2024/03/11/月

大石佳能子の「ヘルスケアの明日を語る」

アイソトープ協会の革新的な取り組み

アイソトープ協会(https://www.jrias.or.jp)の理事をやっています。先日、会報誌に巻頭言を書きましたので、転載します。

法学部で経営学修士という完全文系経歴の私が何故、アイソトープ協会の理事を務めているのか?不思議に思っている方もいらっしゃるでしょう。私自身も本当に「ご縁」としか言いようがありません。
コンサルティングや政策提言の仕事の傍ら、母校である大阪大学の経営協議会委員も務めていました。そこでたまたま、中野貴志核物理研究センター長がアスタチンの難治性進行がんの治療への適用可能性についての発表を伺いました。
中野先生のお話を「面白い!」と思ったのは、日本はサイエンスこそ極めて優秀なのに、グローバルな医療産業の中では存在感が薄れていることに非常な歯がゆさを感じていたからです。核物理、核医学は日本がまだリーダーシップを取れる分野と感じました。
難治性進行がんへの新治療法であるアルファ線核医学治療は、イノベーションの最前線に位置します。治療薬開発はまだ発展途上ですが、極めて高いポテンシャルを示しています。完成すれば治療は外来で可能であり、患者の生活の質(QOL)を顕著に向上させるため、治療の新たな地平を開くことが可能です。がん治療は外科、内科(抗がん剤等)、放射線科で対応しますが、アルファ線核医学は第4の治療法となりえます。 
その後、中野先生にはベンチャーキャピタルをご紹介し、アルファ線創薬を目指すアルファ・フュージョン株式会社を設立しました。同社は大阪大学だけでなく、オールジャパン、またグローバルな研究者を巻き込み、治療薬開発に取り組んでいます。こうやって、私もイノベーションの波に立ち会うことになりました。

アルファ線核医学治療の開発と実施には、放射性核種の製造からその分離精製技術、放射性医薬品化技術に至るまで、幅広い科学技術が必要です。さらに、コンパニオン核医学診断や放射線療法など、治療全体を支える技術も不可欠です。これらの技術は、社会経済への大きな波及効果を持ち、新しい知的財産の創出と国際競争力の強化に貢献します。

2021年5月31日、内閣府原子力委員会は「医療用等ラジオアイソトープ製造・利用推進アクションプラン」を公表しました。この中で、アクチニウム-225とアスタチン-211が、新たな医薬品を生み出す潜在能力を持つラジオアイソトープとして日本に位置づけられました。

この画期的な時期に、医療用ラジオアイソトープの製造と利用を推進するには、関連する全領域での協力と努力をさらに深める必要があります。日本における医療用短寿命RIのサプライチェーン構築は、世界でも類を見ない革新的な取り組みであり、この分野での日本のリーダーシップを確立する大きなチャンスと感じています。
短寿命RIの高いポテンシャルと限られた半減期の特性を考慮すると、迅速な供給体系と効率的な物流が不可欠です。日本がこの課題を解決し、短寿命RIの安定供給システムをいち早く構築することにより、新たな基幹産業を創出することも可能でしょう。

この取り組みは、国内の科学技術基盤の強化に寄与し、国際社会における日本の地位をさらに高めます。医療用短寿命RIの供給体系の構築は、高度な技術力、厳格な品質管理、迅速な配送能力を求められ、これらは他の産業分野への技術移転やイノベーション推進にも貢献します。


この大きな目標を達成するために、政府、産業界、学術界が一丸となって取り組む必要があります。短寿命RIのサプライチェーン構築だけでなく、出来上がった薬を患者様に届けるためには規制や制度の整備も必要となります。また世界に届けるにはサプライチェーンや関連規制等のトータルパッケージを構築し、グローバルな標準とする必要があります。日本アイソトープ協会は、この歴史的な取り組みを支え、推進するための重要な役割を担うと感じています。文系の私も、微力ながらお手伝いさせて頂きたいと思っています。