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2026/08/14/金

寄稿:白衣のバックパッカー放浪記

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白衣のバックパッカー放浪記 vol.61/ブダペスト編

寒さと霧と

長距離バスでハンガリーの首都ブダペストへ向かう。ヨーロッパ編、最後の長距離バス。緑の車体とFLIXの文字を見るのはこれが最後だと思うと、旅中の相棒に別れをつげるような寂しい気持ちと感謝の気持ちが湧き上がってくる。間違いなくこのヨーロッパ旅を支えてくれた立役者だ。

目的地に着いたのは15時30分なのに辺りはすっかり暗くなっていた。

霧が街全体を覆いつくし、普段は照らされないところまで街灯が広がり、暖かい景観になっていた。その見た目とは反して、息をするだけで、気管が凍るような低い気温で、今にも雪を降らせるのではないかと思わせるほどだった。

宿に着くと建物はストックホルムを思い出させるほど大きなところだった。大きな門をギイギイと音を立てながら開けて、中に入ると、外とは対照的に暗い吹き抜けが建物内を貫いていた。思わず頭を上げて天井を眺めるが先は見えない。今は使われていないお城のような場所はテナントのようになっていて、その一角にドミトリーがあった。チェックインを済ませて、部屋に入る。部屋は暖かいけど、どうにも外に行くと寒さに耐えられそうにない。

バックパッカーなので服は最低限しか持ち歩けないから、嵩張る長袖は普段は持ち運ばない。どうするかというと収納しやすい薄手のダウンを着込む。だが寒さはダウンなど余裕で貫通して、直接肌に攻撃を仕掛けてくる。堪らず、服を買うことがハンガリーで一番最初にすることになった。

お土産屋さんで「ブダペスト」と書いてある紺色のパーカーを手に入れて、その場でタグを切ってもらった。「私、観光客です!」と周囲にアピールしている感じがして、正直恥ずかしい感じもしたが、なり振り構っていられない。パーカーを着て外に出ると、やっぱり暖かい。今までも何度か寒さに耐えてきたことはあったけど、最初から買っていればもっと快適だったんだろうなと思う。

でも、同時に荷物が多くなるという不便さが増える。なんでもかんでも荷物を増やしていけば、バッグには入らなくなり、いずれスーツケースという発想になって、最後には家が一番というところまで辿り着くことになってしまう。それではバックパッカーはできない。快適さと荷物はトレードオフで、その不便さを味わうところまで含めてバックパッカーなのだ。普段から離れたところで生きられることを思い出して行く作業も旅の目的の一つなのかもしれない。



ブダペスト

なぜ最後の土地としてブダペストを選んだかといえば、景観はもちろんだが、食事が美味しそうで、温泉があるからだ。実はハンガリーはガチョウのフォアグラの最大の輸出国だ。またワインも有名である。さらにブダペストには多くの温泉がある。帰る前に先取りしてみたくなった。温泉で体をほぐして、フォアグラとワインを口いっぱいに含んで旅を締めくくりたい。そんな欲が湧いていた。

どうしてそんなにもハンガリーに温泉が多いかというと地殻が薄く、地熱によって温まった水が手に入りやすいからのようだ。ブダペストだけでも50の浴場があり、病院などにもあるようだ。それならば当然、「複数の施設に行ってみたい」ということになり、電車に乗って、テレジアイエローをしたセーチェニ温泉に出向くことにした。最初は広めなところに行ってベースを掴むことが目的だった。

ところが切符をどこで買っていいのか分からない。駅の入り口からホームまでの間に売り場がないのだ。目の前に電車が来てしまう。「とりあえず乗ってみて、降りた駅で聞いてみよう。というか、ハンガリーはもしかしたら電車はタダなのかもしれない」と光に集まる虫のように車内へ吸い込まれていった。

目的地の駅で降りると、ホームに駅員さんが立っている。「前の駅で切符を買う場所がなかったから、ここで買おうと思って来ました」と伝えると、なんだかしたり顔で「だったら罰金として〇〇払ってもらわないといけないな」と言ってくる。ヨーロッパの電車は確かに切符を買わずに乗れてしまうことがあって、取り締まっていることはある。だが、今回はわざとではない。しかし何度それを説明しても首を縦に振らない。

最終的には勉強料として罰金を支払うことにした。ここで抵抗し続けて、警察を呼ばれようものならシェンゲン協定でのEU入国日数を超えてしまうし、そもそも帰れなくなってしまうかもしれない。今の自分には帰国便のチケットを変更する方がよっぽどお金がかかる。そのことを天秤にかけると駅員のいう通りにした方がトラブルを回避できる率が高いのだ。

とはいえ、通常500フォリント(250円)の料金の24倍。ノルウェーとかプラハでは買い方が分からなくて、なんとか助けて乗せてもらっていたけど、ブダペストの取り締まりは厳しい。温泉に入ろうという気持ちの緩んだ旅行者に目を光らせているのかもしれなかった。これからノリノリで温泉に入ろうとしていた気分は一気に台無しになってしまったわけだが、なんとか気をとり直そうと「勉強料、勉強料。放浪記に書けるいいネタだ」と言い聞かせて、ようやくその気持ちが今こうして記事になることで成仏されていく。

温泉は合計で2つ行くことになるが、意外にも水温が高いところもあって日本と同じように体が温まった。フォアグラもちょこんとお皿に乗っているのではなく、4つか5つか豪快にさらに乗ってやってくる。脂が少なめのガチョウのものだからか、無理してワインで流し混まなくても自分のペースでゆっくりと味わうことができる。お風呂とワインはブダペストの寒さをしのぐには充分な保温機能を与えてくれた。ヨーロッパ旅最後の土地としてこれ以上の場所はない。そう確信できる都市だった。



ハンガリーの医療

フォアグラとワインといえば、「フレンチパラドックス」という言葉が頭をよぎる。脂の多い食事を接種するフランス人の循環器疾患への罹患が少ないという逆説をそう呼ぶ。試しにハンガリーの死因を調べてみると心筋梗塞や脳卒中を含む虚血性心疾患が1位となっていた1)。なんとなくフレンチよりもフォアグラが出てきている気はしていた。もちろんその間に因果関係があるかは分からないが、毎日食べるには少し重たい。

そんなハンガリーの医療を支える仕組みは「TAJ」と呼ばれる社会保障識別番号だ。その番号が書かれたTAJカードを用いて医療を受ける。日本の健康保険証に近いが、カードそのものが医療を保証するというより、TAJ番号を使ってオンライン上の保険資格を確認する仕組みになっている。TAJカードはアプリと連動していて、自分の医療情報はそこから、どこでも、いつでも確認できる。診療所でも病院でも薬局でもこの番号が医療制度への入口になる。

医療制度は他のヨーロッパの国々と同じく、家庭医がゲートキープの中心的な役割だ。家庭医は担当の地域が決まっていて、専門医への受診をするかどうかをキープし、急性期から慢性疾患を扱っている。また、周辺国と比較して歯科治療やホワイトニングなどの費用が安価なことから歯科ツーリズムも盛んに行われていて、ブダペストはその中心となっている2)

ヨーロッパ旅を通して

35カ国を今回のヨーロッパ旅で周遊した。最初はミュンヘンから北上しグリーンランドまで向かい、次はイギリスからキプロスへ向かい、そこから地中海沿いにリスボンへ。リスボンからはコペンハーゲンに向かいドナウ川とともに旅をした。放浪記には書けていない国もいくつかある。

医療は家庭医がほとんどの国でプライマリーケアを担いゲートキープを行なう仕組みで、医療費を削減するために病院から外来へシフトする流れが多くの国で共通しているように思われる。日本で家庭医と名乗るのとヨーロッパで家庭医と名乗るのでは通じやすさが全く違うことも旅を通して感じることができた1つだろう。

この旅を終えて、今感じる収穫の1つは「旅をした人をあまり羨ましく思わなくなったこと」ではないかと思う。旅に行った話を聞くたび、「行ってみたいな」と羨ましく感じることが多かったが、この旅でそういった場所をほとんど訪れてしまった。

後悔がない人生を生きるために始めた旅で、後悔なく人生を終えることができると思えるものが自分の中にできたことがとても嬉しい。もちろん死に際に全く未練がないということはないと思う。けれど、締めくくりにヨーロッパ旅の日記の最終ページに書いたことをそのまま記載しておく。

「全97日のヨーロッパ。本当にたくさんのものを見たと言えると思う。たくさんの人に出会い、この経験は私からだれも奪うことはできない。夜と霧」


次回は8月28日(金) メキシコ・シティー編となります。

【参考文献】
1)Hungary. (n.d.). Retrieved August 11, 2026, from https://data.who.int/countries/348
2)Kovacs, E., & Szocska, G. (2013). “Vacation for your teeth” – dental tourists in Hungary from the perspective of Hungarian dentists. British Dental Journal, 215(8), 415–418. https://doi.org/10.1038/SJ.BDJ.2013.995


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