現場レポート

2024/07/22/月

医療・ヘルスケア事業の現場から

医療介護のデータ分析には、制度・現場視点がなぜ必須か?

【執筆】医師兼マネージャー 久富/【監修】代表取締役社長 大石佳能子

はじめに

日本において高齢化が加速する中、高齢者人口は2040年ごろまでにピークを迎え、医療介護需要はさらに増加することが予想されます。そのため、国としても、医療介護領域におけるデータを分析し、その結果をもとに、その質を向上させようとしています。また企業は益々増える高齢者や新しい医療介護プレイヤーなどの巨大市場における事業機会を求めて、医療介護領域におけるデータ分析を行っています。ただし、この分野の特異性を理解しないと、せっかくの分析が無駄になってしまうことが多々あります。その特異性とは、医療介護業界における様々な制度や高い専門性などであり、これらについての知見が浅いと意味のある分析が非常に困難となります。今回は、医療介護業界の特異性とデータ分析について、深堀りしていきたいと思います。

医療介護業界における特殊性/業界特性

制度面

医療介護業界は規制社会となっており、様々な制度が存在しています。また公定価格のため、基本的には医療行為や介護行為等に紐づけられた各報酬項目が設定されています。例えば、どういった医療行為がどの程度実施されているか?といった分析の場合、基本的に各診療報酬項目が分析対象となり、データ分析の際は、これらの意味合いや制度上の要件への理解が必須となります。

分析の際のデータソース例:社会医療診療行為別統計

各年6月で算定された各診療報酬項目における算定数が格納されている公開データ。分析のためには、各項目についての意味合い理解が必須となる。

■データ分析例
【分析テーマ】
在宅酸素療法(慢性閉塞性肺疾患の患者などが機器を通して、鼻からチューブを介して酸素を吸入する治療法)を受けている患者が、おおよそどの程度いるのか? これを社会医療診療行為別調査から調べる。

【失敗例】
在宅における酸素を使用した治療法に関しての診療報酬項目は、「在宅酸素療法指導管理料」、「在宅人工呼吸指導管理料」、「在宅持続陽圧呼吸療法指導管理料」、「在宅ハイフローセラピー指導管理料」がある中、在宅酸素療法に関しての項目は「在宅酸素療法指導管理料」であることが判明し、この算定数を集計・分析したが、想定している数より、やや少ない結果となった。

【失敗の原因】
前述の「在宅ハイフローセラピー」という治療法は、鼻カニュラを用いて、高流量の酸素を流す治療法であり、在宅酸素を使用している患者の中で、やや重症な患者に用いる治療となります。この治療を行っている患者に対しては、「在宅ハイフローセラピー指導管理料」を算定しますが、「在宅酸素療法指導管理料」と同時に算定することは認められていません。このことから、在宅酸素療法を受けているおおよその患者数は、「在宅酸素療法指導管理料」と「在宅ハイフローセラピー指導管理料」の算定数の合計から試算する必要があり、在宅酸素療法指導管理料だけを算定するのでは、患者数は過小に評価されます。
失敗の原因としては、診療報酬項目の意味合いと算定上の要件理解不足にあったと考えられます。

専門性

医療介護業界は、非常に高い専門性が介在し、疾患名や検査名、治療行為などについては、一般の方が日常で触れたことがない名称などが非常に多くなっています。例えば、「風邪」という疾患名はなく、専門的な用語としては「感冒」や「○○感染症」、「急性上気道炎」などといいます。そのため、疾患名等からどういった疾患で、どのような検査を行い、また、どういった治療が行われるのか、といったことがわかる知見が意味のあるデータ分析には必要となります。

分析の際のデータソース例:NDBオープンデータ

各診療報酬項目の1年間の算定件数が都道府県別などで格納。また、健康診断の結果に関しての数値も格納されている。

<データ分析における失敗例>
【分析テーマ】
都道府県ごとで血糖値のコントロールが悪い住民がどの程度いるか?これをNDBオープンデータから調査・分析し、生活習慣の改善にむけて介入すべき層の数の見当をつける。

【失敗例】

NDBオープンデータの特定健診データから、集計上、一番血糖値が高いカテゴリーの「空腹時血糖126以上」の数値を集計・分析したが、同カテゴリーの住民が非常に多く、介入数の設定が困難になってしまった。

【失敗の原因】
特定健診データの空腹時血糖126以上の項目だけでは、血糖値のコントロールや糖尿病の病勢を示すには、やや弱い形となります。一方、糖尿病の病勢を示すヘモグロビンA1cのデータも同データに格納されており、より高い数値(血糖値のコントロールが非常に悪い群)の住民の数がわかります。そのため、このヘモグロビンA1cも含めて分析を行った方が血糖コントロール不良な住民数の把握には適した形となります。
失敗の原因としては、データに格納されている項目の把握およびデータの意味合いの理解不足にあったと考えられます。

医療介護従事者の考え方や患者の治療の流れの理解(現場視点)

多くのデータを分析しても、分析結果を解釈するには、なぜその結果が生じているのか?に対しての仮説立てが必要となります。質の高い分析のためには、医療介護従事者の考え方や医療機関における患者の治療の流れといった現場の知識が必要となるのです。

分析の際のデータソース例:患者調査

各都道府県等において、疾患グループごとの患者推計数を入院・外来別や年齢階級別などで格納。

<データ分析における失敗例>
【分析テーマ】
ある都道府県の生活習慣病に関する外来医療費が高い原因を仮説的に調べ、分析する。

【失敗例】

他県と比べて生活習慣病患者が多いと考え、患者調査を用い、それらの患者数を調査した。しかし、人口あたりの患者数は他県と同等であり、調査は行き詰まってしまった。

【失敗の原因】
地域によっては、疾患に依らず、患者が医療機関を受診しすぎる場合(医療機関のサロン化)があり、それが医療費高騰につながっている可能性があります。これらを調べるため、前出のNDBオープンデータを用いて、再診数を調べた結果、他県よりも人口あたりの再診数が多いことがわかり、これが医療費高騰の一因と考えられました。
失敗の原因としては、医療機関現場における患者の動向に関しての理解不足にあったと考えられます。

まとめ

今回、医療介護業界におけるデータ分析に焦点をあてました。正確な分析を行うためには、医療制度や専門用語の理解が不可欠であり、その理解がないと誤った結果や精度が低めの分析結果を生む可能性があります。また、実際の医療機関での治療の流れや患者動向を理解することで、より現場に沿った意味のあるデータ分析が可能となります。みなさんが医療や介護領域でデータ分析にする際、本レポートが少しでも参考になれば幸いです。

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監修

大石 佳能子
大阪大学法学部卒、ハーバード・ビジネス・スクールMBA、マッキンゼー・アンド・カンパニー(日本、米国)のパートナーを経て、メディヴァを設立。
医療法人社団プラタナス総事務長。江崎グリコ(株)、 (株)資生堂等の非常勤取締役。一般社団法人 Medical Excellence JAPAN副理事長。
規制改革推進会議委員(医療・介護・感染症対策ワーキング・グループ座長)、厚生労働省「これからの医業経営の在り方に関する検討会」委員等の各委員を歴任。

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