2023/05/31/水

医療・ヘルスケア事業の現場から

中小病院が摂食嚥下障害に対して取組みはじめる際の3つのポイント 

コンサルタント 山口賢

1.はじめに

近年、「摂食・嚥下」に関しての法改正が目立ってきました。2022年度診療報酬改定における摂食機能療法に係る加算の見直しや、2021年度の介護報酬改定では、口腔衛生管理体制加算や栄養マネジメント加算が基本サービスに組み込まれました。 

その背景には、日本の高齢化が進み、加齢が引き起こす要因の一つである摂食嚥下障害が大きな課題になっていることにあります。令和3年度人口動態統計月報年計によると、肺炎は死因順位別で第5位、誤嚥性肺炎は第6位、そのほとんどが高齢者です。また、肺炎による入院患者のうち嚥下性肺炎の割合は約60%であるが、高齢になればなるほどその割合は高くなり、70歳以上の高齢者では80%以上を誤嚥性肺炎が占める、とも報告されています。 

「誤嚥性肺炎は、医療・介護関連肺炎に分類され、全身状態、呼吸機能、認知機能、栄養状態などの機能低下が複合して起こる全身疾患である」と日本呼吸器学会で提唱されているように、誤嚥性肺炎を引き起こす摂食嚥下障害へ取り組む課題の要素も複雑です。また、国では高齢者の誤嚥性肺炎の入院先はより重篤な疾患への対応が強く求められる急性期病院での入院ではなく、ケア(介護)やリハビリ機能をもった病院や病棟等(中小病院や地域包括ケア病棟を構えた病院等)への入院、入所を促すといった方針も提示されています。しかし、誤嚥性肺炎に対してその機能を十分に発揮できる体制が整っている病院は少ないのが現状です。その中で、中小病院が摂食嚥下障害に対してどう向き合っていけばよいのか、支援先の実例を交えながら3つのポイントに絞ってご紹介していきたいと思います。 

2.摂食嚥下障害に対する取組みをはじめる3つのポイント

摂食嚥下障害に対する取組みをはじめる3つのポイントとして、以下が挙げられます。

  1. 地域ニーズの把握と院内の体制づくり 
  1. 院内への巻き込み方 
  1. 地域への発信 

ひとつずつ順に説明いたします。 

(1)地域ニーズと院内リソースを把握する

まずは、地域ニーズを定量的・定性的に把握します。摂食嚥下機能は加齢に伴い低下し、高齢者の摂食嚥下障害の有病割合は16%~23%、75歳以上では27%に増加すると言われています。支援先での事例では、訪問診療の患者を対象に嚥下機能のスクリーニング調査をしたところ、訪問診療患者の約45%が嚥下機能の低下を認めました。そのため、定量的には高齢者人口数は調べることで一定のニーズを把握できます。また定性的には、地域の急性期病院と介護事業所の双方にヒアリングすることが大切です。そうすることで、「近隣で摂食嚥下のリハビリができるところが少ない」「嚥下障害に困っているがどこに相談したらいいかわからない」といった具体的な地域の嚥下課題を把握することができます。 

次に、院内の体制づくりになります。摂食嚥下障害には適切な評価と治療をするための嚥下内視鏡検査とリハビリが必要なります。ただ、中小病院ではなかなか十分に院内リソースが整っていないことも多いかと思います。評価にあたっては、嚥下障害診察ガイドラインで初期評価として推奨されている嚥下内視鏡検査は特に重要です。院内に評価する医師や機材がないという状況であれば地域のリソースを活用し、外部の歯科医師や耳鼻科医師と連携することで体制を整えることも可能です。また、リハビリでは言語聴覚士がキーマンになります。仮に言語聴覚士がいない場合でも、摂食嚥下認定看護師や理学療法士、作業療法士などの職種をキーマンとして置くと良いでしょう。支援先でも、地域の歯科医院と連携し、歯科医が来院し嚥下内視鏡検査を行い、言語聴覚士を中心とした適切な評価や治療が実践できるようになりました。 

(2)院内への巻き込み方 

摂食嚥下障害への取り組みには多職種によるチームアプローチが必須です。そのための院内への巻き込み方を2点お伝えします。 

1点目は、病院全体で目指すべきゴールを設定し、職員全員に共通認識をもたせます。支援先でも、各部署の代表が集まる会議にて摂食嚥下障害の取り組みを病院の全体方針として周知させました。 

2点目は、キーマンを中心とした現場への落とし込みです。支援先の例では、嚥下障害の簡易評価フローを作成し活用しましたが、それだけではなかなか病院全体に浸透しませんでした。そこで、キーマンである言語聴覚士がカルテ以外の情報共有としてナースステーション内のホワイトボードを活用し患者様の嚥下状態の共有を図るなど、複数のアクションを起こした結果、医師や看護師からの相談やコミュニケーションが増え、言語聴覚士の介入頻度が増えたということがありました。こうした落とし込みをすることで波及効果をもたらし、現場が自然な形で取り組めるようになります。 

(3)地域への発信 

院内の体制が整ったら次は地域への発信です。上述した通り、急性期病院、介護事業所それぞれで課題や困りごとは異なるため、それぞれの課題解決につながる内容の発信が重要になります。また、伝える際に相手のよく使う言語を選択することも大切です。病院では「摂食嚥下障害」「誤嚥性肺炎」という言語はよく使われていますが、施設や介護事業所では「むせがある」「食欲がない」といった言語の方が馴染みやすいかもしれません。相手の受け取りやすい形で、自院の取り組みや体制を伝えていきます。機会損失を生み出さないためにも、積極的に地域発信をしていきましょう。 

3.まとめ

以上の3つのポイントを踏まえ摂食嚥下障害に対して取り組んだ結果、例えば食事摂取ができなくなってしまった施設入居者のAさんは、支援先への入院後、嚥下内視鏡検査や言語聴覚士が評価を行い、食事形態の見直しや食事姿勢を調整、そして看護師や看護助手による食事介助や口腔ケアを実践したことで、嚥下機能が改善し食事形態がアップした状態で無事施設へ戻ることができました。また、急性期病院から支援先の病院へ転院された嚥下障害のあるBさんは、言語聴覚士による嚥下リハビリによって段階的に食事摂取量が増え、活動性も上がり食事摂取できる状態まで機能改善できた、といった事例などが多く聞かれました。 

冒頭で述べた日本呼吸器学会の提唱には続きがこうあります。 

「抗菌薬を含めた治療過程において、患者本人や家族の意志を尊重したうえで、治療方針を判断するような生命倫理的側面を最初に考慮する」と。 

つまり、急性期医療の段階から、生活の質(QOL)を考慮した食べる楽しみの継続を念頭において治療する、ということです。そうした治療や方針を引き継ぐことが中小病院の役割であり、またそれは在宅や施設へと紡いでいかなくてはなりません。中小病院によるハブ機能のあり方やアウトカムに関して、今後より議論がなされてくるのではないでしょうか。 

病院経営に強いメディヴァの医療コンサルティングについて