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2023/12/04/月

寄稿:メディヴァの歴史

無人島に街をつくれ ー 先駆者列伝15:寄り添いながらメタボ減らし

近年、お腹回りが気になる筆者にとっては、何とも耳が痛い取材となった。訪れたのは前回紹介した産業保健チームとともに保健事業部に属す健保チーム。目指しているのは健康保険組合と連携してのメタボ減らしである。

2008年、国は40歳以上の加入者への「特定健診・特定保健指導」を実施することを健保組合に義務付けた。偏った食生活や運動不足、タバコ、酒などが引き起こす生活習慣病を少しでも減らすためだ。内臓脂肪の蓄積により腹囲が男性で85センチ、女性は90センチに達したメタボ体型は、生活習慣病リスクのバロメーターである。

以前は成人病と呼ばれ、年を重ねると避けられない印象もあったが、その背後に潜む要因から生活習慣病と呼ばれるようになった経緯がある。死因の上位を占めるがんや心臓病、脳卒中などは長年の生活習慣が原因となる。高額医療費はただでさえ苦しい医療保険財政を圧迫する。発症すれば当人は長期の闘病を強いられ、職場は戦力ダウンが避けられない。日ごろの暮らし方を改めることで防げたなら「三方よし」。これほどいいことはない。

健保チームの仕事は、健診で腹囲や肥満度指標BMIが基準を超え、さらに血糖値や脂質、血圧の数値でリスクの高い対象者を対象に、食事の摂り方、運動・活動量、日々の過ごし方などを一緒に見直すことを通じてメタボ改善につなげることだ。契約先の健保や会社との連携プレーが重要となる。

メディヴァにチームが結成されたのは2007年。5年前に医療職以外では4番目の社員として入り、現在は執行役員の安宅雅美さんら総勢5人での旗上げだった。翌年の制度化をにらんだ急ごしらえの組織と思われそうだが、実は医療現場での健康指導のノウハウを積んだことが背中を押した。

きっかけは、2005年に経済産業省のかかりつけ医支援事業として取り組んだクリニックの外来栄養指導支援サービスに遡る。医師は生活習慣病を診断・治療したり、薬で抑えたりすることはできるが、栄養学などの知識が必要な生活指導まで求めるのは難しい。一方、管理栄養士が親身になって「揚げ物は減らさないと」「飲み会は減らして」と話せば話すほど、押しつけがましいと反発を買うこともあり、これでは生活習慣の見直しには結びつかない。そのうえ、クリニック程度の規模で管理栄養士を一人雇うほどの需要はない。メディヴァでは管理栄養士をプールし、生活習慣を改善する有効なプログラムを構築し、クリニックでの栄養指導業務の受託を目指した。

経産省の事業の成果として行きついたのが、「寄り添い型プログラム」だった。患者に負荷を掛けず、上から目線ではなく、コーチング的な対話の中でヒアリング、アセスメントをして、各人の生活習慣、価値観にあった支援を提供する。面談での「気づき」を重視し、一方的な禁止や制限はせず、管理栄養士や保健師は伴走するコーチ役に徹する。一方的に「こうしたほうがよい」ではなく、対象者が「達成したいこと」を元に「行動を変えればそれが実現できる」と本人に納得感のある伝え方、継続した励ましが大切だ。これが現在までも続く「寄り添い型の保健指導」の原型となった。指導の効果は上がり、投薬不要になった人もいたほどだった。だが、クリニックが相手だと需要も限られ、ビジネスモデルにはなりにくい。

そこに追い風が吹いた。2007年に決まった翌年からの「特定健診・特定保健指導」の義務化である。用賀、桜新町、松原とアーバンクリニックの輪が広がりだした時期に、対象者の「未来の健康をサポートする」新たな街づくりの芽がもう一つ頭をもたげた。

とはいえ、他の街づくりと同じくゼロからのスタートである。健保組合は特定保健指導の実施率が後期高齢者支援金の加算や減算に影響する仕組みとなった。2007年中に特定健診・特定保健指導制度の実施計画作成が義務付けられていた。これなら市場が生まれるはずである。問題は、どうやってリーチするか。メディヴァは健保組合との付き合いもなく、営業部隊と呼べるものは存在しない。

その時「一緒に営業しよう」と言ってくれたのが東急不動産グループで福利厚生サービスを手掛けるイーウェル社であった。「将来的には企業は福利厚生にはお金を出さなくなる。これからは健康と教育だ」とイーウェル側も戦略的に動いた。特定健診の手配や代行はイーウェルが、実施計画づくりと特定保健指導は我々が提供し、健保組合に一気通貫でサービス提供をすれば、喜ばれるに違いない。そんな目論見である。

メディヴァはコンサルティング会社なので、実施計画つくりには自信がある。イーウェルがコンタクトした健保組合に対し、実施計画を作成しながら、特定健診、特定保健指導のサービスを提案する。はじめは大手企業の健保向けの営業は難しく、安宅さんはイーウェルに詰めて、提案・見積書を何度も書き直し必死で仕上げた。

営業する中で一部の健保組合からトライアル的な保健指導を受注できた。クリニック内で生活指導をするのではない。未病の人が対象なので対象者は、「病態」ではない軸でセグメンテーションしなくてはいけない。クリニックでの外来栄養指導をアレンジして対象者の「知識」と「関心」の二つの軸で仕分けし、各領域別のアプローチをとることにした。知識は豊富だが、やる気の無い人と、やる気はあるが知識が間違えている人への話法は異なる、ということだ。

さらに現場を回ると色々なことが分かる。検査の数値が高くても日々の暮らしに支障がなければ、食事制限などご免こうむりたい人は少なくない。医師から言い渡されたならまだしも、健保組合からの指示では「仕事が忙しい」と放り出し、管理栄養士との面談に至らないことになる。では、事業主、つまり会社の人事部門と連携すれば、と考えた。

健保組合の理事長は人事担当役員が兼ねていることが多い。会社から受けるように指示を出してもらい、就業時間中に保健指導が実施できれば歩留まりは劇的に良くなる。「どう実施するか」などの運営に関するノウハウを試行錯誤のなかで会得し、その蓄積で業務フローを設計した。保健指導は、対象者の予約も含めて当方が全て請け負う。これで健保組合の手間は減るので、非常に喜ばれた。

トライアル実施の報告をすると、当初特定保健指導を「国から押し付けられたもの」として効果に懐疑的だった健保組合も意義を実感してもらえた。しかも対象者の満足度は高く、ほとんどの人には何らかの効果があり。翌年には脱メタボする人もいた。

2008年には本格的に保健指導が始まった。効果を分析し、報告することによる健保組合の満足度を実感した。健保組合の中には厚生労働省に評価され、ベストプラクティスとして発表されたところもあった。特定保健指導の対象者は40歳以上であるが、そこからのスタートでは遅い。生活習慣が悪化する30代から始めないと、と対象範囲を拡大する健保組合もあった。

このノウハウを使って、未病の人だけでなく、既に生活習慣病を患っている人を助けられないか。例えば重度糖尿病の人が透析になるのを食い止めれないか。「寄り添い型」の保健指導は重症化予防にも効果を発揮している。

効果的な指導をするうえで重要なのが管理栄養士という食事のプロ集団だ。競合他社は登録管理栄養士で事業を回していた。だが、管理栄養士にしっかりとした教育を施し、日々対象者と向き合えるプロ意識を持ってもらうことは登録方式では実現が難しい。正社員としての採用で充実を図ることにした。管理栄養士の多くは、フリーランスのほか医療機関や施設での献立作成、食事の管理といった仕事に就くか、食品メーカーなどに勤めている。資格を生かし切れていない人も含めて、安心して働き、学び、成長できる職場を提供すれば質の高い「人財」が集まり、サービスの高品質が保てるという判断だった。業界では、専門職の正社員採用にここまでこだわっているのはメディヴァくらいだ。

新年度に入って職場健診があり、その結果をもとにした実際の指導は秋口からという傾向から、4月から夏休み明けまでは保健指導のオフシーズンとなる。人件費を浮かしたいなら契約社員や業務委託という手もあるが、その道は選ばなかったことが後々プラスに働くことになる。

先輩や同僚と専門知識や事例を共有して、保健指導スキルを高め合えるだけでなく、健保組合や事業所担当者との対応の仕方も実践で学ぶことができる。解決が難しい課題については、専門職同士だけでなく安宅さん、後藤秀之マネージャーや他のコンサルタント、事務局メンバーも交えて、解決策を探ることができる。同じオフィスで働く仲間ばかりなので打ち合わせの機会は多いし、保健指導が少ない時期ならじっくりと話しあえる。ここには、対象者を健康にしたいという同じ想いを持った「チーム」が存在した。

外来栄養指導での経験から、保健指導の効果や満足度を考えて支援対象者には専属の担当がつくようにした。指導の度に支援者が変わることはなく、一対一の関係が築ける。生活習慣病への知識は豊かなのに、自分の生活習慣への関心が低く他人事でしかない人もいれば、知識も関心も高いことで逆にストレスをためている人など十人十色。それだけに面談を通じて対象者の個性を知ることが重要になる。信頼感とともに付かず離れずの節度ある距離感が大切である。「この管理栄養士と話をしたい」「成果を出して一緒に喜んでもらいたい」と対象者の方も思ってもらえるようになれば成功だ。こうした知見は常勤社員の集団でないとなかなか蓄積しないし、後進に伝わらないものだろう。

特定保健指導プログラムは、対象者のリスクの数で面談数回に電話やメールでのやり取りと評価を行う「積極的支援」、個別面談と評価のみの「動機付け支援」など厚労省が定めた方式に則って用意され、支援期間は3か月以上と定められている。メディヴァで実施した積極的支援では7~8割程度、動機づけ支援でも6-7割の人が腹囲、体重とも改善する。支援を受けた対象者の満足度も高く、途中で脱落する人がほとんどいないことで健保組合から高く評価されている。いまでは年間1万人を超える人の健康を支えている。

管理栄養士、保健師が8割以上を占める健保チームのほとんどは女性である。現在はこのうち10人が育休中。正社員として安心して出産、育児ができ、復職が当たり前という環境に支えられ、退職者が極めて少ない職場となった。

新型コロナ発生期には業界内でいち早くオンライン面談を開始した。在宅でも安全にWEB面談を実施するための環境が整い、社員の働き方も改善された。とは言いつつ、リアルで集まる場も必要である。事業の拡大とともに、昨年オフィスは三軒茶屋に引っ越した。メディヴァが本格稼働して以来、初めて用賀から離れてオフィスを構えたことになる。隣の産業保健チームとの連携で、働く人に向けた新たなサービスを生み出すことも期待できる。街の進化は続いている。