RECRUIT BLOG
2023/10/23/月
寄稿:メディヴァの歴史
3か月で「奇跡の復興」を成し遂げた水海道さくら病院だが、その傷痕は深い。自宅が水に漬かった周辺の住民には転居する人も出ている。茨城県常総市で最大の透析施設を持ち、拠点病院として実績をあげて来た自負はあるが、肝心の受診者が減っては経営が厳しくなる。病院に新たな魅力を加えることが課題となった。
病院全体の戦略の見直しは避けて通れない。そうしたなか数年後に経産省が始めてくれたサービス産業強化事業費補助金制度は渡りに舟だった。環境デザインの効果を検証するための「実証フィールド」の構築事業が認められ、20年度から3年をかけ1200万円の予算で院内の模様替えに乗り出せることになった。サービスの質の向上や認知症への対応力を高めたい病院側、認知症の方々に配慮した環境デザインの成果を示し、モデル病院として大いにアピールできると期待するメディヴァ。環境デザインの思い切った導入で両者の思いは一致した。
英スコットランドに、認知症患者へのサービスや環境デザインの研究で世界の最先端を走るスターリング大学がある。メディヴァは連携を深めており、在宅医療に取り組む桜新町アーバンの遠矢純一郎さん、コンサルタントの木内大介さん、さらには大石さんら関係者は大学の認知症サービス開発センターを度々訪問している。
先進大学が培った知見を導入した理想の病院づくりという大実験の開始である。大学との学際的な研究や事業を進めている木内さんは早速、水海道さくら病院の現状評価を実施した。すると改善すべきポイントが次々と浮かび上がる。
昭和の頃には当たり前だった白一色のレイアウト。いかにも清潔第一という佇まいだが、認知機能が落ちた当事者は至る所で迷う。診療室の白い扉は周囲に溶け込んでしまう。廊下の分岐点に手掛かりとなる情報がなく、病棟も同じような部屋が並べば、どこにいるのか分からなくなる。コントラストやサインを配慮しないことで迷子にしてしまうのだ。
一方で情報が多すぎるのも困りものである。トイレに入ると水洗ボタンに呼び出しボタン、注意書きが並んでいる。汚さないように使うのに精いっぱいの患者は焦ってしまったり、誤作動させてしまったりしかねない。
床の色のコントラストが強いのも考えもの。明るい色の先が暗い色だと、その間に段差があると誤認しかねない。斑点模様は何かが落ちているような錯覚を起こさせ、穴が開いているように見えもする。またピカピカの床に外光が反射すると、水たまりと勘違いしやすい。
指摘されると一々もっともだが、認知症と無縁だとなかなか気づかない。しっかりとした評価基準で問題点を洗い出すことで認知症の方が困らない病院に近づけることが分かった。
色(明度)の組み合わせで壁と扉のコントラストをはっきりさせる一方、間違って入られては困る場所は意識的に周囲に溶け込んだ色に変え、廊下の要所要所には大きな文字やサインを掲げた。またトイレ内のデザインも一新し、固定していた手すりを跳ね上げ式にすることで空間を広く使えるようにした。床の色は統一して誤認や錯覚を防ぎ、つかみにくい手すりは取り替えた。
スターリング大学が開発した「高齢者・認知症環境デザイン評価ツール」で改善度を測定してみると、導入前は0%と散々だったトイレが90%に。このほか、院内のコントラスト(26%⇒100%)、模様と色(33%⇒100%)は大きく改善していた。一方で病棟は13%が53%と向上してはいるものの見劣りする。病院全体の評価は76%でシルバーランク、まだまだ改善の余地があるのは確かだ。
実際にやってみて驚くのは、誰にとっても親しみやすい施設に変わったことだ。たしかに慣れない病院の中で迷った経験は筆者にもある。認知症の当事者にやさしい社会は、すべての人々にとっても優しいという当たり前のことを思い知らされた。さらに、人手不足が深刻ななかで、思い切ったデザイン変更がアピールポイントになり、認知症への意識の高い医療従事者を採用しやすくなる副次効果もあった。
予算に限りがあるため、この大改修は水没した1、2階に限定されたが、関係者を驚かせたのは、看護師や職員が自ら塗料を使い、白一色だった3階の壁をコントラストの付いたデザインに塗り替えたことだ。看護師長の吉田純子さんは「トイレの動線がよくなった」と手ごたえを感じている。3階病棟にも思わぬ恩恵をもたらした。
資金にゆとりのない中小病院は認知症デザインの導入には二の足を踏みがちだ。たしかに水海道さくら病院は既存の施設の改装のため費用が嵩んだが、新棟建設や改築といったタイミングなら設計やデザイン段階で認知症への配慮を加えれば済む。さほどの負担をせずに大きな効果が得られるだろう。
デザイン変更に並行して始まっているのが、認知症にやさしいケアの実践だ。慶応大学メディアデザイン研究科と協力して開発した認知症のAR体験装置『Dementia Eyes』を使い、視野が狭くて行動に強い不安がある世界を体感する研修会を開いている。その人らしく希望を持って生活してもらうにはどうしたらいいのか。より当事者に寄り添った対応を実践するうえで、模擬体験はさまざまな気付きを与えてくれる。それは無用な行動抑制を減らし、介護負担の軽減にもつながることになる。
すでに透析医療では定評があったが、水害後に在宅医療を始めた。さらに認知症デザインを導入し、嚥下機能の低下により誤嚥性肺炎への対応にも力を入れている。『Dementia Eyes』を活用した研修は周辺の介護施設や提携医療機関でも開催し、認知症ケアにおいても地域連携を深めようとしている。目指すは、真の地域包括ケアの拠点病院だ。
鬼怒川の氾濫に直撃され、水没した病院は再浮上を果したばかりか、そのハンデを逆手に取って飛躍の機をうかがっている。
(続く)