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2026/07/10/金

寄稿:白衣のバックパッカー放浪記

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白衣のバックパッカー放浪記 vol.59/ウィーン編

白い街

朝のウィーンは真っ白な街だった。寒いには寒いが、その色は雪のせいではない。建物の多くが白い壁をしていた。ギリシャのような太陽を跳ね返す冴えた白ではない。日光を直接浴びせないように遮る、雲のような白だった。壁は仕上げに石灰や石膏などが使われているため、この色になっているらしい。朝を迎えたばかりの白い街をみた時、ここに来て良かったーそう思えた。

ウィーンと言えばクラシック音楽の印象があるけど、楽器を生来やってこなかった私にとって、その良さがわかりそうな感じはしない。だが友人の勧めもあり、1泊2日のウィーン滞在を旅程に詰め込んでみた。日程が短いので、思いつくままに渡り歩いてみよう。そう決めて、なぜか目的地ではなく絶対に食べたいものを決めようとする。友人に「あなたは食べるのが好きね」と言われるまで自分では気づいていなかったが、確かに食べるのが好きだし、食べ過ぎなのだと思う。

調べていると「シュニッツェル」と呼ばれる薄いカツレツが出てきた。想像の範囲内の味のような気もするけど、きっと美味しいはずだ。レストランが開くのは夜なので、日中は市内を移動してみる。意外にも地下鉄が発達していて、移動するにはかなり便利だった。街を西から東へ横切るドナウ川のほうまで出て、周辺で時間を潰して夜まで待った。

時間になったのでシュニッツェルの有名店に向かうと、予約でいっぱいだった。普段なら違う店に行くのだが、滞在日数が少ないからか、有名店で食べたいという未練が湧いてきた。思い切って「他にいい店があるか」と尋ねると、「姉妹店みたいなものがあるからついといで」とのこと。ついていって大丈夫なのかと思いながらも、エプロンをしているので多分大丈夫だろうという謎の理論でついていく。

小さい頃「知らない人にはついていくな」と言われたが、この旅では知らない人ばかりなので、そんなことは守っていられない。何よりもシュニッツェルを食べるまで出国できない。通された店はカジュアルだけどおしゃれで、悪くない。注文を聞かれるやいなや目的物を注文し、出てくるのを待つ。

ベリーソースをつけて食べるのが定番らしい。見た目は普通。でも食べてみると想像より柔らかい。白米と味噌汁のような付け合わせはないので、カツだけをひたすら体に取り込んでいく。さらに有名なものがないか調べると、幻の酒「シュトゥルム」という文言を見つける。1年で1ヶ月ほどしか飲めないものらしい。欲に任せて店を出る。レストランからレストラン、バーからバーへ梯子するが見つからない。最後の店で「数週間遅かったね。もうどこにもないよ」と言われた。

白い街の幻の酒。期待せずに行った街で出会った景色と、予定を立てなくては手に入らない飲み物。偶然と計画の違いを感じる。どちらがいいということではない。訪れなければ知ることができなかったし、訪れたから分かったこと。1度で全て望むものは手に入らない。なんとも旅らしい初日だった。

黄色い宮殿

ウィーンにはもう1つ欠かすことのできない観光地がある。シェーンブルン宮殿だ。ハプスブルク家ゆかりの宮殿で、女帝マリア・テレジアの時代に現在の姿へ大きく整えられた場所でもある。マリア・テレジアと聞いてもピンと来なくても、マリー・アントワネットの母と聞けばなんとなくイメージが掴める。

チェックアウトをして、バックパックを背負い込む。地下鉄U4号線のヒーツィング駅で降り、人の流れに乗ると大きな門にたどり着いた。荷物を預け、栄華を極めた宮殿の中をジーパンとTシャツで入っていく。この場所が現役だった時には絶対にできなかったことを今しているんだなと振り返る。

宮殿内はそれはそれは豪華だった。昔のままなのか、復旧されたものなのか分からないが、どの時代であっても高価なんだろうなということは分かる。昔の人が本気で力を示そうとするとこうなるということが、視覚的に理解できた。確かにここで過ごしていたのなら、お菓子がすぐに出てきそうではある。

内部を一通り回って、庭園に出る。庭ももちろんとんでもなくデカい。そして単なる庭ではなく、丘付き。グロリエッテと呼ばれる建物が、庭園の少し高いところにある。丘の上まで登ると宮殿と庭園が一望できた。宮殿の薄い黄色が映えている。テレジア・イエローの愛称で親しまれている。色にも名前が残るなんて、すごい影響力だ。試しに自分の名前に色をつけてみる。

「ミゾエホワイト」

ダサすぎる。これでは戦隊モノの脇役だ。私は色に名前を残すほど何かを成していないのだ、きっと。丘を降りて、荷物をちゃんと受け取った。色彩を持たない私は、次の目的地に向かうため白い街へ戻った。

オーストリアの医療

白い街と黄色い宮殿を歩いていると、オーストリアという国は、過去の資産を保存しながら、それを現代の仕組みに接続している国なのだと感じる。その印象は、医療制度にも少し似ている。

オーストリアの医療制度は人口の99%以上を公的保険がカバーする1)。 病床数や医師数も多く、一見すると医療資源に恵まれた国に見える。しかし、その豊かさの裏側で課題になっているのが、病院依存とプライマリ・ケアの弱さである。

患者は一般医を通さずに専門医や病院へアクセスしやすく、軽症や慢性疾患の相談まで病院外来や救急に流れ込みやすい。さらに、公的保険と契約している契約医への受診は無料だが待機時間が長く、診察時間も短くなりがちだ。余裕のある人は自己負担で選択医を受診する。この流れは「二層医療」として議論されている1)

背景には外来医療が長く単独開業医を中心に成り立ってきたことがある。オーストリア保健省資料では、2017年時点で歯科医を除く約45,600人の医師のうち、約18,200人、つまり40%が開業のみで働いていたとされる2)。単独開業は患者にとって身近な一方、医師の休暇、長い開所時間、慢性疾患管理、予防、介護との連携を一人で担うには限界がある。

この状況への答えが、多職種型のプライマリ・ヘルスケア・ユニットだ。オーストリアではPVEとも呼ばれ、一般医や小児科医に加え、看護師、診療補助職、理学療法士、栄養士、心理職、ソーシャルワーカーなどがチームで患者を支える3)。ただし、多職種が医師の代わりに独立して診断や処方を行うというより、医師を中心にしながら、慢性疾患のフォロー、予防指導、リハビリ、栄養、心理社会的課題、介護・福祉との接続を分担する仕組みである。つまりPVEは、医療の入口で扱う問題を「病気」から「生活」へ広げる装置と言える。

PVEが広がる理由は、患者、医師、政府の三者に利点があるからだ。患者にとっては相談しやすく、医師にとっては単独開業の負担をチームで分担でき、政府にとっては病院外来や救急に流れ込む患者を地域で受け止められる。EUの支援では、少なくとも45施設の新しいPVE整備が目標とされ、公式サイトでは2026年6月時点で全国116施設、うち14施設が小児PVEとされている4)5)

オーストリアの経験は、日本にも示唆的である。フリーアクセスで医療資源が多くても入口が整理されず、地域で継続的に支える仕組みが弱ければ、病院依存と格差は進む。これから必要なのは、病院をさらに大きくすることではなく、患者が最初に相談でき、継続的に伴走され、必要なときに専門医療へつながる「強い入口」をつくることである。白い街の奥にあったのは、古い制度を残しながら、新しい医療の形へ向かう国の姿だった。

ウィーン中央駅から電車でスロバキアへ向かう。予定していた電車がキャンセルとなり、予定通りに旅程は進まない。「もう少し居ろ」ということかもしれない。まだまだ見たりないものがたくさんあるだろうこの街に次に来るのはいつだろうか。その時はもう少し日程に余裕をもって、予定を立てて訪れたい。



次回は7月24日(金)、ブラチスラヴァ編となります。

【参考文献】
1) Bachner, F., Bobek, J., Habimana, K., Ladurner, J., Lepuschütz, L., Ostermann, H., Rainer, L., Schmidt, A. E., Zuba, M., Quentin, W., Winkelmann, J., & Maresso, A. (2024). Austria: Health system summary 2024. European Observatory on Health Systems and Policies. Retrieved July 4, 2026, from https://eurohealthobservatory.who.int/publications/i/austria-health-system-summary-2024
2) The Austrian Health Care System. (2022). Retrieved July 4, 2026, from https://www.sozialministerium.gv.at/dam/jcr:6102a229-7b92-44fd-af1f-3aa691900296/220406_The-Austrian_Health-Care-System_EN_pdfUA.pdf
3) Development of Primary Health Care Units in Austria. (n.d.). Retrieved July 4, 2026, from https://primaerversorgung.gv.at/development-primary-health-care-units-austria
4) New primary health care centre — Reforms and Investments. (n.d.). Retrieved July 4, 2026, from https://reforms-investments.ec.europa.eu/projects/new-primary-health-care-centre_en
5) Development of Primary Health Care Units in Austria. (n.d.). Retrieved July 4, 2026, from https://primaerversorgung.gv.at/development-primary-health-care-units-austria


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