2020/07/15/水
医療・ヘルスケア事業の現場から
コンサルタント 福地 悠
目次
COVID-19の登場は、医療従事者に平時と異なる強いストレスを与えました。感染患者対応による罹患のリスク(生物学的感染症)、感染不明な患者に接する恐怖(心理的感染症)、感染対策を施した厳格な業務フロー(身体的ストレス)、周囲からの誹謗中傷(社会的感染症)などがあげられます。ウイルスそのもの以外のストレス要因が付加されたのが今回の事態の特徴といえるでしょう。
また、従来から医療は職業性ストレスが高い産業であることが報告されています。*1)平時のストレスに、緊急時のストレスが加わった医療従事者のメンタルヘルスについて、一層の注意が必要です。ストレス状態が続くとストレス障害と呼ばれる障害や疾病につながり、職員が休職や離職を余儀なくされる可能性もあります。今回、COVID19感染拡大期のストレスを「1.感染リスクによるストレス」(生物学的感染症)、「2.不安感によるストレス」(心理的感染症)「3.経営・組織への不信感によるストレス」に分け、それぞれを低減する施策を考えました。
医療機関において感染リスクを下げるには、発熱などのリスク患者を受け入れないか、感染対策装備・設備を充実させる、の2択が考えられます。しかし、感染拡大期にはリスク患者を受け入れざるを得ない医療機関も多いことと思います。そのような医療機関では、感染対策装備・設備により物理的にウイルスと職員を隔てる施策が考えられます。
空調といった大きな工事を要する設備や第1波到来で急遽導入したアクリルパネル製の間仕切りやシートなどについて、有効性、耐久性の観点から見直すべきと考えます。
今回「エアロゾル」と呼ばれる浮遊物質を介した感染がクローズアップされました。これを受けて、空調について補助金も整備されつつあります*2)。ただし、設備投資は維持費用も考慮して慎重に検討すべきです。導入後、維持費が経営を圧迫する結果となるのは、意外によくみられます。検討の際にはメーカーに、使用期間中要する維持費も正確に見積もるよう依頼すべきです。
また、緊急時に手作りで備え付けた設備は思いやりを感じさせますが、長期的な使用は避けるべきです*3)。見直しの際には、職員の声を取り入れ、患者動線や職員業務フローから見て、設備に物理的接触が起きていないかを(特に受付のアクリルパネル)見ておきたいところです。
不安感によるストレス低減策は、職員の感染確率が高い医療機関はもちろんのこと、低い医療機関でも検討が必要です。不安は「医療機関で働いている」という事実から生れるからです。
まず、職員の金銭的な不安を解消すべきです。職員が感染、もしくは濃厚接触者となり休業した際の特別休暇制度の創設、育児支援サービスの補助はどうでしょう。もちろん、国からの助成事業についても取りこぼしがないようにしたいところです。*4)
また、職員が罹患した場合には最優先で治療にあたると意思表明を行うことも有効です。
「自分が罹患すると、他の職員に迷惑をかけるのではないか」という不安も考えられます。カバーに入る職員への割り増し賃金の設定や急なシフト変更が育児に影響する職員用に24時間保育サービスをおこなう事業者を探しておく(この作業自体が職員の負担となるため有効です。また費用の交渉もこちらで可能です)のも手です。
1,2は今回のCOVID-19 を受けての施策になりますが、3は平時のストレス要因でもあります。不信感が蔓延する組織に所属することは職員の大きなストレスとなります。
そのような組織では、親密さがなく、職員が前向きな挑戦に取り組むための原動力*5)、安心感が失われています。これは、同時に、緊急時の強いストレスに耐える支えを失った状態であるとも言えます。
日常的に不信感の低減策を講じておくことは緊急時の組織運営にとっても大きな意味をもちます。
役割が明確ではない組織の中いるとヒトはストレスを感じます。緊急時はなおのことです。これは、ヒトが予測可能性を好むことから来ています。そして、このストレスは不信感に変わります。
たとえば、COVID-19の感染が広がる中で、感染患者の受け入れを役割として果たすと決めた医療機関があります。感染症診療協力病院などです。そのような施設では準備も必要です。至適な設備、装備や事業継続計画の策定などです。これらがないと職員の不信感に直結します。
また一方、平時からかかりつけ医としての役割を期待されている医療機関もあります。こういった医療機関では、COVID-19感染疑いの患者を受け入れることで、本来果たすべき役割が出来なくなってしまう可能性もあります。現在、平時通院していた患者は感染への不安から通院を我慢していると考えられます。そのような患者の医療ニーズにどうこたえるか、経営層が決めない限り業務に熱心な職員の不信感につながります。
その場その場の判断は柔軟性の現れともとれますが、明確性のなさは不信感を呼ぶ危険があります。
財務体力や人員体制の観点からも「地域社会の中で、当院の役割はなにか、そして緊急時もその役割を果たせるのか」を明確化させたいところです。
経営層の資金繰りの不安に職員は敏感です。特に医業収益が悪化している現状では、「自分の給与がきちんと払われるのか」という不信感が発生している可能性があります。今のうちに当面必要なキャッシュを確保しておきたいところです。
公庫やWAMの融資を利用しキャッシュインを増やすと同時に経費を見直しキャッシュアウトを減らしたいところです。
ただし、キャッシュアウトを減らす場合は、動揺を与えないようできるだけ職員の業務から離れたところから着手すべきと考えます。リース料の支払い繰り延べ交渉や地代家賃の減額交渉などです。また、PPEなどの材料費についても自院の感染対策レベルとして至適なもの、より優良で安価なものがないかも探したいところです。もちろん、明らかなグレードダウンは急速に職員の士気を下げ、不信感となるため避けるべきでしょう。
「どうせ自分たちのことをちゃんと見てくれていない」という心理が不信感の原因となっている場合も多々あります。メンタルケアについてバックアップ体制が出来ていることを示せれば徐々に、不信感を取り除いてゆく効果があります。
職場でのメンタルケアは、自分自身で行う「セルフケア」、上司などの管理者や人事担当者が行う「ラインケア」、「事業場内産業保健スタッフ等によるケア」、「事業外資源によるケア」の4段階で定義されています。
医療機関において特に注力したいケアは「ラインケア」です。なぜなら、医療従事者は医療を常に提供する身でありながら、自身の健康の変化に目が届きにくいからです。緊急時はなおさら「自分の背中は見えない」*6)と言われています。しかし残念ながら、「ラインケア」の段階で職員のメンタル不調を取り上げ切れず、その後の専門的スタッフによるケアが遅れ、意欲的に働いているスタッフが休職、離職を余儀なくされる例が多くあります。
そこで、部門管理者やリーダーに外部の研修を受講させるのはどうでしょう。現在は、オンラインで受講できるサービスもあります。また、事務管理者も直接医療従事者の労務管理を担う場面も想定されます。可能であれば同様の研修を受けることを推奨します。
もし、その様な時間的・金銭的余裕が全くない場合は、被災地や紛争地で特別な訓練を受けずに心理的ケアにあたる際の手引きとして、WHOが策定した「PFA(心理的応急処置)」をお読みいただくだけでも参考となるかもしれません。*7)
普段からストレスレベルが高い組織では、情報公開の遅れが不信に拍車をかけている場合があります。公開の遅れは憶測を生み、憶測は不信を生むからです。折角、大きな労力を割いて検討したストレス低減策もスピード感がないと不信感の払拭には寄与しません。
また、コミュニケーションはその伝達経路でメッセージの明確さを歪める「ノイズ」を拾います。緊急時においては、決定権者から口頭で伝達し、のちに書面で補完することが有効です。伝達後は、内容が正確につたわっているかの確認も漏れなく行いたいところです。
従来、経営層のみで機器・設備選定などを行ってきた医療機関では、各部門(特に直接患者と接する部門)代表職員を選定に参画させることをお勧めします。事前に予算内の複数選択肢まで絞り込んだ上で、選定を行えば費用もコントロールできます。職員の参画は、「職員の安全・意見を大事にしている」というポジティブなメッセージに変わります。結果として不信感の低減に寄与します。
ただし、ゼロベースからの参画は費用的に選択が困難な場合、逆に不信感を生むため避けるべきです。職員の参画は経営層からの信頼のメッセージです。経営層・組織に対する職員の不信感が蔓延している組織では、同時に、職員に対する経営層・組織の不信感も根付き相互不信に陥っている例がよくみられます。先ずはこちらから信頼して任せてみる勇気も必要であると考えます。
*1.アドヴァンテッジジャーナル「91万件のデータで見る職業性ストレス簡易調査」
*2.環境省「大規模感染リスクを低減するための高機能換気設備等の導入支援事業」
*3.厚生労働省「医療機関・薬局等における感染拡大防止等の支援」
*4.首相官邸「新型コロナウイルス感染症対応従事者慰労金交付事業」
*5.スティーブンP.ロビンス「組織行動のマネジメント」
*6.日本赤十字社「災害時のココロのケア」
*7.WHO「サイコロジカル・ファーストエイド」独立行政法人国立精神・神経医療研究センター、ケア・宮城、公益財団法人プラン・ジャパン訳
執筆:福地 悠
北海道出身。早稲田大学法学部卒業後、7年間米国資本であるジョソン・エンド・ジョンソンにて主に営業を担当。医療業界の知見を積む。その後、産婦人科クリニックで医療マネジメントを、税理士事務所で財務を学びメディヴァに参画。健全な経済性の追求と革新性の希求こそが、より良い医療の未来に資すると信じ業務にあたっている。