現場レポート

2024/09/09/月

医療・ヘルスケア事業の現場から

死亡小票データから地域に住まう人の看取りの未来を考える

【執筆】コンサルタント 大類

はじめに

2005年の介護保険法改正で「地域包括ケアシステム」という言葉が初めて使われてから、約20年が経過しました。できる限り住み慣れた地域で、人生の最期まで尊厳をもって自分らしい生活を送ることができるシステム・社会の実現に向けて、保険者である自治体には、高齢化の進展状況やそれに伴う疾病構造の変化、地域資源の状況、住民の価値観などの特性に応じて、最適な仕組みを創っていく重要な役割が求められています。

しかし、このシステムがどの程度機能しているのか、地域に住む人々がどのように最期を迎えているかを経時的に把握し、政策に反映させる取り組みが根付いている自治体はまだ少ないのではないでしょうか。

この課題に対する有効なアプローチとして、厚生労働省が実施する人口動態調査死亡票のデータ(以下、「死亡小票データ」と言う)を活用した分析手法があり、メディヴァでは10年以上にわたって取り組んでいます。

今回は一つの自治体での看取りの実態調査結果を取り上げ、死亡小票データから何が分かるのか、自治体はその結果をどう活用できるのかを紐解いていきます。

地域における看取りはどのように変化しているか
-東京都自治体Aの調査から-

東京都自治体Aにおける2014〜2022年の死亡小票データに基づき、コロナ禍に入った2020年以降とそれ以前の3か年毎の看取り死 [1] の状況を比較しました。

[1] 看取り死とは、家族や医療・介護スタッフによる適切なケアや見守りの中で自然な形で亡くなることを指し、孤独死や外因死(熱中症、溺水、窒息など)と区別される。

高齢化とともに変化している看取りの構造

看取り死の総数は増加傾向で、特に75歳以上での増加が目立っています。また上位3死因別にコロナ禍前後での看取り死数の推移を見ると、死因第1位の悪性新生物はやや減少している一方、老衰が約1.5倍と顕著に増加し、死因第2位となっています。背景には近年の85歳以上人口の増加(2014年以降、3か年毎に約+20%増)、すなわち超高齢化があると考えられます。

看取り死数の推移(年齢階級別・死因別)

2020年のコロナ禍以降、大きく進んだ住まいの場での看取り

次に、超高齢化とともに看取りの構造が変化する中で、看取りを迎える場所にも影響があるのかを分析しました。

コロナ禍以降、医療機関での看取りが人数、看取り死全体に占める割合ともに約10%減少し、自宅や施設などの”住まいの場”での看取りが大きく進んでいることが分かります。看取り死数は、自宅が約1.7倍、施設が約1.6倍と顕著な増加を示しており、自宅と施設での看取りの割合は全体の30%強を占めるまでになっています。

看取り死数の推移(死亡場所別)

住まいの場での看取りが進む「75歳未満のがん患者」と「75歳以上の老衰を迎える在宅生活・療養者」

コロナ禍以降、顕著に増えている住まいの場での看取り。その選択をしているのはどういった方々なのかを看取り死数の増加率から探りました。
住まいの場での看取りの増加を牽引するのは、「75歳未満のがん患者」「75歳以上の老衰を迎える在宅生活・療養者」でした。

がん患者では全ての年齢階級で自宅・施設看取りが増加傾向ですが、年齢が若いほどその傾向が強く、15~64歳の自宅看取り死数は約2.2倍となっています。また、看取り死数自体はまだ少ないものの、65~74歳の施設看取り数が約2.8倍となっています。
老衰では看取り死数自体は施設が多いものの、増加率は自宅が約1.9倍と顕著な増加を示しています。

看取り死数の増加率

何が住まいの場での看取りの増加をもたらしたのか

ここまで紹介した看取りの変化について、「看取りを希望する本人・家族」「当事者の希望に沿った看取りを支援する医療・介護従事者」「地域の看取りを政策で支える自治体」それぞれの観点から、主に以下の4点が要因仮説として考えられます。

要因仮説① |コロナ禍での医療機関へのアクセス・面会制限がきっかけとなり、家族などの近くで最期を過ごしたいという希望が主に自宅での看取りの増加につながった
要因仮説② |住まいの場での看取りを支えるサービス(在宅療養支援診療所・病院、訪問看護ステーション、訪問薬局など)提供量が増加した
要因仮説➂ |住まいの場での看取りを支えるサービスの質(多職種連携の質やACPの認知・理解度など)が向上した
要因仮説④ |希望した看取りを迎えるための地域の住民啓発活動(ACP、在宅医療・介護の理解など)の成果が出始めた

看取りの動向から示唆される今後の課題
-東京都自治体Aの調査結果から-

今回取り上げた東京都自治体Aは、約10年間にわたって在宅療養推進事業に取り組まれ、死亡小票データの調査結果からも、在宅医療・在宅看取りが量と質の双方において進みつつあるということが分かりました。
今後はさらにその裾野を拡げ、本格的な超高齢社会を迎える中で一人でも多くの住まう人が希望に沿った最期を迎えられる地域づくりを推し進めていくことが肝要です。

具体的な課題の例としては、以下の3点が挙げられます。

  1. 自治体外の医療機関との連携促進による地域での療養・看取りの機会拡大
    ➡ 東京都自治体Aのがん患者の看取り場所となった医療機関の半数以上が自治体外に所在。死亡小票データよりがん看取り/療養患者の多い地域外の病院を明らかにして連携を進める。
  1. 非がん患者(特に老衰、心不全など)に対する住まいの場(自宅・施設)での看取り体制のさらなる整備
    ➡ 直近の住まいの場、特に自宅での看取りの増加は、比較的若い年齢のがん患者の意向によるところが大きい。超高齢化が進む中でさらなる増加が見込まれる非がん患者に対する看取り体制の整備が望まれる。
  1. ACP啓発による本人の意向(人生の最終段階の療養/最期を迎える場所)のさらなる表出化と実現に向けた多職種での支援
    ➡ 住み慣れた地域での療養・看取りを実現するには、終末期に至る前のできるだけ早い時期から本人が希望するところを考え続け、表出化していくことが望ましい。地域住民、支援する医療・介護従事者双方においてさらなる啓発が望まれる。

さいごに

死亡小票データの分析は、地域の看取りの実態について政策的に有用な指標をもって網羅的に把握し得る唯一といっても良い手法です。今回ご紹介したのは、すでに在宅療養体制が整備されつつある自治体での分析結果ですが、医療機関での看取りが中心である自治体においても有効です。例えば、病院毎の分析をふまえて地域医療機関の機能分化が適切に進んでいるか、基準病床数に鑑みた自宅・施設看取りの政策的な推進の必要性を検討する材料とすることができます。
自宅での死亡が多くを占めた昭和初期には多くの人にとって「自宅での看取り」は身近なものであったはずですが、人口や家族の構成が変わった今、自治体が中心となって地域の看取りの現状を可視化し、ACPやQuality of deathを高めるきっかけを提供することは、地域に住まう人にとっても大きな意義を持つのではないでしょうか。

メディヴァの自治体支援は”地域づくり”の一環として、医療・介護の現場や政策動向等をよく理解する経験豊富なコンサルタントが、地域の特徴的な課題・ニーズをファクトベースで把握し、専門職や住民を中心に実効性の高い施策につなげていきます。エピソードベースによりがちな政策検討のあり方を見直したい、まずは地域の真の課題を見極めたい、など課題意識をお持ちの皆様、ぜひご相談ください。

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執筆者

M.Oorui
行政・自治体をクライアントとし、主に地方自治体における医療課題調査・医療体制検討や地域包括ケアシステム構築支援、在宅医療・介護連携推進に従事。エビデンスに基づいた客観性・納得性の高い地域課題の見極めと実行可能性の高い施策提案・実行支援を行っている。
目指すのは地域に住まう人の“生活”を中心とした健康で幸福度の高いまちづくり。 

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