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2024/08/19/月

寄稿:メディヴァの歴史

無人島に街をつくれー 先駆者列伝33:「あおばモデル」推進の裏方として

横浜市青葉区を貫く東急田園都市線のあざみ野駅から、まっすぐ続く緩い坂道を7分ほど上がった先、中層マンションが並ぶ一角に青葉アーバンクリニックはある。訪問した平日の午後、外来の待合室にも受付にも人の姿がない。医師も看護師も出払っているのが、このクリニックの常態である。

「重い要介護状態となっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生のさいごまで」「住まい・医療・介護・予防・生活支援を一体的に提供する」。政府が掲げる地域包括ケアシステムの理想像は美しいが、第一線の医療チームが汗をかかなければ実現するはずもない。

その先進例として注目される横浜市青葉区で訪問診療の中心を担っているのが青葉アーバンである。複数の医者とナース、事務職員の総力戦で在宅医療に取り組んでいる診療所で、家族の介護力を支えるとともに、精神疾患を抱えている患者にも対応してきた。

現在の青葉区の活動の端緒は、2012年に横浜市と東急が締結した「次世代郊外まちづくり」にもとづく基本構想にある。10の取り組みからなり、その一つが「在宅医療を軸とした医療・介護連携の地域包括ケアシステム『あおばモデル』」の実現である。構想づくりは行政と青葉区医師会や介護事業者の連絡会などが、作業部会やワーキンググループをつくって進め、事務局には東急電鉄とともにメディヴァも加わった。検討作業で浮き彫りになったのが、肝心の在宅医療をしっかりと手掛ける医療機関がなければ前に進まないという現実だった。

たしかに住宅地が広がる区内に医療のプレーヤーは多いが、多くは外来が中心で、限られた患者への往診にとどまっている。そこで医師会からプラタナスに訪問診療を中心とする診療所の設立の相談があった。在宅医療の好事例として、桜新町や松原アーバンを紹介したところ、その実績や行動力に医師会は期待した。

患者視点を掲げて先進的な医療を目指してきたメディヴァ・プラタナスにとって、各地の医師会との関係はなかなか難しかった。しかし、青葉アーバンは設立の経緯もあって、医師会との息は合っている。長瀬健彦院長は青葉アーバンが在宅医療に注力することを強調し、地域の開業医との関係強化に努めてきた。現在、長瀬院長は医師会の理事にも就き、青葉区の在宅医療を推進する重責を担っている。

報酬制度の見直しにより訪問診療専門では経営が厳しいことから、19年には外来機能も持つクリニックとしてあざみ野に移った。短大の跡地にできたマンション群の一角にあり、外来のほか相談スペースを併設し、地域に「かかりつけ医機能」を提供しようとしている。とはいえ、外来は予約制で訪れる患者は週に数人といったところだ。

陣容は長瀬院長ら常勤医8人、非常勤医2人、ナース6人。精神科や神経内科の専門医もいて、小松大介取締役が切り盛りする「こころのホスピタル町田(ここホピ)」との連携も始まっている。訪問患者は540人で、施設が350人、居宅が190人。訪問先は川崎市宮前区や横浜市緑区にも広がっている。

長瀬院長らが心掛けてきたのはなるべく前に出ずに黒衣に徹することである。医師会が推進する「あおばモデル」を裏方として支える役回りだ。

13年度に出来上がった報告書では、関係者が連携して進めるロードマップが示されている。地域包括ケアシステムを確立する上での柱となる数々の事業である。すでに多職種連携クラウドモデル、つまり在宅医療に関係する人々(医師、看護師、ケアマネ、薬剤師、リハビリ、歯科医師、管理栄養士)の情報共有は進んでいる。在宅医療には組織が異なる多くの専門職が関わる。また夜間、休日であれば担当外の人や、別法人がバックアップすることもある。情報を共有していくのは自然なことだろう。

対照的に在宅患者を一時的に受け入れるバックベッドモデル、複数の医師が手を組むグループ診療モデルといった取り組みはそうはいかない。「医者が中心となったところはなかなか進まない」と長瀬院長は苦笑いを浮かべる。

たとえば、グループ診療である。在宅の考え方は医師によって異なり、世代が違うと思い込みの強さも異なる。全部自分でやるのが在宅医療という考え方もある。病院や他の診療所など頼らなくともやり遂げるという強い意思を持ち、家族やケアマネ、訪問看護師にも同じ心構えを求める。当然ながらワーク・ライフ・バランス、働き方改革を当然とする若手と相いれないし、24時間の対応をどうするのかが問題となる。

当初は自前で取り組むべきとする考えが大勢で、議論がなかなか進まなかった。また、治療方針の違いがあったり、責任の所在があいまいになったりする課題があり、医師によって他にゆだねる範囲が異なっては各自の負担にばらつきが出る。これでは地域の医療機関が連携した在宅医療も長続きはしない。

市内の他の区では、横浜市医師会の主導により在宅医同士が主治医、副主治医とし互いにバックアップをするシステムが模索されている。しかし青葉区について長瀬院長らがいち早く実証実験をしたところ、市医師会の提案通りの方法には先に挙げた治療方針の違い、責任の所在などで不具合がいくつも見つかった。このため、別な形で在宅医へのバックアップに取り組む道を選んだ。

まず構築したのが夜間休日の往診代行システムだ。睡眠や休息をしっかり取ることは診療の質向上にもつながる。そこで医師会として会員に二つの往診専門事業者を紹介し、在宅医療をする医師に入る緊急コールや臨時往診の依頼への対応を院外に委ねることを可能とした。もちろんそのためには診療を依頼するプロセスや情報共有の仕組みなどの様々な部分を医師会の求める基準と合致させる必要があったが、何とか実現にこぎつけた。

さらに一人で開業している先生も安心して訪問診療に乗り出してもらうには、病気や事故などで一時的に診療が出来なくなった場合の定期訪問のバックアップも欠かせない。そこで、新たに昨年から定期訪問代行のシステムの構築が始まった。

青葉アーバンでは新型コロナに対応して、早い段階からオンラインによる定期診療や、自走型ロボットをクラスターが発生した施設へ持ち込んでの遠隔診療など、対面でなくても必要な診療ができるノウハウを蓄積していた。長瀬院長らはこれを応用して、一定期間訪問診療ができなくなった医師会員に対しては、協力医がオンラインをベースに定期訪問診療を代行するシステムを考えた。

一般的に高齢者とオンライン診療の相性は良くないとされる。機器の操作や普段と違う診療環境への対応に難点があるためだ。しかし、青葉アーバンでの実績から、高齢者でも普段接している人が傍にいれば、何ら問題なく画面上で話が出来ることは確認されている。

クリニックで診療の継続が困難となる理由のほとんどは医師の事情であり、その他のスタッフは業務に携わることが可能な場合が多い。そこで、協力医は依頼元のクリニックの非常勤医としてオンラインで診療し、依頼元のスタッフは患者のもとに派遣して診療の補助や立ち合い、アドバイスなどをしてもらう仕組みにした。こうすることで休院中のクリニックでも雇用は継続され、収入が保証されることになる。顔なじみの看護師がそばにいて、パソコンなどを使ってくれるなら高齢の患者でも安心だろう。今年4月から運用を始めたが、幸いにもこれまでに利用はない。

在宅医療をあらたに始めてもらう人を増やすことも急務だ。「大変そうだ」「外来で手一杯」という先生たちの意識改革が欠かせない。このために、医師会としてスターターキットの準備を進めている。多職種連携のやり方や在宅医療に適した電子カルテの導入方法、必要書類等をまとめたものとなる。

バックベッド問題の解決に向けて青葉アーバンには心強い援軍もできた。区内にある134床のたちばな台病院の運営を24年6月からメディヴァ・シーズワンが引き継いだ。17年から事業再建計画の策定などで支援してきたクライアントの抜本的な再生が狙いだ。医療法人の理事には長瀬院長と飯塚以和夫事務長が名を連ねている。

たちばな台病院は年間に救急車を1500台も受け入れ、救急医療では大きな役割を果たしてきた。一方で地域とのつながりは薄く、住民が気軽に訪れる関係が構築できていなかったという。

これからは在宅医療のバックベッドとしての役割が期待される。患者の意識も変わり、日ごろは在宅医療を受けていても何かあったときには入院し、回復したら自宅に戻るというサイクルが受け入れられるようになっている。こうした在宅患者にマッチした病院ということだ。高度急性期病院からの転院(下り搬送)にも対応でき、大病院と居宅をつなぐ医療施設という性格を持つ。

たちばな台病院にはシーズワンから常勤2人が入り、企画部門で今後の病院像を考えている。コンセプトは、青葉区の地域包括ケアシステムを支えるコミュニティ&コミュニティホスピタル(CCH)だ。培ってきた救急や専門医療に加え、総合診療や在宅医療の機能を整えていく。これまで青葉アーバンが周辺の病院と幅広く連携してきたなかで入退院に苦労したケースもヒントにして、院内の体制整備を始めている。

在宅医療が中心の青葉アーバンだが、地域の人々が健康なときから日々のつながりを深めていきたい思いもある。そこで院内の相談スペースに店開きしたのが「よってこ」だ。ようこそ、ちょっとついでに、てぶらで、ここで待っています、から一文字ずつ取った。人手に限りがあるため、原則として週の半ばの午前中だけだが、井上香副事務長は「気軽に健康のことを相談するような場にしたい」と話す。内装はすべて車いす対応のフラットな仕様で、隣の待合室との仕切りをはずせば、広いスペースが生まれる。

最近始めたのが、毎月の無料料理教室である。移転した際にIHクッキングヒーターまで備えたものの、直後のコロナ禍もあり宝の持ち腐れだった。高血圧や糖尿の人のための栄養指導などを考えていたが、患者宅を訪問すると、妻が倒れたことでしっかりとした食事をとっていない高齢の夫を目にすることが少なくない。そこで料理の腕を付けてもらおうと考えた。

料理人の講師が基礎から手ほどきし、持ってくるのはエプロンのみ。7月は夏野菜カレー、8月は焼きそばと中華スープと月替わりの献立に挑戦し、10人ほどが真剣に料理に取り組んでいる。また、20年から「認知症の人にやさしい街プロジェクト」を始めたあざみ野商店街の活動にも一緒になってかかわっている。

「ケアマネや訪問看護師の勉強会、医師向けの講習会での講師も引き受けている。摩擦も起こさず、これまで地味に地味にやってきた」という長瀬院長だが、結構存在感のあるクリニックである。