現場レポート

2024/12/03/火

大石佳能子の「ヘルスケアの明日を語る」

認知症にやさしいデザインと日英の取組み

先日、福岡市の「認知症の人にもやさしいデザイン」が「2024年度グッドデザイン賞・ベスト100」を受賞しました。グッドデザイン賞は日本を代表するデザインの評価とプロモーションの活動です。
■グッドデザイン賞_受賞ギャラリーページ
https://www.g-mark.org/gallery/winners/25503?years=2024

福岡市は高島市長のリーダーシップのもと、認知症になっても住み慣れた地域で安心して自分らしく暮らせるまちを目指して、様々な「認知症フレンドリーシティ・プロジェクト」を行なっています。「認知症の人にもやさしいデザイン」はその取組みの一つで、長年同市を支援してきたメディヴァにとっても、大変嬉しいニュースでした。

■認知症フレンドリーシティ・プロジェクト 
https://100.city.fukuoka.lg.jp/project/friendly-project

認知症の方は、記憶に頼れなくなる、距離感や時間感覚が掴みにくくなるなと、特有の症状があり、それに高齢化による目が見えにくい、音が聞き取りにくいなどが加わると生活が困難になります。「認知症デザイン」は、建物や空間、製品のデザインにより、それらを緩和し、認知症の方が自分らしく、自立して暮らせるようにするためのものです。

「認知症デザイン」は元々英国スコットランドで始まりました。エジンバラの北に位置するスターリング大学にはDSDC(Dementia Services Development Centre)という機関があり、50年近く前から専門的、学際的な研究がなされています。
メディヴァはイギリスへ視察に赴いた際にDSDCと出会い、MOUを締結し、サ高住や病院や街での展開を協働しています。

福岡市は、認知症デザインのDSDCの考え方をローカライズし、「認知症の人にもやさしいデザインの手引き」を策定しました。手引きに基づいたデザインは、地下鉄の駅や区役所など約60施設に導入されました。さらには屋外を含めたまちづくりへと拡大し、橋本駅周辺地区へ導入を進めています。

福岡市は「福岡オレンジパートナーズ」というプラットフォームを作り、認知症の人と企業をつなぎ、製品やサービスを開発しています。認知症の方にも製品開発に参加してもらっています。メディヴァもリンナイの使いやすく安全な料理レンジの開発を支援させていただきました。

先月、スターリング大学からDSDCの責任者でもあるLesley Palmer教授が来日しました。同氏は建築士です。スコットランド人らしい白肌と亜麻色のスポーツウーマンです。ゴルフの腕前も相当らしく、さすがスコットランド人!

イギリスの大学は、国から研究助成金も出ますが、自分で稼ぐことが求められます。DSDCは大学内の独立した組織で、経済的には自立しています。認知症デザインは、研究テーマであるのと同時に、稼ぐための方法でもあり、企業や公共団体へのコンサルティングや認知症デザインの認証で稼いでいます。

昨年、DSDCに行ったのですが、顧客調査にも活用できるモデルルームがありました。居室や病室を模していて、そこで認知症デザインを試すのと同時に認知症デザインというもののショーケースにもなっています。
たとえは、台所の戸棚はガラスがはめ込まれ中が見えます。認知症の方は記憶に頼ることができないので、中に何が入っているかが分からなくなっています。開けなくても分かる工夫がガラスの扉です。


音は認知症の方を不穏にします。病室は音を吸収する床や天井素材が使われ、廊下に掛けられた絵も良く見ると細かい穴が開いて、音を吸収します。

イギリスはキャメロン首相の時に認知症を「解決すべき国家的課題」と位置付けました。認知症の方とケアする人は、合計国民の2分の1にもなります。スターリング大学をはじめとして、多くの大学が課題解決のために研究を行っています。また企業は、業界内での競争優位性を確保するために、認知症デザインの認証を受けています。

今回のLesleyさんに同行し、経済産業省を始めとして色々な団体で、改めてお話を伺いました。
その中で、日本とイギリスの考え方、取り組み方の違いを感じたので述べさせていただきます。

  • イギリスでは、学術的研究に多くの助成金が投じられている
  • その結果、認知症デザインに関しても数多くの論文が作成されている
  • 研究成果は社会実装を前提としていて、成果を厳しくチェックされている
  • 論文はデザインを考える上での公理(guiding principles)に加え、詳細な基準(音量は何デシベル以下、照明は何ルックス以下等)に及ぶ
  • 認知症デザインの認証も、対象に応じた基準がしっかり出来上がっている


企業が認知症デザインに即した製品を開発したり、認証を受けようと思った場合、ゼロから対象者の意見を聞く必要はなく、公理や基準に則ると効率的に進めることが可能でとなります。またその論拠は、しっかりとした論文なので社会的な信用があり、競合優勢に結び付きます。

興味深かったのは、イギリスの場合は、認知症の方だけでなく、介護者も製品やサービスの評価に参加しています。日本の場合は認知症の方のニーズに重点が置かれているので、介護者の声を反映することには力が入ってない気がします。
日英のどちらの方法がいいのか、というのは難しいところです。大量の製品サービスを認知症デザインに転換していくには、イギリス方式が効率的でしょう。しかし、日本の取組は、社会的偏見の対象となっている認知症の方々を社会に包含するためには、有効であるように思います。

経済産業省の「認知症イノベーションアライアンスワーキンググループ」では、認知症の方に優しい製品サービスを開発し、広める方策を検討しています。私も委員ですが、先日の検討会では、福岡市の取組を紹介するご発言がありました。企業の方に認知症について学んでいただき、一緒になって製品サービスを開発していることのご説明があり、取組自体にすごく価値があると感じました。

日英の方法の良いところを組み合わせるのが良いのではないか、と思っています。すでに研究され、イギリスで既に科学的に検証された公理、基準は取り入れてもいいと思います。福岡市のように日本用にカスタマイズすれば使えるものも多いでしょう。

もう1か月で2025年になります。「2025年問題」はまだ解決の緒についたところです。日本は年齢階層別に見ても認知症の方の多い国です。イギリスや福岡市のような取り組みが、全国にスピード感をもって拡がることを願っています。