2024/02/19/月

大石佳能子の「ヘルスケアの明日を語る」

トリプル定でも促進されるICT活用。一歩先を行く「北九州モデル」

今年は診療報酬だけでなく、介護・障碍福祉のトリプル改定があり、業界の方々は悩まれているのではないでしょうか。新聞には外来初・再診料が上がったと医療機関にメリットのある改定であったと書かれていましたが、実際は全般的に厳しい改定になったと感じます。今回の改定では医療機関の機能分化は益々求められるようになりました。今後高度医療機関は益々集約化され、中小病院や診療所は専門特化するか、地域に出ることを求められます。医療と介護の連携は医療機関側にも介護施設側にも、より強く求められます。

興味深かったのは、ICT活用を促進するDX化の方向での改定が結構入っていたことです。規制改革推進会議でICT化を押しても厚生労働省の反応は割と冷たかったので意外でした。

介護に関しては、訪問介護の基本報酬が下がることに対し、業界で大きく声が上がっています。厚労省は処遇改善加算を入れると必ずしもマイナス改定ではない、という論調ですが、介護業界からの反発はすさまじく、あっという間に2000名もの反対署名が集まったと聞いています。

今回の介護報酬改定には直接影響は無いですが、厚労省がICT化を進め、現状の3対1の人員配置を緩めようとしていることにも大きな反発が出ています。介護業界内でアンケートへの協力が呼びかけられていて、「適正な人員配置は?」、「災害時であったら?」等の質問が投げかけられます。3対1が実現できている施設は少ない中、より人員配置を厚くし(例えば2対1)、それに見合う報酬を付けて欲しいという意図だと思われます。介護報酬が低すぎる、全体的に上げて欲しい、という気持ちには共感します。しかしながら、このアンケートの前提は、「仕事のやり方が、今と同じであったら」です。

現場の介護の専門職は「こんな仕事は自分でなくても出来る」とか「このタスクではなく、もっとご利用者さまに時間を使いたい」と思っていないのでしょうか?どのような組織や仕事でも必ず「無駄」はあります。その「無駄」を整理すると、より働きやすくやりがいのある職場環境が整備され、その結果効率化に繋がることも多いと思います。

北九州市の戦略特区でお手伝いした「介護の生産性」プロジェクトでは、現場の業務を見える化し、整理し、「無駄」を無くし、介護の専門職でなくても出来る仕事を非専門職に移管し、ICTやロボットが出来ることはそちらに任る。このようなタスクチェンジ・タスクシェア・タスクシフトにより専門職の時間を浮かせ、ご利用者さまと一緒に散歩に行くなど、もっとやりたい仕事に時間を振り分けました。その結果、生産性は1.5倍に上がり、3対1(※規制があるので理論値)を越えましたが、同時に現場のやりがいも上がりました。このように現状の働き方を見える化し、業務全体を変えることにより大きな効果が見込まれます。

北九州市での取組みは「北九州モデル」と名付けられ、厚労省をはじめ、広く知られました。しかし残念ながら、業務を見える化し、業務全体を抜本的に見なおすという手法は広まっているとは言えません。ただ、北九州市では、取り組む特養や施設が順々に増えています。

最近この「北九州モデル」に目を付けたのは、清華大学です。昨年夏と今年の1月末には、この中国最高峰とされる大学から大学院生が32人来訪しました。北九州市は「北九州モデル」を成長産業にしたいと考えているので、大庭副市長、担当課の馬場次長をはじめ、介護ロボットメーカーもそろって出迎え、学生たちは熱心に説明に聞き入ったそうです。

清華大学院生たちは非常に感銘を受けたらしく、すぐさま立派なレポートを作成してきました。先週私は北九州市で経過を聞き、今後について相談を受けました。レポートには、日本以上に高齢化が急速に進む中国を「北九州モデル」が救えるかもしれない、という期待が綴られていました。

「北九州モデル」は日本の介護保険制度や介護福祉士の教育プログラムの上に成り立っているので、そのまま中国に移植するには工夫が要ります。一方、介護保険の制度上の縛りや業界のしがらみがない分、自由な設計も可能です。北九州市で発したものが、中国に渡り、進化し、また日本に逆輸入されてくる。そのような流れもあり得ます。

余談ですが、北九州市は昨年武内和久市長に替わってから、急速に改革が行われています。その一例が市役所の横に立つ小倉城で、天守閣はレストランとして活用されています。武将の格好をしたスタッフがいて、洗練された料理には地元の肉、魚、野菜が使われています。週末はディスコになることもあるそう。先週訪れた時には、市長も交えて夕食をご一緒し、甲冑姿のスタッフとパチリと記念撮影も!介護案件以外にも、北九州市はまた訪問するのがとても楽しみです。