2024/12/27/金
寄稿:白衣のバックパッカー放浪記
目次
シェムリアップのバス停にいる。街角にあるたばこ屋のような受付にバックパッカー達が向かって集まり始めていた。これから始まる時間は同時に終わる時間でもあって、僕たちは締切に向かって提出される書類のような存在にも思える。なぜバス停にいるかというと、陸路でベトナム最大の都市ホーチミンへ向かうことにしたからだ。理由は2つある。
1つ目は初めて東南アジアへ行った時に訪れた場所がホーチミンだったこと、2つ目はインドに安く行くためだった。一度訪れたことがある街というのは安心感がある。「定食屋さんで前食べたものが美味しかったから、今日もそれを注文する」みたいな感じで頭を使わずに心を満たすことができるのだ。そして何より物価が安い。価格が安いこと、それだけでシンガポールなんかと比べるとホッとする。
インドに向かう理由はそれはもう至って単純で「バックパッカーっぽい国」だからだ。なんとなくバックパッカーといえばインドのようなイメージもあるし、誰かに「インドに行ってきた」と言われたら、どんな経験をしたんだろうかとワクワクしてしまう。ということで次の目的地をインドに設定した。インドといっても日数に限りがあったので首都のニュー・デリーとガンジス川で有名なワラナーシに行く予定にして、間にバックパッカー3大聖地の1つのカトマンズを挟むことにした。
シェムリアップからインドへの直通はなく、一度クアラルンプールに戻るかホーチミンに行って、そこから飛行機でニュー・デリー入りするルートが良さそうだった。調べてみるとホーチミンからインドへの飛行機の方が価格が安いことが分かり、陸路でそこまで行けばなお安く済むではないか、ということで22時30分発の夜行バスを待っていた。しかし一体、安さの何がいいのだろうか?少しホーチミンの旅を通して考えてみることにしよう。
時間通りにバスがやってきて、荷物を収納した人から順番に乗っていく。どうせ硬い椅子なのだろうと思いきや、そもそも椅子ではなく2段ベッドがバスの中に敷き詰められていた。寝るためのバスを考えた時にフルフラットになる居心地のいい椅子ではなく、ベッドそのものを入れてしまえばいいじゃないかという発想が東南アジアっぽい。毛布とコンセントも付いていて結果的には今まで乗ったどのバスよりも快適に過ごすことができた。
バスの一室、乗客1人ひとりに与えられる。
さっきから度々「陸路」という単語を使っているが、実は陸路で移動したと人に伝える時誇らしい気持ちになる。日本ではできないことをしている実感が持てて、かつパスポートさえあれば隣の県に行くような感覚で他国に行ける。この経験は夏休みのような短期休暇ではなかなかすることができないものだと思う。器が小さい私のちょっとばかりの優越感。プリンの上に乗っているさくらんぼみたいな。しかも今回人生2度目の陸路入国だったのだが、1回目とは異なり、小慣れ感がすごい。「1度したことがある」が私に与える影響は見通しという安心感として感情の振幅を小さくしてくれた。他の国に行くって東南アジアの人にとっては容易いことなんだろうなと思う。
ホーチミンの歓楽街として有名なブイビエン通りに行くことにした。有名だけど東南アジア慣れしていなかった私は前回きた時には行っていなかったからだ。ブイビエン通りへは宿から歩いてすぐ行けそうな距離だった。街灯が暗い9月23日公園を抜けると徐々に人の数が増えてきた。観光地や歓楽街に人が集まるのはマズローの生理的欲求を視覚的に確認するのにちょうどいい。
到着したブイビエン通りはプーケットのバングラ通りのように1本道が伸びて、両脇にピンクと紫のネオンが輝いていた。違うなと思ったのは通りがやたらとスモーキーなことだ。チンダル現象で光の線が真っ直ぐ店内を区切っていた。なんとも妖艶な演出だ。みんな椅子に座って膨らんだ風船を咥えながら、ビア・バーのポールダンスを楽しそうに見ていた。
調べてみると風船の中には笑気という気体が入っていて、それを吸っているらしい。笑気は日本だと毒性のない麻酔として使われることがあり、痛みを取り除きリラックスをさせてくれる。国が違えばここでみんなが吸うのはシーシャだろうけど、もっと直接神経に作用するものを吸っている。夜行バスと同じアイディアだ。実際には保健省は違法としているが、どこの店も商品のひとつとして取り扱っているように見える。
歩いているだけで副流煙みたいに笑気を吸ってしまっていたためか、通りを抜ける頃には吐き気が止まらなくなった。笑気には嘔気・嘔吐の副作用があって、名前の由来は吸った患者さんが笑ったような表情をするからだそうだ。ホテルに戻ってきて、改めて見た自分の顔はどちらかと言えば青ざめていた。
スモーキーなブイビエン通り
翌日はブンティットヌンというローカルフードを食べに出かけた。ブンチャーと同じ麺である「ブン」を使ったまぜそばのような料理だ。店内に入って言葉も通じないまま、メニューを指差して注文をした。出てきた料理は多分混ぜれば良いだけなんだろうけど、どうやって食べようかと困惑していたら店員さんが寄ってきて、ジェスチャーで食べ方を教えてくれた。笑顔が爽やかな人だった。味はスイートチリソースとニンニクが混ざり合ってとんでもなく美味しい。そしてコーラとよく合う。こういうのが食べたくてベトナムに来たと言っても過言ではない。ベトナム料理はニンニクが効いているものがあって嬉しい。
お腹が満たされたので、次はベトナムコーヒーを飲むためにカフェに腰掛けた。飲んだことがあるひとなら分かると思うが、コンデンスミルクとドロっとしたコーヒーが混ざって美味しい。ベトナムのカフェで私がもう一つ好きなことがあって、Wi-Fiへのアクセスがイージーなことだ。日本でWi-Fiをカフェで使用する時には同意画面が出てきて、同意してある程度時間が過ぎるともう一度同意しなおす。この独特の作業がない。パスワードがあっても店の名前と同じだったりして、複雑なものは少ない。セキュリティーがゆるいと言われればそれまでだけど、そんなに大したものをカフェで見るわけがないので、これくらいがちょうどいい。もちろんナプキンと同じように無料だ。なんとなく生きやすさみたいなものをベトナムから感じた気がした。
ホーチミンにいる時に、友達から日本人観光客がなぜ、ホーチミンに来ているか聞いて欲しいと依頼があった。というのもホーチミンは今、世界の観光地として多くの人が訪れる都市になっている。2024年の1月から6月まで880万人、5900億円の観光収入があったらしい1)*1。前年の同期間と比較して1.3倍増加している。ベトナムを訪れる外国人数ランキングでは日本人は5位。従って、歩いていると他のどの都市より日本人を見かけることが多い印象だ。
今回インタビューしたのは3組で構成はホーチミン在住の50代男性と観光に来た20代女性、30代夫婦だ。ホーチミンの印象を聞いて共通していたことは「安い」、「ご飯が美味しい」の2つだ。物価は当然日本より安い。20代の女性も「急遽休みになったのだけど、ツアーが安かったからホーチミンに来た」と言っていた。直前でも踏み切りやすいのは安さの力だと思う。また30代夫婦は10年前にもホーチミンに来たことがあり、その時と比べてバイクの数が減って交通量が落ち着き、治安が良くなっている印象があると言っていた。気温についても35℃と高いけど過ごしやすいと2組が回答していた。
ブンティットヌン
やはり、旅において安いことは重要な要因らしい。私自身もホーチミンを選んだ理由の一つは物価が安いからであって、なんとなく安さは正義みたいなところがあった。でも本当にそうなんだろうか。安いという軸で生きることを考えると自己資本が減りにくいということが考えられる。それはつまり、知らず識らずの内に何かを続けやすくなるということに繋がっているような感覚や価値観を持っているということになろう。
では人生が短くなった時にはどうだろうか。そうなった時に高級車とか欲しいものとかを買うことにどれくらい意味があるのだろう。最後の夢は、実は昔からの夢だったりしないのだろうか?本当に大切なことは量や質を本来の価値よりも低く手に入れることではなくて、ちょっとお腹を満たしたり、Wi-Fiが使いやすかったり、思いっきり笑ったりすることなのではないだろうか。安さの先に、つまり何でも手に入りやすい環境での生活の先に本当に自分が大切なものが何なのか見つけたくてみんなここに来ているのではないか、ホーチミンは私にそう問いかける。さらに物価が安いインドに行った時に私は何を感じるのだろうか。
2024年もあっという間に終わりました。1年間、お読みいただきありがとうございました。
次回は1月10日(金)、ニュー・デリー編です。お楽しみに。
【注釈】
*1 京都の2024年の外国人観光客数は3500万人と予測されています。ベトナムの経済的な観光指標は経済にどのような影響を与えたかを考える観光収入であるのに対して、京都のデータは観光客がどのくらいお金を使ったかという観光消費額で示されていたため直接的な比較はできませんでした2)。
【参考文献】
1)1〜6月期の観光収入、ホーチミンが全国トップ [観光] – VIETJOベトナムニュース. (n.d.). Retrieved December 23, 2024, from https://www.viet-jo.com/news/tourism/240703221218.html#
2)京都市観光協会データ月報(2024年6月) | 京都市観光協会. (n.d.). Retrieved December 23, 2024, from https://www.kyokanko.or.jp/report/hotel202406#