2023/05/22/月

医療・ヘルスケア事業の現場から

歯科生き残り戦略ー「初診カウンセリング」で受け身体制の脱却を図る

コンサルタント 大須賀彩希

1. 背景

近年、口腔ケアの重要性が認識されつつあり、予防・未病の観点からも口腔ケアの介入について捉え直す動きが活発になっています。 

2022年度に内閣府の「経済財政運営と改革の基本方針2022 新しい資本主義へ~課題解決を成長のエンジンに変え、持続可能な経済を実現~」(骨太方針2022)では、全身の健康と口腔の健康に関する科学的根拠の集積と国民への適切な情報提供、生涯を通じた歯科健診(いわゆる国民皆歯科健診)の具体的な検討を進めるとの発表があり、生活の一部として口腔ケアを位置づけられるような取り組みが進められています。 

一方で、日本歯科医師会の2022年の「歯科医療に関する一般生活者意識調査」によると、79%が「歯や口の健康を大切にしている」と回答している一方で、半数以上が「歯科医院で定期チェックを受けていない」と回答するなど歯や口の健康と全身の健康の関係についての認知は進んでおらず、口腔ケアに関して自分事でない方が大半です。 

今後、コンビニよりも多いといわれている歯科で安定的な経営を続けるためには、口腔ケアに対して意識が低い方に対しても積極的に介入し認知を高めること、「かかりつけ歯科医」としての機能を高めより多くの方に適切な口腔ケア導入する体制にしていくことが求められます。今回は、こういったトレンドや口腔ケアの将来を見据えて、現場でできるアプローチを紹介します。 

2. 「初診カウンセリング」プロジェクト 

ある保険診療メインに提供している歯科診療所の支援先では、「初診カウンセリング」を実施する取り組みを始めました。 

歯科診療所における初診カウンセリング実施の取り組み事例

これは、「患者さんとのコミュニケーションが不足しており、患者さんが本当に求めている口腔ケアを提供できていないか可能性がある」という課題解決のため、「患者さんとのコミュニケーションを深めて口腔状態のQOLを高めること」を目標として、患者の要望を取り入れつつ、口腔状態の理想を検討、共有する機会を設ける試みです。 

初診カウンセリングは、問診票を基準として初診カウンセリングシートを使用しながら、問診票の内容を深堀するスタイルで実行しています。 

カウンセリングは、①口腔ケアへの意識のレベル②理想の口腔状態③かかりつけ医としてかかわっていく上での要望などを引き出すことを目的とし、歯科と患者が口腔ケアに対して同じ目線で取り組めることを意識した内容としています。深堀した内容に関しては、医師の立てる歯科治療計画にも反映し、職員間での共有を図ることで患者への安心感につなげています。 

取り組みを実行する中で現場からは 

  • 患者が通院に向けて前向きになれるようなやり方を検討できた 
  • カウンセリングの内容を医師に共有することで、口腔ケアの改善の幅が広がった 
  • 患者に二次治療を進めるきっかけができた 

等、取り組みに対する前向きな意見が上がっています。当初、初診カウンセリングの対象としていなかった小児患者へ実施範囲を広げるなど、前向きに取り組みを進めていくことができています。 

また今後期待できる経営効果は以下が挙げられます。 

  • 口腔状態を網羅するための検査回数の増加 
  • 定期的な口腔ケア提供による延べ患者数の増加 
  • 「機能面」そして「健康面」を意識した審美歯科患者の増加 

今後は、モニタリングを継続し、改善に向けて課題を解決していくことで、患者に寄り添った口腔ケアができるようPDCAを回していくこととしています。 

3.取り組みを推進するための工夫 

院内でこういった取り組みを進める場合、医師だけでなくスタッフ一人ひとりが当事者意識を持つことが非常に重要です。支援先では取り組みを進めるにあたって、院内でプロジェクトチームを立ち上げ、口腔ケアに対して共通認識を持ち、課題と課題解決に向けた何ができるかということを定期的に話合う機会を設けました。

また、カウンセリング実施に向けて、カウンセリングを実施するタイミングやカウンセリングに至るまでのフロー、カウンセリングを円滑に行うための情報共有の方法、カウンセリングのフィードバックの方法等を検討して確定させていくことがスムーズな実現につながりました。 

また、プロジェクト実行に向けて医師の協力も重要視しました。プロジェクトメンバーに実際にカウンセリングを実施する歯科助手、歯科衛生士だけでなく院長、常勤医師も介入して取り組みを進めたことは非常に有益でした。

「患者の痛み(病気)を治療する」だけでなく「口腔ケアで患者の口腔状態を清潔に適切に保つ」ことも歯科医療で提供すべき範囲であることを医師との共通認識にできたことで、目の前の治療だけではなく、対患者に対しての総合的な診療方針を検討するきっかけにつながっています。 

4.今後の取り組みの在り方-受け身体制の脱却 

歯科経営も医療機関経営と同様に、「延べ患者数」×「単価」が基本的な収入につながります。そのために定期的に受診する患者数を増やすこと(延べ患者数の増加)、適切な治療を進める段階で必要に応じて保険診療、自費診療の選択をサポートしたり、診療の幅を増やして保険点数を上げたりすること(単価の向上)が経営において重要なポイントです。 

支援先の事例では、初診カウンセリングの実施により適切な口腔ケアを考え、患者のためにできること、患者がしたいことを引き出すことによって受け身体制の脱却を図っていますが、取り組みの効果をより上げていくためには、同時に新規患者を獲得すること、提供医療の幅を広げることも必要です。今後は、患者獲得や提供医療の拡大に向けて、自院だけの取り組みにとどまらず、病院や介護施設との連携も検討していくべきでしょう。 

(事例) 
歯科衛生士による医科歯科連携促進事例として、千葉県の在宅医療診療所では、医師の訪問診療時に歯科衛生士や歯科医師が同行する形で、口腔内の状態や嚥下状態に関するスクリーニングを行い、訪問歯科の潜在患者の掘り起こし、口腔ケアの介入を促す取り組みを実施しています。

今後は、発熱を繰り返す方や癌終末期の方に対して、継続した口腔ケアが提供できるような体制を構築していくことを想定しており、まだ医科歯科連携体制が整備されている地域が少ない中、非常に戦略的に取り組まれている事例です。 

5.最後に

あくまで生死に関係ないと捉えられがちな歯科ですが、口腔状態と全身疾患の関連性に関する研究は徐々に蓄積されてきており、特に歯周病による動脈硬化、糖尿病、虚血性心疾患、リウマチ、認知症、早産・低体重児出産等との関連や発生メカニズムも報告されていることから重要性が高まっています。

また、「最後まで自分の歯で食べることができること」は人生において誰もが目標の一つとなることからも、歯の健康が健康寿命に影響するのは明白です。こういった点を踏まえて、自院が歯科医療の提供、口腔ケアの提供、患者の獲得をどういった戦略で実行していくのかを検討することが、受け身体制の脱却の一歩となると考えています。