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2024/09/24/火

寄稿:メディヴァの歴史

無人島に街をつくれー 先駆者列伝35:ファクトが描く地域医療の未来

地域の医療における、基礎自治体つまり市区町村の役割の重さは言うまでもない。自分の住まいで医療や介護を受ける高齢者を支える「地域包括ケアシステム」の構築にとどまらず、住民の健康の維持・増進は共通した重要課題である。

医療保険、介護保険の制度は全国一律で、医療制度は都道府県の管轄であるが、高齢化や過疎化の進捗度や医療機関の数により問題も解決策も異なってくる。では、肝心の基礎自治体は足元の医療体制や住民の健康状況をどこまで掌握して政策に反映させているのだろうか。医療介護の資源が足りなくなる中、優先課題を絞り込んで取り組まないと何も実現できない。まず求められるのは自らが抱えている課題を焙り出す「体力調査」や「健康診断」という市区町村は少なくない。そうした診断もメディヴァの重要な仕事となっている。

その一つが茨城県行方市である。東京都心から北東に約70km、県庁のある水戸市から南に約40km、東に北浦、西には霞ケ浦という関東を代表する大きな湖に挟まれ、総面積の4分の1は湖沼という自然豊かな土地に3万人ほどが暮らしている。平成の大合併で3つの町が統合されて生まれた自治体だ。

きっかけは2022年4月、一般社団法人の生涯健康社会推進機構における出会いだった。同機構はこの年に一般社団法人構想日本とともに「健康まちづくりフォーラム」という政策プラットフォームを立ち上げ、3月に第1回目の会合を開いた。自治体と企業が集い、一緒になって地域の健康課題の解決策を考える場である。

この会合に「健康政策とまちづくり」をテーマに登壇した鈴木周也・行方市長の頭を悩ましていたのは、病院の撤退問題だった。2000年にJA茨城県厚生連が「なめがた地域総合病院」を開き、16年の「土浦協同病院なめがた地域医療センター」への名称変更を経ながら、地域の医療を支えてきた。

ところが、19年に病棟が削減されるとともに夜間救急が廃止された。21年には残った病床(全49床)も休止状態となり、外来だけになってしまった。過疎化の進行で患者数は頭打ち、さらに大震災やコロナの追い討ちもあった。運営するJA県厚生連にとっては、傘下6病院の共倒れを防ぐための荒療治だった。

病院のダウンサイジングの果てに行方市はどうなってしまうのか。県内でも後れを取っている医療体制がさらに弱体化する不安が市民の中で募るなかで、最優先すべき取り組みは何か。鈴木市長は農協系の保険組織であるJA共済連県本部の勤務経験を持ち、市政では先進的な取り組みで知られる。病院運営にもある程度の知見があり、市民が望むような「なめがた地域医療センター」を元のように再開させることが極めて困難であることは認識していた。町の医療が抱える課題の洗い出しと解決策の策定には客観的なデータを基にした冷静な議論が必要と感じていた。

市の総合戦略策定などにも関わる構想日本を通じて、市長の問題意識を掴んでいた生涯健康社会推進機構がメディヴァとの橋渡し役となり、官民連携での地域分析が始まった。

行方市の調査事業を担当している大類麻美グループリーダーは22年7月、大石さんと一緒にはじめて現地に入った。地域医療センターの視察やセンター関係者、鈴木市長、市職員らとのディスカッションを踏まえ、地域医療の再生策を論ずる前提として、人口動向や医療ニーズはどう変わるか、さらには、住民が抱える健康問題は何なのかなどを見極める医療基礎調査に取り組むことが決まった。

納得感を持って政策作りや実践に取り組んでもらうには、裏付けとなるデータが欠かせない。近年、注目されている「EBPM(エビデンスに基づく政策立案)」のための基礎情報を提示する役回りだ。

こうした医療ニーズの把握で一般的な手法は、商用データベースを活用した診療科ごとの患者数推計だが、肝心の医療資源もアクセスも十分とは言えない行方市には適さない。地域で暮らすひとの健康状態を分析することで、潜在的な部分も含めて真の医療ニーズをあぶり出そう、と腹を決めた。

市や地域医療センターの手持ちの資料では足らず、県や厚労省などの報告書や統計資料をかき集めた。適切なデータを探し当てるのに一苦労し、大類さんらは県や厚労省に電話をかけまくり、データ項目の定義や解釈に齟齬はないかなど、丹念な確認を積み重ねたという。地域包括支援センター、地元の診療所、訪問看護ステーションなどで働く人々の意見も重ね合わせることで浮かび上がったのは、産業構造を背景にした住民の健康課題だった。

農業や漁業という一次産業が中心の地域である。街を歩くと元気なお年寄り、特に女性が目に付くが、一方の男性は生活習慣病の罹患率が全国平均より高い。体を使う仕事では飲酒や濃い味の料理が当たり前で喫煙率も高い。タバコの産地だった名残もあるのかもしれない。

中高年の特定健診受診率は近隣地域に引けを取らない。しかし、後期高齢者になると健診を受けていない住民が増え、周辺の鹿嶋市など4市の近年の受診率が13-22%なのに対して、行方市は8.2%にとどまる。日常的な受療動向をみると、高血圧や糖尿病などの生活習慣病は県平均と同等レベルでも、循環器疾患(心疾患や心筋梗塞、脳血管疾患など)や腎不全などは県平均の1.5-2倍程度と高い。また循環器疾患での10万人あたり死亡数は男女ともに県平均の約2倍となっている。つまり、健診を受けるべき人が受けておらず、早期治療の機会を逸して重症化しているとの推論が成り立つ。

医療機関が少ないうえに、公共輸送機関が乏しい車社会である。脳血管疾患での市内での受診はほぼ皆無で、高血圧でも市外が4割を占める。年を取ると自分で運転できないために通院も難しくなり、結果として後期高齢者一人当たりの医療費は県平均を下回っている。

調査結果を報告した大石さんは、高齢者を支える在宅医療や介護のインフラが不十分であることもとりあげた。在宅医療を提供する医療機関、認知症ケアや看取りをする介護事業者も全く足りていない。こうした課題を解決するには、仮に地域医療センターの病床が再開したとしても十分ではない。

報告書では、オンライン診療の活用を提案している。たしかに行方市はオンライン診療の環境が比較的整っているようだ。市内に光ケーブルが張り巡らされ、16年には関東初の市内全域を視聴範囲とするエリア放送も始まっている。これを使えば、医師と患者がオンラインでつながり、患者の側に看護師も付き添う「D-PwithN」 が導入できる。近くの公民館を活用する手もありそうだ。

また病床が休止されている地域医療センターは健康増進の場として活用できるかもしれない。センターには訪問看護ステーションもあるので活用できる。住民も一体となって既存の医療インフラを使いこなすべきだろう。

24年3月には「なめがた地域医療シンポジウム」が開催された。市民ら77人が集まり、鈴木市長や大石さんらの話に聞き入った。そのなかで、市長はメディヴァに委託し、地域医療基礎調査を実施したことを報告し、「市民の医療動向などを徹底的に調べ、市が目指すべき地域医療の方向性を明らかにするための基礎データになった」と評価した。さらに、この日のシンポについて「市民との協議のなかで地域医療のあり方を考えるスタートの場所、スタートの日とする」と宣言している。

もう一つ、メディヴァのお膝元である世田谷区での取り組みも紹介しよう。区は厚労省が進める在宅医療・介護連携推進事業に本腰を入れている。公募事業となり、メディヴァが採択された。

行方市と違って医療機関は充実しているが、人口も格段に多い。それだけに効率的な地域包括ケアシステムが実現できているかという検証は欠かせない。まずは地域包括支援センターから上がってくる困難事例報告の分析を手掛けたが、得られる情報にはばらつきもある。そこで23年から死亡小票の分析が導入された。この分析は練馬区などでもメディヴァが実施しており、その評価が高かったからだ。

死亡小票分析では、死亡診断書に基づいて作成された調査票の記載データをもとに「誰がどこで何の死因で亡くなったか」「誰によって死亡が確認されたか」を洗い出し、地域の看取りの状況を定量的に把握する。人口動態調査の基礎データである死亡小票の解析は、地域包括ケアの充実のための重要なツールになる。

これまでは定量的な要素が提示されていなかった。そのため、地域包括ケアに関わる医師会などの職能団体や自治体の目指す方向が、それぞれの問題意識の違いから嚙み合わないこともあった。一方、死亡小票分析を実施したところ、課題を定量的に示せたことで関係者の意識がまとまった横浜市青葉区のような先例もある。

今回の世田谷区での取り組みでは、区内での看取りについて在宅だけでなく病院や施設で亡くなった例も含めて分析できた。その結果、ガンや心疾患、呼吸器疾患、認知症・老衰それぞれで亡くなるまでのパターンも時間軸も違うことが確認された。

たとえば、ガンは外来や入院で化学療法を受け、緩和ケアが必要になるタイミングで在宅に移行することが多く、看取りの場所では他の疾患に比べて在宅の比率が高い。一方、心疾患や呼吸器疾患は、体調の悪化によって入退院を繰り返し、最後は入院となるケースが多い。本人が在宅医療を希望する場合は、居宅での対応力に加えて病院との連携が欠かせない。

また、同じ疾患であってもかかる在宅医療機関や入居する施設によって看取り場所の傾向は大きく異なることもわかった、これは在宅クリニックや施設それぞれの看取りへの対応力の差が影響していると思われる。

メディヴァの村上典由シニアマネージャーは「医療を優先して入院を続けるのか、自宅での暮らしを望むのかを選べられる環境を整えたい」と話す。そのためには医療機関などの情報をさらに開示する必要もある。例えば在宅クリニック、特別養護老人ホーム、病院などが、どの程度の看取りをしているのかを明確にすることは判断の助けになるし、病院の地域連携室やケアマネは患者の希望を踏まえ、適した医療機関や施設を選びだすこともできるだろう。

今後は死亡小票にとどまらず、亡くなる前にどのような医療・介護サービスを使って療養していたかを洗い出そうとしている。レセプトデータ、つまり医療や介護の保険請求内容も加味して地域包括ケアシステムの分析の精度を高めることにつながるだろう。

医療の現場を知るメディヴァは、仮説を立てたうえで分析している。データをもとに直面する課題を可視化することで具体的な解決策も浮かび上がってくる。行方市のような中小自治体も、世田谷区に代表される大都市も、それぞれが抱えている地域医療の課題は少なくない。今後は各地で実績を積んできた死亡小票の分析も盛り込んだパッケージをつくり、他の自治体の診断にも応用していくことになるだろう。

行方市でのシンポジウムのあとも、「健康まちづくりフォーラム」で自治体職員向けに大石さんが講演し、それをきっかけに自治体からの問い合わせや相談が増えている。「地域医療」「地域包括ケア」を託されている市区町村のほとんどが財源の制約も抱えている。科学的なデータを踏まえて、限られた資源を効果の高い領域に投ずることは急務であり、それだけに知見を積み上げてきたメディヴァへの期待も大きい。地域医療への支援事業でも本格的な街づくりが始まっている。