2026/05/18/月
医療・ヘルスケア事業の現場から
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【執筆】コンサルタント岩谷/【監修】シニアマネージャー 町野聡
目次
昨今の老健経営は、介護報酬の改定や物価上昇など、急激な環境変化にさらされ、その舵取りは年々難しさを増しています。
福祉医療機構(WAM)が発表した最新の調査(2024年度)によると、報酬改定により収益は増加傾向にあるものの、コスト増の影響で事業利益率は2.9%と横ばいで推移しており、約3割の施設が赤字経営を余儀なくされています。
こうした厳しい状況下で、経営安定化の鍵を握るのが稼働率と在宅復帰・在宅療養支援等指標(以下、指標)の両立です。調査では、黒字施設の稼働率が91%〜93%であるのに対し、赤字施設はそれよりも3〜5%程度低いという明確な差が出ています。また、直近の改定で施設類型ごとの評価にメリハリがつけられた結果、超強化型の事業利益率は2.5%から3.3%へ上昇した一方、基本型は3.5%から2.3%へ低下するなど、上位類型の確保・維持が収益を左右する要因の1つとなっています。
「高い稼働率」という量の維持と、「上位類型の確保・維持」という質の担保。この両立に不可欠なのが「ベッドコントロール」です。老健では聞き馴染みのない言葉かもしれませんが、本稿ではこれを「入所者の状態や在宅復帰のタイミングを的確に捉え、空床期間を最小限に抑えながら、施設の収益が最大化されるように入退所を調整すること」と定義します。
では、持続可能な運営の鍵を握る、効果的なベッドコントロールとはどのようなものか、具体的に解説します。
効果的な方法を検討する前に、まず「非効率的なベッドコントロール」がなぜ起きてしまうのか、その要因を整理します 。
担当者の経験に頼った運用では、判断根拠が数値化されず、組織全体での客観的な状況把握が困難になります。現状を正しく認識できないと、将来の稼働や指標の変動を予測できません。その結果、 「何が起きるか」を見越した議論ができず、打ち手が曖昧になりがちです。
現場職員(介護士・看護師・セラピスト等)と相談員の間で十分に情報共有がされていない場合、スムーズな入退所調整が困難になり、本来回避できるはずの空床(機会損失)を生む要因となります。
退所が確定してから次の調整を始めるような「待ち」の姿勢が常態化すると、対応が場当たり的になってしまいます。フローが標準化されていないことで、将来の空床を見越した動きが取りづらくなります。
こうした課題を解決するために、以下の3つのステップで体制を再構築します 。
高い稼働率と上位類型の確保・維持を両立させるには、属人的な経験則に頼らず仕組み化していくことが必要です。
データの可視化はベッドコントロールの出発点です。現状を数字で捉えることは、空床の原因究明や次の一手を打つための重要な根拠となります。
情報が特定の担当者だけで停滞してしまうことは、空床(機会損失)につながるため、組織としてなるべくタイムリーに議論し、意思決定する場を設計することが重要です。
特定の担当者に依存した管理ではなく、誰もが調整を実行できる仕組みを作ります。
また、在宅復帰をメインとしつつも、冬場の「越冬入所」等のように、負担軽減を目的とした数ヶ月単位の入所者をバランスよく受け入れる視点も重要です。こうしたニーズも戦略的に組み合わせることで、年間を通じた安定稼働と空床期間の削減を両立させます。
ベッドコントロールの仕組み化によって、実際に経営指標や現場がどのように改善されたか、支援先の事例をご紹介します。
ある施設では、ケアマネージャーがベッドコントロール業務を抱え込み、業務が属人化していました。
課題:死亡退所の急増を機に退所者数の制御が困難になり、稼働率低下等への焦りから入所受け入れが続いた結果、ベッド回転率が20%を超過。入退所の激しさに現場が疲弊し、ケアの質が維持しにくい状況に陥っていました。
解決策:年間の死亡退所者数を統計的に算出し、突発的な退所も織り込んだ現実的なKPIを再設定しました。さらに特定の担当者任せではなく、ステップ②で述べた「多職種によるモニタリング」を導入。施設全体で稼働状況を共有し、現場に応じた適切な回転率を目指す体制を構築しました。
こちらの施設では、経営基盤の強化を目的に、在宅強化型から超強化型への移行を目指していました。
課題:在宅復帰率の獲得が不安定で、基準(70点以上)のクリアがギリギリの状態でした。回転率での加点は困難な状況であったため、いかに在宅復帰率を安定させるかが急務となっていました。
解決策:ステップ③の「入退所フローの標準化」に基づき、判定会議の段階から復帰可能性を多職種で議論する仕組みを構築しました。さらに、これまで一部の職員しか意識していなかった数値を可視化し、共有することで全職員が「誰をいつまでに在宅へ繋げるか」という共通目標を意識できる体制を整え、施設全体で基準達成を目指していく仕組みづくりを行いました。
効果的なベッドコントロールを構築・運用するためには、単に手法を取り入れるだけでなく、何のために稼働や指標を追うのかという「目的の明確化」が重要です。
本稿で示した「データの可視化による現状把握」「多職種会議による意思決定」「入退所フローの標準化」という3つのステップは、連動して初めて効果を発揮します。リーダーが「あるべき姿」を提示し、現場の動機付けを行うことで、単なる手順ではなく、経営を支える仕組みとして機能します。
本稿で紹介した「効果的なベッドコントロール」が、経営の安定化や稼働の最大化を目指す皆様にとって、一助となれば幸いです。
監修者
町野 聡
静岡県出身。国際医療福祉大学医療福祉学部出身。介護老人保健施設で直接介助、相談業務に従事後、大手介護事業者にて有料老人ホーム(特定施設)の開設業務に携わる。その後、全国で病院や介護施設を運営する法人の企画部勤務を経てメディヴァに参画。中小規模の総合病院、専門病院、老健、特養等の経営改善計画策定から実行支援、病院建替え計画策定や資金調達支援まで幅広い支援を行っている。