2026/09/11/金
寄稿:白衣のバックパッカー放浪記
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目次
到着して間もないメキシコシティー。標高2000mを超えているため酸素が薄い。体は少しも慣れることなく、動かすこと自体が億劫になってくる。水をたくさん飲んで、尿をよく出しても全く改善の兆しはない。でもせっかくのメキシコシティーなので観光したい。治安情報を調べてみると、絶対に行ってはいけない場所から比較的治安がいい場所まで、エリア毎に異なるらしい。とりあえず危ないと言われているエリアだけには近づかないようにしようと決心して、散策をしてみることにした。
メキシコシティーにはどんな建物があるのだろうか。なんとなくアステカ文明のレガシー漂う石造りの建物が多そうだというイメージはあった。しかし、実際に街を歩き始めると、私が持っていたイメージは覆された。スペインのようなヨーロッパを感じさせる教会やビルが立ち並ぶエリアに着いた。ラテンアメリカの大都市であることが感じられる場所が多い。交通網も地下鉄、バスが発達しているようで、なんだか日本の都市部と変わらない。

ネット上には地下鉄は危ないという記事もあった。スリも多いらしい。だが、ものは試しなので早速乗ってみることにした。どうやらカードを買って入場するみたいだ。危険なエリアに近づかないと決めたものの、地下鉄を利用している人が少なからずいるのも事実で、どんな人が乗っているのかどうしても見てみたくなった。
荷物を脇で挟み込んで、がっちりホールドして盗まれないようにする。ホームにはぼちぼち人がいて、車内には大学生っぽい若者や、何らかの用事を済ませたと思われる老人が乗っていた。危険、危険というけれど、現地の人は日本と同じように生活の足として利用しているようだ。
車内アナウンスで日本語が流れる訳がないので、降車駅の名前だけを聞き逃さないようにする。辺りを見渡しても日本人は私一人だけで、誰がみても不慣れなことが分かる。なんだか「事件に巻き込んで!」と自らアピールしているような気分になってきて、心拍数が上がっていく。初めての場所だから、どのくらい危険で、どのくらい警戒すべきなのかが分からない。ただ、その感覚は自分で歩いて、乗って、少しずつ養っていくしかないのだとも思う。
その場所は大きな広場になっていた。地元の家族連れやお土産を売る商人でにぎわっている。観光客の私は明らかに浮いていた。「用心しなくては」そんな気持ちを強く持つことになった。
ソカロ広場にはメトロポリタン大聖堂という巨大な教会があり、その周囲で国旗がはためいていた。この広場がメキシコ歴史地区の中心で、さらに進むとテンプロ・マヨールという神殿跡があるという。
ここで、私は驚きの事実を知る。実はこの辺り一帯にはかつて湖が広がり、神殿はその湖に浮かぶ島に建てられたものだった。水路も張り巡らされていたという。
どうしてわざわざ山の中の湖の上に都市をつくったのだろうか。調べてみると、メシカの建国伝説では、神が新しく都市を築く「約束の地」として「蛇をくわえた鷲がサボテンに止まっている場所」を示したという。
蛇をくわえた鷲がサボテンに止まっている…という極めて限定的な状況が実際にあったのかどうかは分からないが、当時の人々はそこを約束の地と考え、島を広げ、水路や堤道を整え、街を築いていった。それほどまでに神の言葉は重かったのだろうか。
いずれにせよ、この場所が水上都市のまま残っていたのならば、今とは違った景観を楽しむことができただろう。しかし、1521年にコルテス率いるスペインの軍勢がこの場所を征服した際、街の多くは破壊された。その上にスペイン植民都市としてのメキシコシティーが造られ、湖もその後、長い時間をかけて排水されていった。
「なんともったいないことを」
博物館で当時の街の模型を見ていると、声が漏れ出てしまう。
神官の言葉を守ろうとする信念は街を築きあげた。そして信念を貫くためにいくつも技術が開発されたのだと思う。技術は信念によって生まれるのだと気づかせる。しかし信念同士がぶつかった時にどちらの信念が強いということができるのだろうか。技術力や軍事力がものをいうのかもしれない。征服された時、アステカの人々はどんな気持ちになったのだろうか。歴史から人の気持ちを想像することは楽しい。
目の前にはスペイン風の大聖堂があり、その足元にはアステカの神殿が眠っている。一つの街なのに、いくつもの時代が重なっている。

標高が高く、治安の悪いエリアもあるこの街で暮らす人々の医療はどのようになっているのだろうか。
メキシコの公的医療は長い間、いくつもの制度に分かれてきた。主に民間企業などの正規雇用者とその家族を対象とするIMSS、公務員用のISSSTE、そして社会保障を持たない人に医療を提供するIMSS-Bienestarという3つの大きな柱からなっている1)。このことが医療アクセスの差を生み出している。
日本でも職場によって保険者は変わるから、「それのどこが問題なのか?」と思うかもしれないが、日本の場合は保険の種類によって受診できる病院が制限されることは基本的にない。しかしメキシコでは保険制度と医療機関が強く結びついているため、保険によって利用する医療機関まで変わってくる。つまり、仕事が変わって保険が変われば、利用する医療ネットワークも変わる可能性があるのだ。
さらに地域によって医療資源にもばらつきがあるため、どの仕事についているか、どこに住んでいるかによって、受けられる医療に差が生まれやすい構造になっている。勤め先によって受けられる医療が変わるということは、職業選択が寿命に大きく影響しそうだ。
実際、メキシコを対象とした社会保障の有無と平均寿命・健康寿命を比較した研究(2026年)があり、平均寿命そのものに明確な差はなかった一方で、健康寿命は社会保障がある人の方が長かった。単純に「職業で寿命が決まる」とまでは言えないが、社会保障へのアクセスが健康と無関係でないことは分かる2)。
そこで今、制度の垣根を低くしようという動きが起きている。2026年から共通の健康カードの導入が進められ、2027年からはIMSS、ISSSTE、IMSS-Bienestarをまたいで一部の医療サービスを利用できる仕組みを段階的に広げようとしている。制度を一つにするというより、保険の違いによってできていた壁を低くしようとしているのだ。
では、プライマリ・ケアはどうだろうか。メキシコシティーにはCentro de Saludと呼ばれる公的な保健センターがある。これらは施設の規模によってT-I / T-II / T-IIIなどに分かれていて、数字が大きくなるほど担当人口や提供できるサービスも増えていく。
最初に調べた時、私はT-IからT-II、T-IIIへと順番に上がり、そこから病院へ紹介されるのだろうと思っていた。しかし、どうやらそう単純ではない。地域人口や必要とされる機能に応じて、異なる規模のプライマリ・ケア施設が配置されているという理解の方が近いようだ。さらに2027年からは全国で1万2750か所の新しい診療所を稼働させる計画もあるらしい3)。
こうしてみると、メキシコがなくそうとしているのは医療の「階層」そのものではないことが分かる。小さな診療所と大きな診療所、プライマリ・ケアと専門医療という機能の違いは残る。なくそうとしているのは、「あなたはこの制度だから、この病院には行けない」という制度と制度の間の壁なのだ。
アステカの神殿の上にスペインの都市がつくられ、その上に今のメキシコシティーがある。医療制度もまた、古い仕組みを全部壊すのではなく、その上に新しい仕組みを重ねながら変わろうとしているように見えた。そんなことを知ると、危険で息苦しかったメキシコシティーが少しだけ違って見えた。

次回は9月25日(金)、オアハカ編となります。
【参考文献】
1)Health systems in action: Mexico|European Observatory on Health Systems and Policies. (n.d.). Retrieved September 7, 2026, from https://eurohealthobservatory.who.int/publications/i/health-systems-in-action-2024-mexico
2)García-Hernández, H., Salinas-Escudero, G., Agudelo-Botero, M., & Reyes-Morales, H. (2026). Life expectancy and healthy-adjusted life expectancy in Mexico by social security status. Gaceta Sanitaria, 40. https://doi.org/10.1016/J.GACETA.2026.102632
3)233. Con más de 12 mil nuevos consultorios se ampliará la cobertura de atención primaria en el país | Secretaría de Salud | Gobierno | gob.mx. (n.d.). Retrieved September 7, 2026, from https://www.gob.mx/salud/prensa/233-con-mas-de-12-mil-nuevos-consultorios-se-ampliara-la-cobertura-de-atencion-primaria-en-el-pais?utm
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