2026/05/08/金
寄稿:白衣のバックパッカー放浪記
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目次
ナザレでお目当ての波を見ることは叶わず、リスボンのバス停に戻ってきた。ここがイベリア半島最後の滞在だ。行きと同じバス停に着くのだろうと思っていたが、違う場所に戻ってきたみたいで、帰り方を再度調べ直す。メトロに乗るみたいで、地下へ降りてみるが駅構内にはたくさんのホームレスが布団を持ち寄り陳列していた。照度も低い。かなり危ない雰囲気だ。ヨーロッパに着いてから一番怪しげな雰囲気かもしれない。足早にメトロに乗る。
リスボンのメトロは色で分けられているからとても見分けやすい。今まで乗ったことのない路線だったがすぐに乗ることができた。テージョ川付近まで移動して坂を登って宿まで行く。ナザレに行く前にも泊まっていたから、道順はバッチリだったけど、坂の斜度がキツくてたまらない。弱音を吐く相手も1人旅にはいないので、じっと堪えて一歩ずつ進んでいく。
荷下ろしの後は腹ごしらえだなと街を彷徨っていると広場に出た。カモンイスというポルトガルの国民的詩人を記念して作られたこの場所は何となく、みんなの憩いの場所になっていそうだった。そしてその一角にいかにもローカルなカフェを見つけた。外の席では旅行者というよりは地元民が集ってタバコを吹かしている。旅をしていて有名店よりも、こういうローカルな店で食べた時の方が安くて満足度が高い。迷わず入ってみると、単なるカフェではないことに気づく。
何かの肉を店主のおじちゃんが焼いている。カウンターには多分マスタードが入った筒が並んでいた。店内はいくつかテーブル席があるが満席でカウンターの立席しか空いていなかった。クローバーというその店は「ビファナス」というポルトガルのファストフード店だった。ローカルな店だけあって、英語は通じないようで注文に一苦労だけど、あれをくれという感じで指差しをして注文した。
みんなが食べているものが自分のカウンターにも運ばれてくる。パンの間に味付けされた豚肉とチーズが挟まったサンドイッチのような食べ物。真ん中で切られていて食べやすいサイズ感になっている。食べる前から明らかに美味しそうなことが分かる。しかし、そのまま食べるのだろうか、いつこのマスタードをかけるべきなのだろうか、さらにもう一つ赤い筒があるが、一体それは何なのだろうか。そんな疑問が食べる前にやってくる。

周りを観察していると、どうやら赤い筒はラー油みたいなもののようで、マスタードとラー油をパンを外して中にかけて、再度パンを重ねてかぶりつくようだ。旅先でいつもあることなのだが、周りのみんなが教えてくれる。もしかしたら観察している時の私はきっと最高にキラキラしているのではないか、それでみんな思わず教えてくれるのかもしれないなどという想像を口の中の唾液とともに仕舞い込み、一口食べてみる。
想像以上に美味しい。何かに似ているし、何にも似ていない。唯一無二のファストフード。しかも値段もヨーロッパにしては破格の3€。こんなにも満足感を与えてくれる食べ物はない。何だか気持ちも乗ってきたのでエスプレッソで締めて外に出る。ローカルな店が与える満足感はやはり大きい。口から出ていく文化が言語だとしたら、きっと口から入る文化は食べ物のはず。地元の店はその文化を直接体に入れてくれる。そんなところが好きなのだと思う。
リスボンで一番思い出に残っていることは何だろうか。いくつかの展望台にも行ったし、教会も巡った。だけどなぜか思い出すのはテージョ川。どことなく長崎のような雰囲気のリスボンは同じく坂が多い。でも大体どの坂も降っていけば、最終的にはテージョ川に辿り着く(と思っている)。テージョ川は旅行者、地元民問わずその時そこにいる全ての人にとっての憩いの場のように存在している。川沿いは遊歩道みたいになっていて、走っている人もいれば、座って川をただ見つめている人もいる。
滞在中はビファナスを食べて川沿いに来て散歩することが、ほとんど日課になっていた。何度来ても、飽きることはない。川幅の大きい川は河と書くのかもしれない。とにかくデカい川は何だか癒されるのだ。歩いているとパイナップルを売っている出店を見つける。聞くとピニャコラーダというカクテルを売っているみたいだった。パイナップルをくり抜いて、そこにお酒を入れるのがリスボン流っぽい。
歩いていると何店舗か見つける。「ピーニャ」がPIÑAという綴りであることを発見し、パイナップルであることに自力で気が付く。そうか、これもリスボンの発祥なのかと調べてみると、どうやらプエルトリコらしい。しかもスペイン語。世紀の大発見をしたような気分だったが、違ったみたい。せっかくなので注文してみるが、流石にパイナップルの中にいっぱい入っているので、飲み干した頃にはだいぶ酔いが回ってしまった。
でも川沿いでどれだけ酔い覚ましをしても許される時間はありそうだ。そう思わせる川の流れと時間の過ぎ方をしていた。よく山で迷子になったら山頂を目指せというが、リスボンだったら、それは坂を降りてテージョ川だ。そうすればここを訪れた全ての人を受け止めてきた景色がきっとどこかに導いてくれるだろう。リスボンに来た人でここに来なかった人はいないかもしれないし、きっとまた来てもここに来てしまう。さて次はどこに向かおうか。

今まで旅した他のヨーロッパの国々と比較するとポルトガルの物価は日本に近いか、それより安い感じがする。最初に書いた駅のホームレスは何だったのだろうか。そんなことが思い出される。リスボンの生活に関することを調べると家賃/給与の比率は116%と給与を上回っているようだ。ヨーロッパでも異常事態であり、ロンドンやマドリードでさえも100%未満である。低所得者や若者はもはやリスボンには住むことが難しくなっている1)。自分の給与よりも家賃が高い状況では確かにあのようなホームレス街ができるのも納得できる。
そんな中で医療費はどうなっているかといえば、そこはヨーロッパでよく見かける国民保険のような仕組みと民間保険によってカバーされている。低所得者のみならず、妊婦や新米の母親、12歳以下の子供、障害者、消防士、軍人、臓器提供者は医療費免除の対象となる。一般成人でも公立病院であれば受診料は家庭医で約5€、専門医で約7.75€となっている。ビファナス2個分の値段であらゆる医師にかかることができる2)3)。
医師の数は需要に対しては少ないようで、受診までに数ヶ月を要したり、日常的なケアの継続性が保たれにくい状況のようで、日本でいくら待ち時間が長いと言っても単位が違うことが分かる。なぜこのような事態になっているかといえば、その背景の1つにデジタルノマドで働く人へのVISA発給がある。ノマドワーカはこれにより高水準で比較的治安のいい場所に母国の給与で合法的に暮らせるようになった。そのことが家賃を引き上げ、医師数を上回る需要を作り出している。
近年リスボンはヨーロッパのシリコンバレー的な立場を強めていて、スタートアップ拠点の強化も進んでいる。観光しているだけではレトロな建物が並んでいるだけのように見えて、デジタル要素はあまり感じないけれど、おそらく中では新進気鋭の起業家やハイスキル人材が日々サービスやテクノロジーを進化させているのだろう4)。
都市の成長により、地元の人が住めなくなることは各地で起きていることだけど、その土地の人々が住めなくなった時、文化はどうなっていくのだろうか。今までの文脈の続きとして変化していくのか、それとも大きく全く違うものになっていくのか。日本でもこの先似たようなことが起きた時どうなるのだろうか。どんな時もテージョ川はきっとリスボンを流れ続ける。その見え方がどうなるのか、また来て自分の目でみてみたい。

次回は5月22日(金)コペンハーゲン編となります。
【参考文献】
1)Why Lisbon Tops the List: A Deep Dive into Europe’s Worst Rent-to-Salary Ratio – and What It Means for Investors. (n.d.). Retrieved April 30, 2026, from https://www.patricksimoninvest.com/post/europes-worst-rent-to-salary-ratio
2)Guide to getting health insurance in Portugal in 2026 | Expatica. (n.d.). Retrieved April 30, 2026, from https://www.expatica.com/pt/healthcare/healthcare-basics/health-insurance-in-portugal-105298/#not-covered
3)Healthcare in Portugal: Complete guide for UK expats – Wise. (n.d.). Retrieved April 30, 2026, from https://wise.com/gb/blog/healthcare-in-portugal
4)Why Lisbon is Becoming Europe’s Silicon Valley – Benoit Properties. (n.d.). Retrieved April 30, 2026, from https://www.benoitproperties.com/news/why-lisbon-is-becoming-europes-silicon-valley/
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