2023/07/20/木

医療・ヘルスケア事業の現場から

クリニックの分院開設までの流れと手続きについて

コンサルタント 田中 傑 

1.はじめに 

クリニックを開業して年数が経過すると、徐々に地域住民にもクリニックが認知されることで、集患や経営的にも安定してくるようになります。そこで次のステップとして、事業の拡大や地域医療へのさらなる貢献を目指し、分院展開を希望される先生も多くいます。 

実際、弊社にも分院展開のご依頼をいただくこともありますが、分院を開設するための行政手続きは、個人クリニックを開業する場合よりも複雑かつ相当な時間を要します。そのため、手続きの内容やスケジュール感を正しく認識して計画を立てなければ、希望時期よりも開業が遅れてしまうことも起こりえます。 

そこで、今回は分院展開にまつわる手続きを取り上げ、実際に分院を開設するまでに必要となる手続きについて解説します。 
 

2.分院を開設するための流れと行政手続き 

分院開設にかかる手続きは、下記の①~⑧のような流れとなっています。  

分院開設の流れ

分院開設の流れ

① 医療法人化と分院長の確保(個人クリニックの場合) 

申請先:都道府県等、保健所、法務局、厚生局 

基本的に分院を運営するためには、医療法人成りしたうえで、法人下に分院を開設する必要があります。医療法人化にあたっては、個人診療所を廃止し、医療法人を設立して、かつ新たに法人立の診療所を開設し直す手続きが必要です。分院開設の前提となる手続きのため、詳しい手続きの内容については述べませんが、法人の認可(都道府県等)、診療所の廃止・開設(保健所)、登記(法務局)、保険指定医療機関指定の廃止・再指定(厚生局)と、申請先も多くなります。 

また、分院の院長をどうするかも考える必要があります。医療法において、クリニックには必ず管理者(=院長)として常勤の勤務医を置かなければならず、他院との兼務は認められていため、分院の院長となる常勤医を確保する必要があります。加えて、分院長は必ず医療法人の理事にならなければならないこと、分院開設までに社員総会で決を採る必要があることにも注意が必要です。 

なお、この分院長の選任に関しては、分院開設を検討する際に一番最初に直面する大きなテーマとなります。そのため、本章で述べる開設の手続きと併せて、次の章で詳しく説明したいと思います。 

② 都道府県・保健所との事前相談 

分院開業の前提となる医療法人化が済んでいる場合、次は管轄の都道府県や保健所との事前相談を行うことになります。都道府県との事前相談は定款変更に関して、保健所との事前相談は開設許可申請に関しての協議が主な内容となります。ただし、政令指定都市等の場合には、都道府県から市に定款変更業務が移管されている場合もあるため、申請先を確認の上で訪問します。 

相談のタイミングは、図面の確認を兼ねて、図面が固まってきた段階で伺うのがスムーズです。院内諸室の広さや構造は、医療法等によって定められているほか、保健所ごとのルールもあるので、事前に確認しながら進めることがとても重要になります。そのため、図面の相談等に関しては、このタイミングまでにある程度進めておく必要があります。 

③ 定款変更 

期間:おおむね2~3ヶ月 
申請先:都道府県 等 

前項の事前相談を基に、まずは定款変更を行う必要があります。定款変更を行わなければ、保健所への開設許可申請等の手続きを行うことができません。 

定款変更は、仮申請と本申請の2回の申請が必要です。仮申請は、実際に本申請に出す書類を、本申請と同様に提出し、事前確認してもらう手続きです。仮申請が終わり次第、本申請を行い、認可が下ります。なお、本申請書類の提出にあたっては、副本の提出も必要です。 

定款変更に関しては、手続きにかかる期間も長く、かつ書類の準備にもかなり手間がかかるため、行政書士等の専門家に依頼するのが良いと思われます。 

また、定款変更で提出する書類の内容に関しても注意が必要です。例えばテナントで開業する場合、建物の所有者と貸主が異なっている場合には、転貸承諾書や原契約からのすべての契約書の写しの提出を求められることがあるため、事前にそれらを受領しておくことが必要になります。また、押印の要否についても、仮申請段階では押印が不要な書類と必要な書類があるため、事前に確認しておくことが必要です。(例えば東京都では、仮申請段階でも社員総会の議事録については押印が必要になります。) 

④ 変更登記申請 

期間:おおむね2~3週間 
申請先:法務局 

定款変更の認可が下りると、次は法務局に変更登記申請を行います。手続きには2~3週間程度かかりますが、時期によってさらに期間が延びることもあるので、提出前に期間を確認しておくと良いでしょう。 

法務局に提出する書類に関しては、事前審査ができない反面、記載内容には決まりも多いため、記載すべき内容や形式、押印の要否等について事前に確認して準備することが大切です。 

例えば、変更登記にあたっては、申請書に「別紙」として登記すべき事項を記載しなければなりませんが、記載する項目や内容については、元々の登記の内容や定款の内容と合わせなければならないなど、細かく指定があります。また、令和2年7月17日の閣議決定に基づく押印の見直しによって、押印が不要となった書類もあれば、押印が引続き必要な書類もあり、誰の押印が必要か、印は法務局に登録されているものでないとならないかどうかなど、確認は子細に行っておかなければならないです。 

記載内容の不備があった場合には、再提出等でさらに時間がかかるため、余裕を持ったスケジュールで手続きを行うのがベターです。 

⑤ 開設許可申請 

期間:おおむね2週間 
申請先:保健所 

変更登記が終わると、保健所に開設許可申請を行います。開設許可申請は、開設しようとする診療所の図面や概要を提出し、診療所開設の許可を得る手続きで、2週間程度を要します。こちらも、保健所の繁忙期と重なると、さらに手続きに時間がかかる可能性がありますので、要確認となります。 

なお、申請にあたっては手数料が必要になりますので、事前に確認して持って行っておくようにしましょう。 

⑥ 開設届・X線装置設置届 

期間:提出のみ 
申請先:保健所 

診療所の開設許可が下りたら、その後は開設届を保健所に提出します。開設届は開設後10日以内に提出する必要があります。なお、ここでいう開設とは、医療行為を行えるということであり、まだ保険診療はできません。保険診療を実施するためには、次の項目に記載する厚生局の手続きが必要になります。 

開設届には、診療所に勤務する医師の勤務時間も記載しなければならないので、非常勤医師を含めて、リクルーティングと診療日時の調整を終えておく必要があります。 

また、X線機器がある場合には、併せてX線装置設置届を提出します。X線装置設置届には漏洩検査の数値等が必要なので、基本的にはX線装置の導入業者の方に記入を依頼します。 

⑦ 保険医療機関の指定申請 

期間:毎月上旬に申請、翌月1日に指定 
申請先:厚生局 

分院開設前、最後の手続きとなるのが、厚生局への保険医療機関指定申請です。この手続きを終えることで、保険診療を実施できるようになります。 

保険医療機関指定申請は毎月10日ごろに締切られ翌月1日に指定となります。この締切りを過ぎると指定が翌々月になり、1ヶ月余計に待つ必要があるので申請締切りをきちんと確認しておくことが肝要です。 

⑧ 役員変更届 

申請先:都道府県等 

医療法人では、基本的にすべての施設の管理者を理事に加える必要があるため、分院長も理事に加えなければなりません。そのため、分院開設後、遅滞なく都道府県へ役員変更を届け出る必要があります。 

3.分院長の選任とコミュニケーション 

最後に、分院長を選任する際のポイント、分院長とのコミュニケーションで気を付けるべき3つのポイントを弊社の事例をもとに解説します。 

①分院長の選任は開設後の法人運営を大きく左右する 

分院長に誰を任命するかは、分院開業において一番最初に考えなければならない重要なテーマになります。 分院長は、分院の管理運営を行うだけではなく、先にも述べた通り、理事として法人の経営や運営にもかかわる存在です。そのため、法人理念をきちんと理解し、法人経営に携わるパートナーとして信頼できる人を選ぶことが大切です。反対に、分院長から法人の理念や経営方針について理解を得られていなければ、開業後に苦労することになります。 

また、分院長には、知り合いを採用するケースと、紹介会社経由で採用するケースがあります。どちらにも良し悪しがあり、知り合いを採用した場合には、素性が良く分かっているためコミュニケーションを取りやすい反面で、知り合いゆえに言いたいことを言えなかったり、契約関係をおろそかにしてしまったりしがちです。他方で、紹介会社経由で分院長を採用する場合も多く、知り合いで分院長をお願いできそうな先生がいない場合には有効な手段ではあるものの、「雇われ院長」意識が強く、積極的に経営に携わってもらえないこともあります。 

いずれにしても、分院長を任命するにあたっては、事前に法人目標や分院長権限について取り決めを行い、文章化した状態で共有しておくことが重要です。 

②コミュニケーションと共通理解が鍵を握る:弊社の支援先クリニックの事例から 

実際の例として、弊社が支援を行ったクリニックについてご紹介します。 

分院長からの急な退職の申し出があった例(Aクリニック) 

弊社で支援を行ったAクリニックでは、家庭の事情によって分院長から急な退職の申し出があり、後任の先生を探さなければならなくなりました。幸いなことに、申し出自体は急ではあったものの、しばらくの間は院長を継続いただけたため、落ち着いて次の院長を探すことはできましたが、結局後任が見つかるまでには数ヶ月ほどかかりました。 

この件については、分院長であった先生のご家庭の事情によるご退職であったため、致し方ない面もありましたが、分院長は理事長の先輩だったこともあり、理事長が遠慮してしまって、十分にコミュニケーションが取れていなかったことも事実です。分院の管理者として、あるいは法人運営のパートナーとして伴走していくことになるので、理事長と分院長間では、聞きづらいことであっても、今後のキャリアプランやご家庭の状況など、きちんと把握しておくことが必要となります。 

分院長とすでに信頼関係を築いていた例(Bクリニック) 

一方、Bクリニックでは、本院となるクリニックに常勤で勤務していた先生が分院長となって開業しました。このクリニックでは、分院長となる先生も長く本院に勤めていて法人の理念についても共通認識が持てていたほか、理事長もその先生の人柄をよく理解して信頼関係をすでに築いていたため、開院以降も本院分院間で密に連携が取りながら運営を行うことができています。こうした形で、可能な限り分院長に選任する前に関係性を築き、認識を共有しておくことができれば、分院開設やその後の運営もスムーズに進みます。 

③患者数などのKPIを共有して経営の目線を揃える 

また、そのほか診療の様子についても問題となることがあります。先生間ではなかなか診療のスピードや様子に関して口を出しづらい部分もありますが、法人経営を行っていく以上、最低限患者さんを何人診ないとならないといったKPIが存在します。そのため、診察スピード等についてはなかなか指摘しづらくとも、日あたりの患者数など定量的な数字として把握できる項目をKPIとして提示して認識を共有したうえで、分院長と定期的に確認・面談を行い、改善にむけて歩みをそろえて対応していくことも大切になります。 

以上が、分院長の選任に向けて重要となるポイントになります。 

4.おわりに 

以上が、分院開設にかかる大まかな行政手続き、および分院長の選任にかかる留意点になります。分院開設では準備する書類も多く、それぞれの手続きにも時間がかかるため、事前に各行政機関と相談することが、とても重要になります。それぞれの申請先に何度か連絡を取り、必要書類や記載方法について、よく確認することが大切です。 

また、これ以外にも、通常のクリニック開設と同じく、社会保険や厚生年金等の手続きも必要になりますので、並行して忘れずに手続きを行うようにしましょう。 

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