわざ注文しなくても)たくさん出てくるから自然と摂取できて何だか健康的な気分になる。実際にはハノイの人の1日の野菜摂取量は290g/日1)。日本の20歳以上の1日の野菜摂取量は280.5g/日2)らしいので意外にも変わらなさそうだ(玉ねぎ1個が200gくらい、ちなみに日本人の摂取目標は350g/日)※3。しかし、煮たり、揚げたり、漬けたりしていない生野菜をこの国で食べていると「いま野菜食べてるなぁ」という生野菜プラセボの影響で健康的な気持ちになれる。そもそも油通し※2していない野菜を食べること自体が久々だったこともあるかもしれない。

Bún Chả Số 1 Hàng Mànhのブンチャー、揚げ春巻き、ビアハノイ

旧市街散策

お腹も満たされたところで、旧市街を散策することにした。新しい土地に到着したら確認したいことは2つ。最寄りのコンビニと銀行の位置を確認することだ。実際に行って、水の購入とキャッシングで現金を引き出せるかを確認することが個人的な旅のルーティーンだ。アプリで位置を確認しながらこのルーティーンワークをこなしつつ、街を散策しているとあることに気がつく。旧市街にはホームレスがいないのだ。見つけられていないだけかもしれないが、あまり立ち入らない方が良さそうな路地にさえも見当たらない。(実際にはいるのかもしれないけれど)だいたいこういう繁華街には1人はいるものだと思う。ざっと検索してみてもホーチミン市というベトナムで1番大きい都市にはいそうだが、ハノイの情報はなかった。そこである仮説が浮かぶ。

お金がなくても暮らせるのではないか?

個人的な希望が盛り込まれたこの仮説を調べてみると2つの理由がありそうだった。1つは生活費が低コストであるということ。ハノイの平均月収が28000円3)、家賃が安ければ5000円、残りの23000円でブンチャー60杯は食べられるから1日2食なら確かに行けるかもしれない。もうひとつの理由は家族との繋がりが強いということだ。家がなくても親戚に頼ることで住む場所が確保できたり、ホームレスになりそうな家族は自宅に閉じ込めるらしい。さらに聞いた話だとベトナムでは入院中の患者の世話を看護師ではなく家族がするとのこと。制度的なものもあるかもしれないが家族との繋がりはかなり強いものがありそうだ。

健康の社会的健康因子(SDH:Social Determinants of Health)が注目されている。世界保健機構(WHO)によるとSDHとは健康に影響する社会的な因子と定義され、病気や健康には貧困、教育、孤立、育った環境などが影響しているとされている。旧市街の様子を見ていると実際に稼いでいる額が多いかではなく生活費と照らし合わせた時にどの程度必要か、そのバランスが暮らしぶりに表れるように実感できる。ベトナムも同様にSDHの問題を抱えているようだが4)、日本とはどこか質が違うように思う。もし今後、自分がSDH研究するなら論文のタイトルには「in Japan」が必要だなと妄想していると、急に足の疲れが体に回ってきたような感じがして、2段ベッドの梯子を登るのだった。

ハノイ旧市街の街並み

続く)

次回はハノイのあの有名観光地と誰も行かなさそうな場所でのできごとをレポート!更新は毎月第2、4(金)12時、次回は4月26日になります。

【注】
※1 紅河という河がハノイには流れていて紅河デルタという地理的特徴を持つ場所にハノイがあります。
※2 中華料理で野菜炒めなどを作る際に一度野菜を熱した油に通す工程のこと。
※3 ハノイのデータは2014年で対象年齢不明、日本は2001年から2019年の平均。同一の研究ではないため推測のためのデータとして利用しています。


【参考文献】
1)Wertheim-Heck, S. C. O. (n.d.). Shifting configurations of shopping practices and food safety dynamics in Hanoi, Vietnam: a historical analysis. https://doi.org/10.1007/s10460-015-9645-4
2)日本人の野菜摂取量の現状と課題 2022年8月31日 「野菜の日(8月31日)」Webシンポジウム 国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 栄養疫学・食育研究部 瀧本秀美. (n.d.).
3)ベトナム人の平均年収はどのくらい?日本で働くために必要なこと – 株式会社ジーオ. (n.d.). Retrieved March 25, 2024, from https://www.go-interior.jp/column/613/
4)POLICY BRIEF-THE SOCIAL DETERMINANTS OF HEALTH IN VIETNAM What are the social determinants of health?(n.d.). Retrieved March 25, 2024, from http://intrec.info/countryreports.html

執筆:溝江 篤
編集:神野真実、半澤仁美


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