2020/07/22/水
医療・ヘルスケア事業の現場から
良く聞かれる質問に「ワクチンが開発されて社会が元に戻るのはいつ頃になるのでしょうか?」というのがあります。日本のマスコミの情報は、殆ど役に立たないので私は海外情報を追いかけています。特にNew York Timesは秀逸で、しかも只!(コロナ期間限定かもしれませんが、、。)
さて、同紙によると現在治験前のワクチンが最低でも135、治験に入っているのが35あります。ヒトでの治験中は26です。承認されているのは中国の軍限定で特別に許可されたものが1つ。(有効性、安全性は怪しい感じですね、、。)
通常であればワクチンの開発は最低でも4~5年かかる、と言われていますが、各国、各メーカーが気合を入れて研究開発に勤しんでいます。通常の許認可手続きをスピードアップする緊急措置もありますし、DNA・RNAワクチンなどの核酸型のワクチンであれば大量生産の課題がかなり楽になります。トランプの号令でワクチンが開発されてから量産体制に入るのではなく、先に工場を作る動きもあります。
では、4~5年掛からないのか?もしかしたら、来年の今頃には?と期待が高まるのですが、そうは簡単でなく、まだまだ不確定要素が高いです。
ワクチン開発にはまず安全性、有効性の問題をクリアしなくてはなりません。その後、製造、供給の問題が続きます。
まず、安全性ですが、「抗体依存性感染増強(ADE)」という怖い現象があります。本来、ウイルスなどから身体を守るはずの抗体が免疫細胞などへのウイルス感染を促進させ、免疫細胞が暴走し、サイトカインストームによる、重篤な症状を引き起こします。
有効性は、そもそも何を以て有効とみなすのか?という問題があります。「抗体検査が陽性でも、コロナに掛からないとは言えない」、という説明をご覧になったことがあると思います。アメリカのFDAは認可のクライテリアを「抗体ができるかではなく発症予防をみる」と言っていて、50%以上の有効性を求めていています。50%有効であれば半年ワクチン効力があるようです。70%なら1年。インフルエンザワクチンは19-60%だそうです。50%だと1年もたないのか、とちょっとがっかり感は否めません。
有効性の更に大きな課題は、重症化しうるハイリスク者に対してどうか?という問題です。治験は18-55歳が対象年齢です。でも、コロナで重症になるのは、それ以上の高齢者。若年層で有効であっても高齢者でも効くのか?どうやってテストするのか?万が一有効でなかった時に治療法がない中で、そのリスクを取れるのか?下手したら、ワクチンで中途半端な中和抗体を得た無症状若者が、ワクチンが効かない高齢者に移しまくる可能性もあります。
上記のような問題を全て解決し、しかも製造、供給問題もクリアし、コロナを怖がらなくても良いワクチンが1年くらいで出る、というのは楽観的過ぎる気がしませんか?
7/20付のLancetに、オックスフォードのワクチン治験の結果が載りました。薬剤/プラセボ500人ずつのphase I/IIですが、1回接種で中和抗体が91%以上の人にでき、シビアな副作用は出てないらしいです。このようなワクチン開発も進んでいることはたしかです。でも、リスクもあるのでワクチンですべて解決、という姿勢は捨てて、この機会により良い新しい生活様式、仕事の仕方を同時に考えるのがとても大事と思われます。
ワクチン開発の世界的リーダーMerck社のCEOも「今年末までにワクチンが出来る、などいう空約束は、コロナとの闘いを敗戦に追い込む。近い将来ワクチンができるなぞという公的発言は、市民にマスクをする等の常識的な対処策を無視させてしまう」と語っています。ワクチンが全てを解決するとは、開発側のリーダーも思っていないことを物語っています。
歴史的に見れば、ペストやコレラなどのパンデミックを経て、都市の上下水道は整備され、家や職場の衛生環境は飛躍的に良くなりました。人生の幸福度も、生活の心地よさも格段に上がりました。コロナによって強制されつつ、社会が大きな転換期を迎えていることは確かだと思います。この機会を是非、前向きに活かしたいものです。
<出典>
New York Times 記事
アメリカFDA
Lancet論文
本稿は元マッキンゼーのD3 LLCの永田智也氏、医療法人社団プラタナス イーク有楽町の木下美香院長とのメールに基づき作成しています