RECRUIT BLOG

人事ブログ

人事ブログ

2024/03/18/月

寄稿:メディヴァの歴史

無人島に街をつくれ ー 先駆者列伝22:培ったノウハウを巨大市場に

今後の展開が楽しみなのが中国である。

これまで日本式健診センターの設立支援、国境を越えた遠隔読影システムの構築、日本企業の進出支援などに取り組んできた。連載の第18回で紹介したように、天津では7年前に中国版ぽじえじ「普済艾継」が店開きし、病院から自宅に戻った高齢者に機能回復の場を提供している。こうした案件を通して、隣国の高齢化の実態や医療・リハビリ・介護が抱える課題、それに伴う事業機会も見えてきた。

中国事業の推進役の一人が、海外事業部の鮑柯含さんだ。2015年に華東理工大(上海)を卒業し、日本女子大の大学院で社会福祉を専攻した。社会福祉の歴史を学ぶなかで中国に生かせる取り組みが多い日本への留学を決めた。言葉は来日してから1年半ほど日本語学校で学んだだけというが、日本人と同じくらい流暢に話し、読み、書くことに驚かされる。両国の架け橋になり、母国に高齢者に優しい施設やサービスを作ることを目指している。

去年5月には上海で開催された高齢者産業EXPO「CHINA-AID」に出展した。新型コロナが一段落したことで開催された久々の大型イベントである。JETRO日本館のブースの一角を使い、認知症に優しいデザインを含めた展示や発表に取り組んだ。従来は介護や健診、ぽじえじなどメディヴァが展開する事業を満遍なく説明していたが、今回は認知症を前面に出して先進的な取り組みをアピールすることにした。

これが当たった。鮑さんによると、これまで政府による介護施設の設立や運営が一般的だった中国も、近年は多くの民間企業が参入している。不動産業界や保険業界、さらには医薬品業界、介護事業者などがひしめく。差別化を迫られるなか、中国語でいう「老年痴呆症」つまり認知症のケアに関心が高まっている。そうした関係者には、認知症デザインなどのインパクトは大きい。3日間に700人ほどが仮設スペースを訪れて、用意した資料はなくなった。

まだまだケアの質を上げることや健康寿命を延ばす意識は十分でない。利用する側に寄り添った対応が重視されるようになれば、淘汰が起こるのは避けられまい。メディヴァが培ってきたノウハウは中国でも求められると確信した。

一方でIT企業の展示には参考になるものあった。たとえば、センサー技術を生かして自宅での転倒を感知し、異常があると訪問介護ステーションの職員が駆け付けるシステムは、日本でも実用化の余地がありそうだ。「日本では在宅の高齢者に訪問介護や訪問診療など多くのサービスを届けているが、ITの活用が少ない」と鮑さんは見る。

中国政府は介護保険のテストを始め、日独英などの先進例をもとに自国の制度を模索している段階だ。上海、青島、北京など16地域で試行段階に入っており、その結果をもとに地域にふさわしいシステムを考えることになる。全国規模の制度にするのかは決まっていないが、「一人っ子政策」の反動で少子高齢化が一気に進むことは避けられないだけに介護や健診、リハビリなど幅広い分野で巨大市場が生まれる。

メディヴァにとっては、既存の施設へのノウハウの提供に加え、高齢者センターの設立、認知症フロアの設計や運営、ケアについての指導や提案といった事業が考えられる。そこでは日本の仕組みを単純に移植するのではなく、現地の制度やニーズに合わせることが重要になるだろう。同時に、日本では規制により試行が難しい先進システムを実用化して逆輸入することも考えられる。

インドからも目が離せない。中国をしのぐ勢いで経済成長を成し遂げている人口14億人の大国は、医療・健康レベルにおいてはまだまだ発展途上である。たとえば、がん罹患者の5年生存率は3割ほどで日本(約7割)との落差は大きい。そこで医療分野に力を入れる富士フイルムは地元資本と結んだ合弁会社FUJIFILM DKHを通じて健診センター事業に乗り出し、メディヴァは運営の助言役を務めている。

写真フィルムのトップ企業として米コダックと世界市場で競った富士フイルムだったが、急激なデジタル化を前にして多角化を決断した。社内の技術を生かす新分野として、高機能材料部門、デジタル印刷などのドキュメント部門、ヘルスケア部門に経営資源を投じたことで、存続の危機を乗り切ったのは経営学の教科書にも載るほどだ。ちなみに旧来の製品にしがみついたコダックは破綻している。

富士フイルムの医療機器開発で最初に力を入れたのが内視鏡だった。これまでオリンパスの独壇場で、内視鏡を扱う医師は同社の製品を使って育った、と言っても過言ではない。そんな市場を、写真フィルムの世界で培ってきた画像処理などの技術と営業力で突き崩しつつある。また19年には日立製作所から画像診断機器事業を買収した。この分野では海外勢が高いシェアを握っているが、AI技術と組み合わせて精度を高めることで市場への浸透を図っている。ただ、日本ではAIの開発や導入には色々な規制が掛かって進めにくい。そこで優秀な技術者もいて、開発が進めやすいインドに目を付けた。

富士フイルムのAI健診センター「NURA」は、海外駐在が長かった社員の社内ベンチャーのような形で始まった。日本から派遣された駐在員は年に一度日本に帰り人間ドックを受ける。「なぜ自分たちには無いのか」。現地の社員に問われたのが事業化のきっかけだった。NURAにはAI技術の開発・活用、がん検診の普及が遅れている地域への貢献という二つの狙いがあり、センター名には「NEW ERA」「NEW RADIOLOGY(放射線医学)」の思いが込められているというのも合点がいく。健診センターを立ち上げた経験がない富士フイルムは、元々ミャンマー、ベトナムなどで共同事業の経験があり、健診センター「イーク」の立ち上げ実績があるメディヴァに協力を求めた。

21年2月のベンガルールを皮切りに、デリー郊外のグルグラム、ムンバイ、ハイデラバードと主要都市に次々とNURAを店開きさせた。血液検査、心電図などは日本と変わらないが、AIを搭載した低線量CTで検査している。ほかに口腔がんが多いことから歯科検査が加わるといった違いもある。検査料は1万8000ルピー(3万2000円)と現地の物価水準を考えると安くはないが、健康を意識しだす中間層が一気に増えている国だけに大きな将来性が見込まれる。

マネジメントチームによるオンラインの定例会議には、シニアコンサルタントの木内大介さんも参加している。インド以外での進出にも積極的で、23年11月にはモンゴル・ウランバートルにフランチャイズ形式でNURAが店開きしている。がん検診が一般的でない東南アジアや中東、アフリカなど世界中に展開する予定である。

偶々だが大石さんの息子の晟嶺さんは昨春、新卒として富士フイルムに入社している。しかも配属先はNURA事業だった。日本側は3人しかいない職場で、インド側と一緒に仕事している。会社に入るとすぐにインド、モンゴルに出張し、早くも戦略事業を世界に拡大させる重責の一端を担う。

先も述べたが、日本の医療ではAI技術の活用には慎重な面が少なくない。中国事業と同じく海外で培った実績やノウハウを引っ提げて日本に登場することも考えられない話ではない。

メディヴァは政府の調査事業の受託や海外でのセミナーなどの運営支援などを手掛け、その対象国や地域は20を超えている。しかし、コンサルから事業会社に性格を変える時期を迎えたと、小倉昭弘マネージャーは見る。「政府事業の事務局やコンサルティング的なビジネスも引き続き手掛けるが、クリニックや高齢者施設を現地のパートナーとともに作って運営するような、長期にわたり地元に貢献する仕事が主流になる」というのだ。これまで見た通り、その萌芽は各地で見られる。

国ごとに医療や介護の仕組みが異なり、社会保険の整備が遅れている場合も少なくない。さらに政変で政策が一気に変わるリスクも伴う。しかし、発展が進むにつれて出生率が落ちる趨勢にあるのはどの国も同じで、時期の前後はあっても少子高齢化は避けて通れない難題だ。社会保障制度が早くから整備されている一方、世界最速のスピードで進む高齢化社会への対応を急いできた日本の知見が大きなビジネスにつながり、国際支援の柱になるのは間違いない。