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2024/04/01/月

寄稿:メディヴァの歴史

無人島に街をつくれ ー 先駆者列伝23:データ活かして院長さんを支援

手元に2冊の「教科書」がある。それぞれ病院経営と診療所経営にあたるうえで欠かせないデータや戦略、実践の事例がふんだんに紹介され、門外漢の筆者でも興味が尽きない。

メディヴァが四半世紀にわたって積み上げた知識が詰まった指南書はともに300ページ前後と分厚い。価格も病院編4800円、診療所編4700円と安くはないが、毎年のように版を重ねている。少子高齢化や人員不足にポストコロナ、働き方改革なども加わり、経営環境が激変している医療の世界で歓迎されているのは間違いない。

この著者である取締役の小松大介さんは、医療コンサルティング事業の草分けである。その歴史は2000年のメディヴァ設立に始まる。20歳代で用賀アーバン・クリニックの初代事務長に就いたものの、毎月200万円から300万円も赤字が出る時期が続いた。理想の医療への意気込みが空回りしていたのだ。調達した資金がほぼ底をついたこともあり、1年半ほどで事務長から外れることになった。後は大石さんと岩崎克治さんが引き取り、非常勤者の対応、コストの圧縮などの課題に落ち着いて対応することで安定軌道に乗せてくれた。

当人は用賀アーバンにとらわれず、開業の手伝いや経営支援などにあたることになる。この時期、カルテ開示や昼休みなし、遅い時刻までの診療など患者本位の姿勢を貫く用賀アーバンは主要メディアに大きく取り上げられていた。斬新な試みに関心を持った医療関係者から多くの問い合わせが寄せられ、用賀での知見を活かす場があることを確信した。

しかし、すでに医療コンサルティングの競合企業は少なくない。差別化を念頭に市場を精査し、戦略を練るなかで業界の慣行に強い違和感を覚えた。新規の開院では設備投資のシステムの導入などに5000万円から1億円もかかる。開業支援のコンサルティングでは納入業者からその一部をキックバックとして受け取り、医師の負担はタダというビジネスモデルが一般的だった。これでは経費が嵩むほどコンサルティングの実入りが大きくなり、身の丈以上の投資を助言しがちだ。

そこでキックバックは貰いませんと公言し、コンサル料は300万円と明示した。表向きは負担のない旧来のやり方と大きく異なるだけに、クライアントからは仕事の質を厳しく評価されることになる。

当初はすでに知見のある診療所の支援に絞った。開業日までの契約で運営のノウハウを提供し、設備の調達やスタッフの採用などを手助けした。開業後も末永く支援するPPM(Physician Practice Management)サービスも始めた。元々はアメリカ発のコンセプトで、経理支援や給与計算、経営助言などのパッケージだ。

保険財政が厳しくなり点数も抑えられるなかで、以前のような安直な医院経営は許されない。開業医にはマネジメント能力も求められる時代である。経営手腕がある医師ならうまく運営できるが、そうでない人は多い。マネジメント能力を持つ人材が乏しい先には事務長や事務スタッフを送り込むことも始めた。

小松さんらメディヴァの面々は医師でないが、用賀アーバンを立ち上げ、試行錯誤を繰り返しながら地域に定着させた実績に裏打ちされ、すでに一定の評価があった。この流れを定着させようと「当時は大石さんと一緒にセミナーをしまくった」(小松さん)と振り返る。数年のうちに年間10数件をこなすまでの事業に成長した。

とはいえ診療所だけでは限界がある。達成感はあるものの、社会的なインパクトは小さい。5年ほど経った頃から次は病院もと考えるようになっていた。病院の業務改善や再生がらみのコンペに参加する機会もある。中堅事業者の事業再生を支援する国の認可法人「企業再生支援機構」の案件を取りにいった時のことだ。大病院系列のコンサルティング部門と競合し、「メディヴァは診療所には詳しいしデータも豊富だが、病院については現場感が足りない」と機構関係者から言われたのは忘れられない。

ちょうど経営が行き詰まった医療機関の再生案件が銀行などから持ち込まれるようになった時期である。2007年には連載の第13回で紹介した「こころのホスピタル町田」の立て直しに思い切って挑んだ。約400床という大きな精神科病院である。民事再生に追い込まれた最悪の状態からの立て直しを小松さんが陣頭にたって取り組んだことで、病院再生のノウハウが蓄積され、その後の仕事に生きることになる。冒頭で紹介した教科書にも「ここホピ」改革の歩みが紹介されている。

コンサルティング部門は無人島に築かれた街の一つに育った。とはいえ挑戦すべき課題は少なくない。

一つはコンサルティング業務がコモデティー化する流れへの対応だ。フレームワーク(枠組み)とロジック(論理)に頼った問題解決の手法や米国などの海外事例の紹介だけでは差別化が難しい時代となり、否応なく価格競争に追い込まれてしまう。目指すべきは、机上の空論ではなく実際に収益やコストが改善する「実利の出せるコンサルティング」しかない。

その取り組みをいくつか紹介しよう。高齢者が増える一方で働き手が減り、働き方改革は医療の世界にも押し寄せている。そうしたなかで重要な業務の効率化に科学的な手法を入れることを考えた。北九州市の戦略特区で実施された介護の生産性向上プロジェクトで大きな成果を残した業務調査アプリ(MIERU)と分析・改革手法を、医療とりわけ看護の分野に応用した。

開発には町野聡シニアマネージャーが中心になって取り組み、介護事業部の青木朋美マネージャーらも加わった。現場で働く人たちの時間配分の生データをつかみ、その時間をより有効に活用する方法をともに考えることで、無駄な業務が削られ、より患者に役立つ業務や働き方改革に振り向けることができる。2014年にメディヴァに加わった町野さんは、それまで全国規模の医療法人で企画部門を中心に病院勤務もした。その経験を生かして困っている医療機関を助けたいと考えてメディヴァに参画したという。

MIERUでは、アプリの入った端末を貸与し、看護師はそれにタッチして日々の業務を記録する。作業開始の際には「診察、治療の介助」「患者の移送」「測定」「記録」など17に分類されたアイコンのどれかをタッチし、終わったらストップのスイッチを押すという2操作だけだ。

調査は最低でも1週間実施する。そのデータを集めれば業務量の見える化が進み、直接業務と間接業務の比率や役割別の時間の使い方、時間帯別の業務量まで明らかになり、仕事が集中する時間帯もつかめる。さらにヒアリングや現場の立ち合いも加味して問題点を洗い出し、改善を提案することになる。

調査により、看護師の活動時間のうち60%は患者に直接関わらないカルテ記入や申し送りといった間接業務に費やされている実態が浮き彫りになった。規制が変わって、すでに不要となった記載業務も残っていた。これらを無くすか、ITなどに置き換えることはできないか。病院のみんなで考えることになる。

すでに12病院ほどで支援を行ったが、無駄な業務が無くなり残業が大幅に減少したところもあり、余剰だった人員を調整することもできた。無理のない働き方は退職者を減らす効果があり、採用コストの削減にも結び付く。この活動は働き方改革に寄与し、病院の利益に直結する。

さらに、経営陣にとってブラックボックスとなっていた部分が明らかになることで、感覚的だった現場からの増員要請への対応が、エビデンスを踏まえて決められるようになった。

一方、コンサルティング業務自体の生産性向上も大切だ。以前に比べると、厚労省や統計局などが公表するデータは格段に増え、誰でもアクセスできる。市場推計や競合調査ならばクライアント自身でこなせる環境が整ってきたこともあり、経営方針を踏まえた施策の策定や推進するための組織づくりのような、より難易度の高い分野で価値を示さないとならない。このため、外部分析業務の一部を定型化するなど、自動化を一気に進め、これまでは1か月程度はかかっていた業務が1-2週間で終えられるようになったという。

ネットのデータをもとに、さらにマーケティング分析も手掛けるようになった。各病院が置いている地域連携室の業務に入り込んで、一緒に営業にまわりながら専門スタッフを育て、収益を確保するための知恵を提供する。金融機関との折衝に立会い、財務状況や今後の事業計画の説明を補助し、資金調達や返済計画の見直しなどの交渉を側面支援することもある。病院にとって心強い、結果を出せるコンサルティング業務を心がけてきた。

メディヴァが運営している病院は、ここホピのほか水海道さくら病院、同善病院などがあり、さらに増えていくだろう。自ら医療機関の運営に関わっているのは、「世の中に投げかけたいことの実践の場という側面がある」と小松さんは話す。

コロナ禍のさなか、教科書シリーズには「医業承継の教科書」(共著)が加わった。小松さんによれば、代替わりで困っている院長さんの悩みに応えているうちに、法律や税務の専門家とともに書き上げることを思い立ったそうだ。

病院再生や事業承継、働き手不足、組織改革、新患獲得—メディヴァは医療機関が困った時の駆け込み寺となりつつある。

(つづく)