現場レポート

2024/05/07/火

医療・ヘルスケア事業の現場から

住宅型有料老人ホームの閉鎖と入居者移転時の注意事項

【執筆】コンサルタント 皆元/【監修】取締役 小松大介

近年、老人福祉・介護事業の倒産が相次いでいます。2022年には143件の老人福祉・介護事業所が売り上げ不振(80件)や他社倒産の余波(38件)により倒産しています[株式会社東京商工リサーチ, 2023]。
今回は、実際に売り上げ不振などの理由で住宅型有料老人ホームの閉鎖を決定した支援先の事例を交えつつ、閉鎖に伴う入居者の移転時のプロセスや注意事項についてお伝えしていきます。

閉鎖の経緯

今回の支援先は、九州にある人口12万ほどの都市にあり、有床診療所を中心に介護事業を展開していましたが、収益に対して費用が多く、介護・看護職員の確保に苦労している状況であり、経営改善をご相談いただきました。
経営状況を分析するとともに、現場を見学した際、2つある住宅型有料老人ホームの1つについて以下の課題が明らかになりました。

  • 入居稼働率が83%(地域の入居率平均90%)と入居者の確保ができていない。
  • 競合施設との差別化ができていない。
  • 要介護3以上の入居者が6割以上(平均介護度2.9)であり、ケアの負担が大きく、職員の離職が持続的に発生。
  • 夜勤対応スタッフの不足。
  • 設備の老朽化によるエレベーターの故障や水漏れによる浸水被害が発生しており、安全性に問題があるが、資金不足により改修が困難。

さらに、この都市は労働人口の減少や隣接都市への流出が続いており、将来的にも人口が減少すると予測されているため、職員の獲得が今後も困難になると考えられました。
これらの課題を踏まえて、2つある住宅型有料老人ホームのうち1施設を閉鎖し、地代家賃等の費用や職員配置の適正化を図ることを提案し、閉鎖の準備に入りました。

閉鎖、入居者移転時のプロセス

住宅型有料老人ホームの閉鎖には、さまざまな手続きや調整が必要です。特に、入居者の移転は、入居者やその家族の感情や意向を尊重しながら、スムーズに行うことが重要です。なお、今回は、以下のプロセスを1年程度かけて実施しました。特に、住宅型有料老人ホームの賃主との交渉や転居支援には時間を要するため、スケジュールを検討する際はその点を踏まえる必要があります。

  1. 閉鎖時の収益および費用のシミュレーションと閉鎖時に減少する収益の補填方法を検討
  2. 住宅型有料老人ホームの賃主と退去日および退去時の費用を交渉
  3. 地方自治体の管轄している部署に廃止の相談
  4. 近隣介護入居施設に受け入れ可能人数を確認
  5. 職員&入居者&入居者家族への説明会開催 
  6. 居宅介護事業所に入居者のケアプラン変更を依頼
  7. 入居者の移動
  8. 廃止届提出
  9. 物品の処分

閉鎖における注意事項

各プロセスの注意事項および今回、実施した内容をご紹介します。

1.閉鎖時の収益および費用のシミュレーションと閉鎖時に減少する収益の補填方法を検討
閉鎖に伴い、人員を整理する場合は人件費分が削減されますが、人員を整理しない場合は減少した収益を他の事業で補填する必要があります。
支援先の法人では人員整理はせずに、訪問診療・訪問看護・訪問リハを拡大するとともに、2つあるうちの存続する予定の住宅型有料老人ホームの居室数拡大を行い、収益を確保することを計画しました。
なお、有料老人ホームの居室については厚生労働省「有料老人ホームの設置運営標準指導指針について」において『入居者1人当たりの床面積は13㎡以上とする』と規定されていますが、県の担当者に相談したところ、「改築の場合は居室の面積は一人当たりの面積は13㎡以下でも可能」という回答をいただいたため、大がかりな改築工事をせずに、居室を4室増築することができました。このような居室の面積基準は自治体により見解が異なるため、事前の確認が必要です。

2.住宅型有料老人ホームの賃主と退去日および退去時の費用を交渉
退去日は賃主より指定されるケースがあります。指定された場合、その日程に合わせて入居者の移動を行う必要があります。また、退去時の費用を請求されるケースがあるため、事前に契約書の内容を確認し、賃主と交渉に臨む必要があります。
今回のケースでは賃主に退去日を交渉するにあたって賃貸契約書を確認した際に、契約書の期限が10年以上前に終了していたため、退去時に原状復帰工事が必要かも含め交渉する必要がありました。過去の契約内容をもとに交渉を重ねるとともに賃主に現場を確認してもうことで、最終的には原状復帰工事は不要という結論になりましたが、交渉には6か月ほど時間を要しました。

3.地方自治体の管轄している部署に廃止の相談
自治体によっては廃止前に書類の提出や事前の相談を義務付けているケースがあります。また廃止に向けた手続きや他院の事例をアドバイスしてくれるケースもあるため、事前の相談が肝要です。今回のケースでは事前相談が必要だったため、私と支援先法人担当者で県庁を訪問し、閉鎖の手続きや、存続する有料老人ホームの居室増築時の注意事項を確認しました。県の担当者には図面を確認してもらいつつ、居室追加が可能なことを確認してもらったことで、その後は既定の書類提出のみだったため、スムーズな閉鎖と居室追加ができました。

4.近隣介護入居施設に受け入れ可能人数を確認
閉鎖時は入居者が別の施設に移動するため、その移動を支援する必要があります。転居候補先とは事前に協議の場を設け、「入居費用」、「現状との差額」、「差額の取り扱い」、「受け入れ可能人数」を確認しておくことが重要です。確認した情報をもとに、入居者および入居者家族に転居候補先の選択肢を提示することでスムーズな転居が可能です。
なお、転居候補先に部屋の確保を依頼する場合は確保期間分の費用の支払いが発生する可能性があるため、その点も協議が必要です。
今回の場合、法人が訪問診療を行っているホームを中心に転居候補先を確保したことと、転居候補先も入居者獲得に苦戦したいたこともあり、確保期間分の費用の支払いは発生せずに転居候補先を確保することができました。

5.職員&入居者&入居者家族への説明会開催
職員および入居者には閉鎖の経緯や閉鎖後の対応(移動の支援や入居費用の返金対応など)を説明する必要があります。
なお、今回の場合、コロナ禍で対面で説明会を開催することができなかったため、県とも協議し、書面で理由を説明したうえで個別に入居者およびその家族と連絡をとり、今後の対応を協議することで対応しました。

6.居宅介護事業所に入居者のケアプラン変更を依頼
有料老人ホームに入居している場合、介護サービスを受けている入居者も多いため、閉鎖に伴う転居によりサービスの変更が発生する場合は居宅介護事業所と連携し、ケアプランの変更を実施する必要があります。

7.入居者の移動
入居者の移動のタイミングを閉鎖日にすると一斉に入居者が移動してしまい対応が困難になる可能性があるとともに、閉鎖日まで待つことで転居候補先の空き室がなくなる可能性もあるため、準備ができた段階で順次移動していくことを推奨します。
今回の場合、ケアマネージャーの資格を有す有料老人ホーム責任者を中心に入居者とその家族と協議を重ね、転居先および移動日を調整したことで入居者に対して閉鎖を通知してから1か月で全ての入居者を移動することができました。

8.廃止届提出
地方自治体の管轄している部署に廃止届を提出する必要がありますが、廃止届の提出時期は自治体によって異なるため、この点も事前に確認しておく必要があります。

9.物品の処分
最後に物品を処分する必要があります。まずは物品一覧を作成し、廃棄するもの、法人内で活用するものを整理します。そのうえで複数の買い取りや廃棄をしている業者に見積もりを取得し、廃棄に費用がかからないように工夫することが重要です。

まとめ

今回は住宅型有料老人ホームの閉鎖と入居者移動時の注意事項について、実例を用いてご紹介しました。
支援先では2つあった住宅型有料老人ホームのうち1つを閉鎖し、1つの施設に集約することで残った住宅型有料老人ホームの平均介護度は2.9から3.7となり、近隣施設と比較しても介護度が高くなるとともに、スタッフの人員不足も解消できました。また、病床稼働も38床(82%)から44床(95%)に増やすことができました。

住宅型有料老人ホームの閉鎖は、入居者やその家族、職員、関係者にとって大きな影響を及ぼすことになります。そのため、入居者の移動をスムーズに行うためのプロセスや注意事項を把握することが重要です。今回の内容が住宅型有料老人ホームの運営に関わる方々の参考になればと考えています。


監修者

小松 大介
神奈川県出身。東京大学教養学部卒業/総合文化研究科広域科学専攻修了。 人工知能やカオスの分野を手がける。マッキンゼー・アンド・カンパニーのコンサルタントとしてデータベース・マーケティングとビジネス・プロセス・リデザインを専門とした後、(株)メディヴァを創業。取締役就任。 コンサルティング事業部長。200箇所以上のクリニック新規開業・経営支援、300箇以上の病院コンサルティング、50箇所以上の介護施設のコンサルティング経験を生かし、コンサルティング部門のリーダーをつとめる。近年は、病院の経営再生をテーマに、医療機関(大規模病院から中小規模病院、急性期・回復期・療養・精神各種)の再生実務にも取り組んでいる。主な著書に、「診療所経営の教科書」「病院経営の教科書」「医業承継の教科書」(医事新報社)、「医業経営を“最適化“させる38メソッド」(医学通信社)他

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