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2023/12/25/月

寄稿:メディヴァの歴史

無人島に街をつくれ ー 先駆者列伝16:始まった4年間の総力戦

横浜港に停泊した大型クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」で新型コロナウイルスの集団感染が発生し、感染拡大への恐怖に私たちが慄いてから4年が経つ。社会に深い傷跡を残したコロナ禍は、患者視点の医療改革を掲げ、未知の領域への挑戦を厭わないメディヴァやプラタナスの真価が試される場となった。

20年4月7日、東京、神奈川など7都府県に緊急事態宣言が出され、日本社会は凍り付いた。それに先駆けて、3月には用賀アーバンクリニックで発熱外来がスタートしている。不安に揺れる地域住民を考えての決断だった。しかし、全国で院内感染が報じられだした時期とあって、1日の来院者はそれまでの200人が100人以下に。とりわけ子供の患者が激減して小児科を閉じたほどで、20年4月からの1年間は大赤字となった。用賀アーバンクリニックの事務長を務める浅野悠さんは「このままではクリニックが潰れるのではないか」という思いに駆られたと振り返る。プラタナスの稼ぎ頭だったイークも20年4、5月は休診に追い込まれている。「健診で新型コロナに罹るのではないか」との受診者やスタッフの不安に配慮してのことだった。

それでも新型コロナに立ち向かうことで経営の立て直しを考えるのは、当然の展開だろう。松原アーバンクリニックの事務長林佑樹さんは、国も自治体も手探り状態だった頃、何がやれるのかを真剣に話し合ったのを思い出す。結論は、新型コロナは医療問題であり、それならば自分たちにできることはあるというものだったという。世の中の多くのクリニックは新型コロナ患者を避けて、発熱者は診なかった。しかし、プラタナスの各クリニックは積極的に診ることにした。社会のニーズは大きい。期待される役割を果たすなかで、収入を取り戻そうという思いだった。

その一つの取組みが、4月から始まったオンライン診療だった。対面診療が大原則という姿勢を頑なに守ってきた厚労省も「緊急時の時限的措置」として新規の急性期の患者も含めてオンラインや電話、ファクスでの診療も認める方向に転じたからだ。その背景には大石さんも医療・介護ワーキンググループの座長として加わっている政府の規制改革推進会議による強い働きかけがあった。

では、直ちにオンライン診療は始められるのか。林さんらが調べてみると、システムとオペレーション構築に通常なら3ヶ月はかかり、これでは溢れるコロナ患者に対応できない。そこで、短時間で対応できる仕組みを独自で考え、予約管理、ビデオチャットツール、決済システムなどすでにあるシステムを組み合わせた業務フローを作成した。「緊急時の時限的措置」の通達から1週間ほどでの突貫作業である。

当初のオンライン診療は検査結果を知らせて、その後の治療方法などを指示する限定的なものだった。画面越しでの問診など未経験で手探り状態だったからだ。とはいえ、実績を積むうちに対面の補完にとどまらず、しっかりとした診療もできる手ごたえを感じていた。

並行してPCR検査を簡単に受けてもらえる環境づくりにも取り組むことになる。用賀アーバンクリニックの場合、当初は施設内での検体採取は感染のリスクがあるとして区内の検査施設を案内していたが、これでは手間取るうえ患者の負担も軽くない。ならば自分たちでやるしかない。発熱外来で感染が疑われた人には検査キットを渡し、自宅で唾液をとってもらう。そのキットをクリニックのスタッフが自転車で回って回収した。

ワクチン接種は用賀や桜新町のアーバンクリニックなど外来を持つクリニックで21年夏ごろから実施した。外来時間だけでは期待に応えられず土曜の午後や日曜の午前、午後も使った。21年7月から8月がピークで、一日で252人に接種していた。「毎日、射ちまくっていた」(浅野事務長)というのは誇張ではない。

以前からつながりが深かった世田谷区から助勢を求められるようになったのは、この頃からだ。その一つが酸素療養ステーションである。16ベッドを備え、重症化しつつあっても入院できない人を受け入れた。メディヴァと用賀アーバンクリニックが医療部門を担当し、365日24時間体制での業務を支える看護師や医師をスポットで集めた。

さらに無症状だが検査を希望する人も増えた。こうした住民が発熱外来に押しかけたらパンクしてしまう。そこで区はPCR検査バスを用意し、関東中央病院の前の公園に並べて仮設の検査所にし、用賀アーバンクリニックに運営を委託した。移動しないならバスである必要はないと思えるが、行政はとにかくやれることはやるという姿勢だった。22年2月から3月までと短かったが、2000人が訪れた。風が吹くと土埃が舞い、雨が降るとぬかるむ悪環境での検査業務を支えた。

浅野さんが中心となって行政との連携を進めたのと並行して、林さんらは職場でのワクチン接種という新たな試みに挑戦していた。

最初に考えたのは自治体での事業受託だ。メディヴァがコンサル企画、プラタナスが接種、イベント運営で経験のある凸版印刷が受付回りという三社連合で提案したものの、受注にはつながらなかった。自治体から「内容は良い」とされたが、ちょうど持続化給付金事業で受注した法人が業務を電通に丸投げした問題が表面化し、企業が受託し、医療機関に再委託する形への発注には慎重な時期だった。

この時の机上シミュレーションが職域接種で生きる。どうにかしてワクチン接種を増やしたい政府は、企業など職域での実施を強力に推進することになる。では、企業は本当にやる気があるのか、できるのか。会社にコネクションを持つ産業保健チームや健保チームが担当者に直接接触して意向を確認した。多くの企業でニーズは高かった。

それでなくても足りなくなっている医療者の確保がカギだったが、現有のメンバーは発熱外来などで手いっぱいだ。このためメディヴァ、プラタナス総がかりで友人、知人にあたり、医師や看護師を集めた。いつもは産業保健を担当しているメディヴァの保健師も看護師資格を活かして接種に協力する、非免許職は現場のオペレーション設計や監督を担当するなど、社員それぞれが自分の得意分野で力を発揮し、インターンまで動員された。職域接種は21年6月から22年末まで続き、最終的に東急グループや保険、メーカーなど20社ほどの8万人に接種できた。

(つづく)