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2025/01/20/月

寄稿:メディヴァの歴史

無人島に街をつくれー 先駆者列伝43:ファーストペンギンの気概

「患者視点」を掲げて医療と介護の世界に変革のうねりを起こしているメディヴァの取り組みを間近で見るなかで、多くのことに気が付いた。その一つが群れの先頭に立って荒海に飛び込むファーストペンギンの気概である。

少子高齢化が進むなかで、要介護・要支援者の認定者数は23年度で708万人を数え、介護保険が始まった2000年度の256万人の2.8倍に達している。医療や介護へのニーズが膨らむ一方で肝心の財源には限りがあるならば、優先事項をしっかりと見極めて効果を確認しながら進めなければならない。その際に頼るべきは信頼できる根拠、すなわちエビデンスというのは言うまでもない。

では、実際の政策決定でその原則は守られているのだろうか。医師や看護師、介護士ら現場を支える専門職と連携するかたわら、医療経営の助言役を務めてきたメディヴァやプラタナスのメンバーにとって、疑問を抱くことは少なくなかった。ならば自らがデータをもとに対案を示すしかない。すでにそうした取り組みがいくつも見られる。試行錯誤を重ねながらも無人島に街をつくり続けてきた歴史の当然の帰結かもしれない。

その第一弾が2016年4月の診療報酬改定に向けて大石さんと桜新町アーバンクリニックの遠矢純一郎院長が連名で厚生労働省などに示した提言だ。村上典由シニアマネージャーが中心となって、まず全国の在宅クリニックにアンケートへの協力を呼びかけ、58の医療機関から回答を得た。集まった意見や要望を踏まえて7つの提案をしている。

重症度に合わせた診療報酬体系/使いやすい「在宅がん医療総合診療料」/休診日・日中の緊急往診加算/強化型要件による看取りの評価/同一建物への訪問診療ルールの見直し/訪問看護(医療保険)の適応範囲の拡大/褥瘡に対する在宅療養指導管理料の新設

とくに急がれたのが重症度に合わせた報酬体系の導入だった。2010年代は在宅医療の普及期にあたる。まだ軽症と重症の区分けもあいまいで医療にかかる労力や時間に医療報酬が十分に反映した体系になっていなかった。そのために医療への依存度の高い重症患者を診る在宅療養支援診療所(在支診)の数は伸び悩み、症状が安定した軽症患者を診る在支診ばかりが増える傾向がみられた。メディヴァは在宅医療の基本となる在宅時医学総合管理料について、患者の状態に応じてメリハリをつけ、軽症な患者には月1回の訪問診療で対応できるように提案した。要求するだけでなく、体系の見直しで在宅医療の総コストが年間184億円も減ることも説明した。

在宅医療の健全な普及を望む医療者が切望していた、重症度に合わせた報酬体系は実現した。医療界でも在宅医療の実態が十分に理解されていないことを痛感したメディヴァでは16年1月に『在宅医療ファクトパック』を作成し、これにも大きな反響があった。国立国会図書館から「置きたいから一部欲しい」と連絡があったほどだ。

政策提言には手間がかかるし、内容によっては厚労省や医師会など関係者と緊張関係になることも考えられる。そのうえ要望を実現させても、最も利益を享受するのは何もしなかったフリーライダーということもある。ファーストペンギンは割が合わないことが多いが、それでも踏み切ったのには一つの原体験があった。

05年に松原アーバンクリニックが設立され、在宅医療に本腰を入れだしたころのことだ。老人ホームへの訪問診療の扱いで、看護師や配置医が置かれている特別養護老人ホームでは外からの訪問診療は受け入れないが、有料老人ホームについては認められるはずだった。しかし、こちらも看護師がいるとの理屈で同じ扱いになってしまった。在宅医療に冷や水をかける政策に戸惑った。

そこで老人ホームとも連携して厚労省に異議を申し立てると3か月後に改訂された。行政側のミスだったのではないか、と業界では噂された。ここから制度はウオッチしないといけないし、しっかりとした意見を言うことで影響を及ぼすこともできると思い知った。現場を見ているし、データも分かるので、ファクトベースで議論ができるメディヴァの出番といえる。

厚労省は厳密なデータに基づいて政策判断をしていると思われがちだが、アンケートの設計もデータの数も不十分で、最初から答えありきという印象がある。老人ホームへの点数が大きく下げられたときに、それで困ったかについて医療機関に聞いているが、調査対象には訪問診療をしていない病院も多く含まれ、「困っていない」という回答が多くなった。これでは在宅医療に真剣に取り組んでいる医療機関の声が埋もれてしまう。

昨年7月18日付けの日経新聞朝刊1面には「偏る調査、膨らむ医療費」の見出しで、判断材料となるエビデンスが不十分なまま診療報酬改定が進められている実態を伝える記事が載った。民間有識者らの令和国民会議(令和臨調)が公表した提言を踏まえての問題提起だ。

例えば、厚労省が医療機関の経営状況をまとめる医療経済実態調査だ。診療報酬を決める基礎資料だが、集計対象は病院の3分の1、診療所の15分の1にとどまり、しかも有効回答率は5割程度しかない。これで実態がしっかりと映し出され、患者負担や公費で賄われる医療費が適正に算定されているのか。そうした疑問を突きつけていた。

大石さんに経済産業省、厚労省、内閣府といった役所の委員会の委員や、国家戦略会議などの参考人として声がかかることも増え、コロナ前には政府の規制改革推進室の担当者がヒアリングにやって来た。日ごろ思っていることを話すと、規制改革推進会議の委員に選任された。そこでは医療介護ワーキンググループの座長も2年やり、オンライン診療に取り組んだ。その後はグループの専門委員として活発に発言している。政府公認の政策提言である。

コロナ禍でのさまざまな特別措置は終わったが、オンライン診療はかなり前進した。初診でもネット経由での診療ができるようになったのは、規制改革会議での取り組みの成果といえる。

ただ、患者はどこにいればオンライン診療を受けられるのかという各論に踏み込むと、部外者には何とも分かりづらい議論が残る。高齢者が入居する有料老人ホームは当然認められ、職場についても解禁された。ではデイサービスや公民館はどうか、さらに巡回バスはどうかと議論は続く。大石さんによれば、巡回車では患者の自宅の駐車場ならいいが、前の道路は居宅外というような奇妙な仕切りもあるそうで、規制改革会議で取り上げた。まだまだ仕事は終わらない。

医療現場を知る社員による発信もある。そうした活動には会社としてサポートしている。

その一例が、連載の第27回でも触れたコンサルティング事業部マネージャーの久富護医師による胃ろうへの問題提起だ。命の選択であるが、選ばないという道もあることを、医師と患者や家族にとどまらず多くの人に知ってもらいたいと考えてのことである。

実態調査は1回目がコロナ前、2回目は22年の計2度で、その間の変化も見た。胃ろうの造設数が最近の12年間でどう推移したかを、厚労省や総務省のデータを突き合わせて解析してみたところ、75歳以上で実際に造設した件数は、22年が3万6600件と11年の7万3692件から半減していた。

久富さんは、医師として問題意識を持ち、患者目線で分析をする意義の大きさを確信している。アンケート調査だけなら誰でもやれるように見えるが、医師だからこそ気づくことが少なくない。胃ろうでは日々の気づきをもとに分析を始めたが、調べるだけでなくその成果を実際の医療に生かす工夫も大事だ。調査の成果は朝日新聞のウェブで発表したほか、メディヴァのホームページに資料を載せているのでデータを求める個人や医療団体からの照会がある。

もう一つ、久富さんが疑問に思っていたことがある。有料老人ホームでの看護師が点滴に関わらない事例が多いことだ。運営会社ルールでNGと言われるというのだ。針を刺すのに失敗した時のクレームリスク、看護師の負担の増加、介護報酬上プラスにならない、といった事情がある。このため点滴をするだけに医師が往診している現実がある。到着までに時間がかかり、高熱などでなるべく早く水分補給をしないとならないのに遅れるうえ、往診料が発生して8000円程度が余計にかかることになる。

7、8年前に25ほどの施設でアンケート調査をしたが、注射などをしないところが多かった。この結果を厚労省老健局や日本看護協会に持ち込んだことがある。なかなか動かなかったが、大石さんが規制改革会議の場で問題提起をしたことで動き出した。規制改革の推進計画に盛り込まれ、厚労省の事務連絡として点滴ができることを確認する文書が出された。

まだまだ施設看護師による点滴が一般的にはなっていない。業務拡大への抵抗もあり現場を変えるのは容易ではないが、一石は投じた。一銭にもならないとしてもメディヴァのミッションだと久富さんは確信している。

厚労省は2040年の新しい地域医療構想を打ち出している。いくつかの条件付けをしており、急性期、回復期といった曖昧な病院の分類でなく、具体的な病院の性格を示すことになった。

入院患者の75%が高齢者で、その7割が複数の疾病を抱えている。また救急で増えているのも高齢者で6割は軽症者だ。さらに自宅での診療を多くの人が望んでいる。そうした実態を踏まえた医療像を確立しないとならない。

こうしたなかで200床未満の中小病院が在宅、高齢者医療への転換を進めることは社会にとって極めて意義がある。いまメディヴァが推進しているコミュニティ&コミュニティホスピタル構想(C&CH)はこうした視点からの取り組みという性格を持つ。大きな可能性を秘めたC&CHについては、次回以降で取り上げることにしよう。

政策提言で社会を変えたかと問われたなら、少なくともその一端を担ったとはいえる。人の尊厳という医療の理念と経済的な営利を求めるビジネスという側面を両立させるうえで欠かせないのが客観的なデータと冷静な分析力である。

大石さんは「多少とも行政を動かし、結果としてブランディングにも役立っているという手応えはある」と胸を張る。ファーストペンギンの先導役としての自負である。