2016/06/10/金
医療・ヘルスケア事業の現場から
企業行政チーム医師兼コンサルタントの澤井です。
日本人の死因の第1位は悪性新生物(がん)であり、死因の30%を占めています。がん死亡者は今後も増加することが推計されており、現在の死亡者数は36万人ですが、2040年には50万人に達するといわれています。在宅診療においても、特に看取りの必要ながん患者数が増加することが示唆され、医療インフラの整備が急務です。
ところで医療インフラの整備はもちろんですが、健康寿命をのばす、特にがんの発症率を下げることにも注力する必要があり、その代表例が禁煙です。禁煙によるがん予防効果は明白ですが、ここ数年の喫煙率は横ばいであり、禁煙外来は十分に機能していません。今回は禁煙外来の現状とその対策についてご紹介させていただきます。
目次
●喫煙はがんの発症、死亡ともに関連があり、禁煙によりリスクを下げることができる。
実際に喫煙はがんの罹患や死亡にどれほどの影響を及ぼしているのでしょうか。国内のがん死亡に対する喫煙の人口寄与危険割合は全がんに対して、男性では39%、女性では5%といわれています1)。また、がん罹患における人口寄与危険割合は男性29.4%、女性で2.8%です2)。これは喫煙者が0になると、男性のがん死亡は39%、がん罹患は29.4%減少すると解釈することができます。男女比があるのは、後述するように男性と女性の喫煙率に乖離があるためと推察できます。
禁煙によりこれらのがんの発症リスクを下げることは可能であり、特に口腔がん、食道がん、肺癌、喉頭がん、膀胱がん、子宮頸がんでは、禁煙により発症リスクが下がるといわれています。さらに子宮頸がんや喉頭がんは禁煙後急速にリスクが低くなり、子宮頸がんは非喫煙者のレベルまでリスクが下がるといわれています。また、これらがんのほとんどは禁煙の期間が長くなるほど発症リスクは低下するといわれています3)。したがって、喫煙はがんの発症、死亡ともに関連があり、禁煙をすることでそのリスクを減らすことができるといえます。
●ここ数年の喫煙率は男性30%台、女性8%台でほぼ横ばいで推移。
厚生労働省の統計によると、平成25年時点で、男性32.2%、女性8.2%の喫煙率でした。平成元年は男性55.3%、女性9.4%でしたので、特に男性の喫煙率は大きく減少していることが分かります。平成元年以前から続く、たばこ税増税、国民のヘルスリテラシーの向上が喫煙率の減少に貢献しているものと思われます。しかし、平成18年から禁煙外来が保険適応になり、平成20年より、禁煙補助薬であるバレニクリン(チャンピックス(R))が保険適応になっているにも関わらず、平成22年以降は、男性は30%第前半、女性は8%台のまま、ほぼ横ばいの状態が続いています4)。
●禁煙外来推定受診率は1%を下回る。
禁煙外来が保険適応になったにも関わらず、喫煙率がさがらないのはなぜでしょうか。平成21年度の厚生労働省の実態調査では、治療終了時の禁煙率は、ニコチンパッチで76.9%、バレニクリンで79.1%であり、治療修了9か月後ではそれぞれ49.2%、50.1%でした5)。治療修了9か月後の禁煙率は決して優秀な成績ではありませんが、喫煙率に貢献できないほどの成績ではありません。そこで、禁煙外来の受診者数が低く喫煙率低下に貢献できていないことが示唆されます。
この仮説を検証するために、以下のような禁煙外来の受診率の推定を行いました。
(1) JT の2008年「全国たばこ喫煙者率調査」での推計喫煙人口は2,680万人6)
(2) 中医協の診療報酬改定結果検証に係る特別調査(平成 21 年度調査) ニコチン依存症管理料算定保険医療機関における禁煙成功率の実態調査報告書より
有効回収率47.5%の調査にて、平成20年6月1日~7月31日の 2か月間に「ニコチン依存症管理料」の算定を開始した全患者数は3,471名。
(3) 上記実態調査報告書で調査したのは施設基準届出を行っている6,800施設の内、1,500施設。
(4) (2)、(3)より、1年間のニコチン依存症管理料の推定算定者は3,471÷2/12÷47.5/100÷1,500/6,800=198,760名.
(5) (1)、(4)より、平成20年の禁煙外来(保険適応)受診率は198,760/26,000,000×100=0.764(%)
したがって、禁煙外来が喫煙率低下に貢献していない原因は、喫煙者の受診率の低さが原因であると考えられます。
●喫煙率減少のためには、禁煙外来へのアクセス向上への工夫が必要
●仕事中の禁煙外来受診時間の設置や、健康保険組合の協力のもと、費用負担の変わらない自由診療での禁煙外来を設置してはどうか
喫煙率を減らすためには、禁煙外来の受診率を向上させることが必要です。禁煙外来の受診率が低い原因として、病院受診の敷居が高いことが挙げられます。喫煙者の多くは日中仕事があり、よっぽどの事情がない限り、仕事を休んで禁煙外来を受診するということには抵抗を感じます。さらに禁煙外来は3か月間で5回の受診が必要であり、より通院に対する抵抗が高くなります。事実、平成21年の厚生労働省調査では、5回すべて通院できた割合は全受診者のわずか35.5%でした5)。
禁煙外来へのアクセス向上により、受診率、成功率ともに改善した、大変興味深い取り組みがあります。平成21年、日立製作所では企業内診療所に禁煙外来を設置しました。2600人、喫煙率32%の就業者のための企業内診療所に禁煙外来を設置し、2年間調査したところ、受診者は42人(喫煙者の5%)、禁煙外来全5回達成は34人(84%)5回通院達成者の禁煙成功率は88.2%であり、企業内診療所での禁煙外来は受診率、成功率共に従来の報告よりも良い結果であることがわかります7)。以上より、医療アクセスを向上させるためのスキーム構築が禁煙外来受診率の向上の課題と言えます。
この課題解決のために二つの提案があります。
(1) 社内禁煙宣言者に対して、業務時間内の外来受診時間を設定
(2) 費用負担を変えないまま(可能なら0)にして、自由診療を利用したアクセスのしやすい禁煙外来を設定
前述のように、禁煙外来を受診するためには業務から抜ける必要があり、禁煙外来の敷居を高くしています。これを「仕事」の中に組み込むことができれば、受診しやすくなります。その為には、企業や健保の協力が必要であり、禁煙の推奨や、社員が禁煙を「宣言」して周囲の協力を得るといった環境整備が必要です。会社全体として「禁煙を応援する」という環境が求められます。
さらに、受診の回数やタイミング、受診形態について柔軟に対応することのできる協力的な医療機関が存在すれば、継続受診への敷居も低くなります。残念ながら、現在の保険診療での禁煙外来では定められた「型」があり、柔軟性や融通性はありません。自由診療形態の禁煙外来とすることは一つの打開策で、患者さんに合わせた柔軟性のある禁煙外来を提供することができます。自由診療により患者負担が増えてしまっては、受診率増加は望めませんが、この負担分の7割(結果としては保険診療分と同額)を健康保険組合に負担していただければ、従来の禁煙外来より受診率も成功率も高い、かつアクセスもしやすい禁煙外来も可能であると考えています(もちろん全額負担していただければ、より受診率の向上が望めます)。
私たちは、パートナー医療機関の協力のもと、患者さんの目線で禁煙外来や健診のあり方を模索し、現在の制度でも可能な「アクセスのしやすい」禁煙外来のスキーム作成に取り組んでおります。健康経営の一環として、社内禁煙に取り組みたい企業、健康保険組合のご担当者様がいらっしゃいましたら、是非お声掛け下されば幸甚です。
参考資料
1) Journal of Epidemiology, 18: 251-264, 2008
2) JPHC Study 喫煙のがん全体の罹患に与える影響の大きさについて(詳細版)
3) 平成25年国民医療費の概況(厚生労働省)
4) 厚生労働省の最新たばこ情報 成人喫煙率(厚生労働省国民健康栄養調査)
5) 診療報酬改定結果検証に係る特別調査(平成21年度調査)ニコチン依存症管理料算定保険医療機関における禁煙成功率の実態調査 報告書
6) JT 2008年「全国たばこ喫煙者率調査」
7) 企業内診療所における禁煙外来の有用性について 吉野友祐、田中理恵子ほか 日本禁煙学会雑誌 第7巻第2号 2012年4月27日