2024/06/14/金
医療業界の基礎解説
【監修】取締役 小松大介
高齢化が進むにつれ、介護業界の市場は拡大傾向にあります。異業種から介護業界への新規参入も増加しており、その際にM&Aという手法が選ばれるケースも少なくありません。また、経営の安定化や後継者不足の解消にもM&Aは有効な手段の一つといえます。
なぜ今、介護業界でM&Aが増えているのか、その理由とともに、M&Aのメリット・デメリットを見ていきます。
目次
介護事業者がM&Aを検討する場合には、以下のような理由が挙げられます。
介護業界の経営は、介護報酬によって大きく左右されます。介護報酬とは、国が定めた介護サービスごとの設定金額のことです。事業者は提供するサービスに応じて対価を受け取ります。
介護報酬は3年ごとに見直されますが、マイナス改定となる年度もあります。実際に令和6年度の改定では、訪問介護や定期巡回などの介護報酬が大幅に引き下げられました。
介護報酬の引き下げにより、事業者の収入が減少し、収支のバランスが崩れて経営難に陥るケースも珍しくありません。赤字が続くと事業を続けるのが難しくなり、最悪の場合、廃業を余儀なくされることもあります。
このことから、介護報酬などの外的要因に影響を受けにくい経営の大規模化を図るためにM&Aを検討する事業者が増えています。
介護業界では、慢性的な人手不足が大きな問題となっています。高齢化に伴い、介護サービスの需要は年々高まっていますが、それに見合った人材の確保が難しいのが現状です。
加えて、他の産業と比べて給与水準が高いとは言えず、離職率が高い傾向にあります。そのため、事業者は常に人材の採用活動を行わなければなりませんが、小規模な事業会社では、採用活動に注力できる人員の確保さえも困難な状況に直面しています。
M&Aを行うと複数の事業会社が一つの組織になります。その結果、人材を効率的に配置でき、人手不足の問題を解消できる可能性が高まるでしょう。
後継者不足もM&Aが活発化している要因の一つです。
帝国データバンクが行った業種別の後継者不在率調査では、介護業界を含む「専門サービス業」の後継者不在率は約70%という結果でした。全業種平均の61.5%を大きく上回る数値です。
後継者不在のまま経営者が高齢になると、事業の存続が難しくなります。事業承継にも時間がかかるため、経営者の体調不良や後継者が見つからなければ廃業という結末にもなりかねません。しかし、M&Aにより意欲ある候補者に事業を引き継ぐことができれば、従業員の雇用を守りながらサービスの継続を実現できるでしょう。
介護事業者がM&Aを行う場合のメリットとデメリットについて、譲渡者(売り手)・譲受側(買い手)、両者の視点でみていきます。
メリット | デメリット・課題 |
・廃業を回避できる ・従業員や利用者を守れる ・経営の安定化を図れる ・売却の利益を獲得できる ・得た利益で事業拡大が見込める | ・契約に時間と手間がかかる ・不適切な人物に承継した場合、施設の評判を落とす可能性がある ・独自性や長年慣れ親しんだ価値観といった従来の経営方針が変わる可能性がある |
売り手にとっては廃業リスクを回避し、従業員と利用者を守りつつ経営を安定させられるのはM&Aならではのメリットでしょう。一方、譲渡後は経営に関与できなくなるため、信頼のおける譲渡先を見極める必要があります。
メリット | デメリット・課題 |
・従業員をそのまま引き継げるため、採用や教育の手間が省ける人手不足を解消できる ・新しい拠点を確保できる ・新しいサービスを始められる | ・従業員が離職する可能性がある ・事業規模の拡大により組織運営が難しくなる ・同業者による買収の場合、シナジーを得るための企業文化の融合が必要 ・施設や設備が老朽化していた場合に修繕費がかかる |
M&Aを上手に活用できれば、成長が期待できるでしょう。一方、老朽化している施設などの負債も引き継ぐことになるため、長期的なキャッシュフローも試算しておく必要があります。
介護事業者がM&Aを進める流れを4つのステップにわけて紹介します。
まずは、譲渡先の選定から始めます。親族や知人に譲渡する場合もありますが、適切な相手がいない場合は、第三者から譲渡先を検討する必要があります。
第三者への譲渡の場合、以下のような機関に相談し、候補者を紹介してもらうとよいでしょう。介護業は一般の会社と異なり法規制が多いため、業界に慣れた機関を見極める必要があります。
候補者が見つかったら、M&Aの目的が合致しているか、本当に安心して任せられる相手なのかを見極めるため、コミュニケーションを繰り返し行いましょう。
譲渡先が決まったら、次は条件の交渉です。条件交渉においては、おもに以下のような項目をすり合わせます。
双方が納得できる条件をしっかりと詰めていきましょう。
ある程度条件が固まったら、基本合意書を締結します。合意内容を書面に残しておけば、相手の急な方針変更や条件の大幅な変更などのリスクを最小限に抑えられます。
デューデリジェンスとは、主に買手側が行う企業の実態を詳細に調査・分析し、M&A後のリスク回避を目的としたプロセスのことです。
財務諸表や事業計画書など、会社の業務内容や資産状況を示す資料を譲渡者は買い手側に提出しなければなりません。提出された資料をもとに、公認会計士や弁護士などの専門家が、財務状況や法的リスクの有無を入念にチェックします。
デューデリジェンスを経て問題がないと確認できたら、最終的な条件を提示します。 譲渡側と譲受側、双方の条件が折り合えば、正式な契約手続きに入ります。
M&A の交渉は非常に難しい分野です。手続きが複雑なうえ、交渉時にトラブルが起こるケースも珍しくありません。 特に、譲渡条件の設定や譲渡金額の算定は、専門知識がないと適切な判断が難しく、譲渡方法によっても納める税金や不動産承継方法が異なります。
個人間での交渉も可能ですが、もし不安を感じる場合はコンサルタントに依頼するのも一つの選択肢です。専門家の知見を借りれば、スムーズかつ適切なM&Aを実現できるでしょう。
介護業界では、経営の安定化、人手不足の解消、後継者問題の解決など、様々な理由からM&Aが行われています。M&Aには譲渡側・譲受側双方にメリット・デメリットがあるため、実施する際は慎重に進めていく必要があるでしょう。M&Aを検討している中で困りごとが起きた場合は、メディヴァのコンサルタントにお気軽にご相談ください。
監修者
小松 大介
神奈川県出身。東京大学教養学部卒業/総合文化研究科広域科学専攻修了。 人工知能やカオスの分野を手がける。マッキンゼー・アンド・カンパニーのコンサルタントとしてデータベース・マーケティングとビジネス・プロセス・リデザインを専門とした後、(株)メディヴァを創業。取締役就任。 コンサルティング事業部長。200箇所以上のクリニック新規開業・経営支援、300箇以上の病院コンサルティング、50箇所以上の介護施設のコンサルティング経験を生かし、コンサルティング部門のリーダーをつとめる。近年は、病院の経営再生をテーマに、医療機関(大規模病院から中小規模病院、急性期・回復期・療養・精神各種)の再生実務にも取り組んでいる。
主な著書に、「診療所経営の教科書」「病院経営の教科書」「医業承継の教科書」(医事新報社)、「医業経営を“最適化“させる38メソッド」(医学通信社)他