2023/06/15/木

医療・ヘルスケア事業の現場から

Will/Skillマトリックスを用いた、職員の力を引き出すかかわり方 

コンサルタント 伊藤悠紀

1.はじめに

自分の部下について、どのようなかかわり方をすれば能力を最大で発揮してもらえるかに、頭を悩ませている方は多いと思います。この「どうかかわるか」を考えるための方法の一つに、「Will/Skillマトリックス」を活用する方法があります。本稿では、医療機関におけるWill/Skillマトリックスの活用方法を、事例を用いてお伝えしたいと思います。 

2.Will/Skillマトリックスとは 

Will/Skillマトリックスとは、個々の職員をWill(=やる気)とSkill(=能力)の二軸で4象限に分類するマトリックスです。このマトリックスを用いることで、以下の表様に。4つのパターンに分類することができます。 

Will:高い 【対応:指導・教育する】 やる気はあるが能力が追い付いていない人材。管理者には、本人の能力に合った適切な難易度の業務を指示することが求められる。 自身の能力以上の業務の独断実行や、能力向上が得られない責任を上司の指導方法にあると考えて反発するケースには、注意が必要。 【対応:委任する】 意欲と能力の両方を備えている、自院で長く活躍してもらいたい人材。チャレンジしたいことがあるようなら委任し、責任を持たせて能動的に活動してもらうようにすると成果を出してくれる。何かに躓いていないかを定期的に確認し、必要時にはフォローする。 
Will:低い 【対応:命令する】 能力もやる気もないため、遅刻やインシデントも多くなりがちな人材。難しい仕事や役割を与えることはリスクが高いため、ルーチンで発生する比較的簡単で作業的な仕事を明確に指示する必要がある。意欲低下の要因については、面談等で聞き出すことも大切。 【対応:指示する・励ます】 能力はあるが意欲が低い人材。業務上の不満や興味のある業務といった仕事に対する思いについて、面談等で理解を深めることが重要となる。本人が意欲的に取り組むことができる業務の発見し、指示することが必要。 
 Skill:低いSkill:高い 

3.事例紹介 

筆者が現場支援を行う中で経験した職員に関する相談のうち、このマトリックスを用いて分析を行い、対策を行った事例をご紹介いたします。 

『処理能力が高く周囲のフォローも欠かさないが退職希望を訴えた「意欲低い x 能力高い」職員の一例』 

ケアミックス病院Xに勤務する病棟師長さんは、若手看護師のAさんの他職員と接する態度が非常にきつく、対応に困っていました。Aさんが勤務する病棟は療養病棟で、患者に大きな変化がないことから、比較的高齢の看護師が多い環境でした。若手のAさんは、その中でも丁寧かつてきぱきと業務をこなせる優秀な看護師であるため、師長さんも大変期待を寄せていました。Aさんから日々の業務についてお話しを聞いてみると、「看護師Bさんは、いつもミスをする。自分が気付いてフォローするが、あれでは重大事故になりかねない。あれで自分より多く給料をもらっていると思うと、正直納得いかない。あの程度の仕事しか求められていないのかと思うとやる気も出ない、退職したい」と、抱えている想い話してくれました。 

Aさんは、「能力が高いが、職場の環境により意欲が下がっている職員」であると捉えました。そこで対応としては、本人の不満の原因を取り除くことを考えました。日頃の対応に対する感謝と、期待していることを伝え、かつ不満の原因となっている他職員のミスを減らすための対応を行うことを約束しました。また、その進捗をAさんにこまめに伝えるようにしました。また、Aさんのように周囲に気を配って業務ができる看護師を別の病棟からもう一人異動させ、Aさんが一人で抱え込まなくて良いような環境になるように配慮しました。結果として、自分の活躍に法人は期待していること、ミスの多い職員に対して法人としても対応する意思があることが伝えわり、Aさんは退職せずに勤務を続けてくれるようになりました。 

『業務に対する意欲は高いものの、基本的な業務遂行能力に問題がある「意欲高い x 能力低い」職員の一例』 

理学療法士のCさんは、急性期のリハビリに携わりたいという想いで、回復期病院での経験を経て、急性期病院Yに転職してきました。面接での、急性期治療への意欲的な姿勢が印象的だったCさんには、リハビリ科の技師長も期待を寄せていました。しかし、入職して2か月ほど経過した時点で技師長は頭を悩ませておりました。Cさんは出勤すると1日の業務スケジュールを立てるのですが、その通りに業務を遂行することができておらず、患者様からの予定時刻になってもリハビリが始まらないとクレームが入るようになっていました。一人の患者さんへの対応をしていると、せっかく朝に作成したスケジュール帳を確認することを忘れてしまい、時間を過ぎてしまうようでした。その他にも、職場のルールを守れない場面も目立ちました。よくメモを取っている姿は見られるのですが、がそれを見返すことができないようで、ルーチンで決めている職場の取り決めを守ることができませんでした。 

これらの情報からCさんを、「意欲はあるが、基本的な行動管理能力が不十分な職員」と捉えました。回復期と比較すると担当患者も多く忙しい職場であることが基本時な自己管理能力の要求値を高めていると考え、担当する患者数を減らして、まずはミスなく実施ができるように調整しました。しかし、それでも時刻を守れないという事象は続きました。その後は事例が発生するたびに面談を設けて指導を行い、業務量調整等で難易度軽減を行いましたが、最低レベルまで難易度を下げても問題は解決できず、最終的には改善は難しいという結論を本人と共有することになりました。その結果、Cさんは慣れのある回復期病院に転職することを決めて、自主退職となりました。 

この事例は、Cさんの問題を解決して他職員と同じように仕事をするという結果には至れなかったのですが、難易度の調整等やるべきことをやった結果、本人合意の自主退職に至ることができたという意味において、適切な対応ができた一例であると考えられます。 

4.最後に 

個々の職員の状態によって、管理職がどのように関われば良いかは、大きく異なります。意欲というものは、その時々によって大きく変動しますし、役割が変われば求める能力も変化します。これらに対応するために大切なことは、職員の皆様とよく対話をして個々の状態を正確に理解すること、その理解に基づいて丁寧に指示や指導を行い、一緒に進むべき方向へと進むことだと思います。人材は組織にとって、かけがえのない財産です。本稿を最後まで読んでくださった皆様が、それぞれの職員さんとの一期一会を、一つでも多くの良い出会いにできることを心より応援しております。