2019/10/12/土

医療・ヘルスケア事業の現場から

アジアの高齢化問題に日本の知見をーアジア健康構想に関する調査よりー(3)

海外事業部
コンサルタント 鮑 柯含
前回のブログでは、海外での地域包括ケアシステムの作り方について紹介しました。今回は、地域包括ケアシステムの実現のために、欠かせない海外からの介護人材受け入れに着目します。
国際的な介護人材還流
日本は、2025年までに介護人材が55万人 (※)不足すると推測されています。日本における介護人材の確保施策の一つは、「海外からの介護人材受け入れ」と考えられています。日本が海外から介護人材を受け入れることは、今後、高齢化が進むアジアの国や地域にとっても利点があります。
なぜなら日本は、アジアの国の中で最も高齢化が進み、エビデンスに基づいた介護の実施や介護専門職の教育プログラムの経験を有しています。日本の介護の現場で得られる技術や経験は、将来的に出身国の介護を支える人材を育てることにつながるからです。海外からの介護人材の受け入れは、「現在の日本の介護人材不足の解消」と「将来の海外他国の介護人材教育」の相互的な利点があると考えられるのです。
日本においては、平成29年11月より技能実習法に新たな技能実習制度として介護職種が対象職種に追加され、介護職種の受入れが始まっています。ただし、アジアの介護人材獲得に向けて、すでに活発に動いている他国もあり、日本は出遅れているのが現状です。
図表1 国際的に介護人材還流マップ

出所:メディヴァ調査・作成

※出所:厚生労働省,「第7期介護保険事業計画に基づく介護人材の必要数について」平成30年5月21日
今後、日本がアジアから介護人材を多数受け入れるためには、更なる工夫が必要です。また、介護分野での受入れにあたっては、技能実習制度に共通する課題のみならず、介護分野特有の課題への対処が必要です。
それらの課題および解決するための要素を明確にするため、本調査では、以下の「3つの視点」に大別し調査・整理を行いました。
(1)日本語教育の視点
(2)日本の受入れ体制の視点
(3)介護に関する業務理解の視点

(1)「日本語教育」の視点
介護の技能実習生の受入れに当たっては、入国時に日本語能力試験にてN4レベル、また入国1年後にはN3レベルの日本語能力という要件が求められています。そのためには、入国前の日本語教育、入国後の日本語教育、それぞれの質の確保が不可欠となります。
しかしながら、現在国内外で日本語教育機関の質を評価する統一された仕組みがなく、受講する側にとって必要な情報が不足しているのが現状です。そこで日本語教育の質の向上と見える化を目的とし、優良な日本語教育機関を認証する仕組みの検討を行いました。また、現在国内で運用されている、日本語能力を評価する試験は、介護現場で必要な能力と乖離しているという指摘があり、介護分野に特化した新たな日本語テストの評価、審査体制に関する検討を行いました。
本調査により、日本語学習の好事例おいては、教育者が学習者に合った内容を提供していることや、学習者に対して自律学習を促し、学習者も自律学習を習慣としている、といった共通の要素がみられました。
そして、現在利用が広まっているe-learning等のウェブツールをうまく活用することで、上記の共通要素の実施を補完することができ、日本語能力の向上が期待できます。その中には、日本介護福祉士会では、厚生労働省の委託を受け、介護職種の技能実習生の技能の修得等が円滑に図られるよう、「平成29年度介護職種の技能実習生の日本語学習等支援事業」の一環として、技能実習生の入国前および入国後の日本語を支援するために、「にほんごをまなぼう」というサイトを開設するなどの取り組みが進められています。
(2)「日本の受け入れ体制」の視点
技能実習生が来日後、現場で円滑に働けるためには、日本語教育以外にも、介護教育、生活環境の整備、地域社会における交流活動などが欠かせないと考えられています。現時点で来日している介護分野の技能実習生は少ないですが、既に日本語取得や現場定着の好事例が見られています。好事例の共通要素および今後想定される課題を解明するために、受け入れ施設7箇所で、施設側と技能実習生に対して、ヒアリング調査を実施しました。
調査を通して、円滑な技能実習生の受入れのために実践している有効な施策として、以下の要素が挙げられました。
A.支援のためのチーム体制の構築
技能実習生の受入れには、日々関わっている現場職員の理解とサポートが欠かせません。受入れにあたっては、受入施設の管理者および現場リーダーに受入れの経緯および法人方針の理解と共感が必要です。また、現場職員の多くは、初めて外国人と一緒に働くことになるため、技能実習制度の内容や目的、法人・施設として受入れの背景と意味、外国人に対する関わり方や文化の違いについて説明し、積極的な受入れ環境を整備していく必要があります。
図表2 望ましい受入体制
出所)メディヴァ作成
また、現場におけるサポートでは、インフォーマルな支援体制の構築も有効です。

B.現場スタッフとのコミュニケーションの機会の設定
配属当初は、現場スタッフと円滑に業務を進めるために、仕事以外の時間も利用してコミュニケーションを取るケースもあります。調査事例の多くは、ランチの時間を利用して一緒に食事する、あるいは定期的な夕食会を開く等の工夫をしています。また、同国出身のスタッフがいる施設では、最初の一定期間に現場スタッフと技能実習生の間に入り、言葉の細かいニュアンスを伝えたり、誤解が生じないようにサポートしたりする事例もありました。

C.介護教育、業務支援体制の構築
介護についての教育は、入国前後の講習にて実施されますが、実習が始まってからは、実際の利用者との関わりもあり、実践的な教育が求められます。
介護業務についての教育は、座学から段階的に教育し、実践で模擬体験に移す教育プログラムを実施しています。対人支援は、利用者の状況に合わせて実施する必要があるため、手順としての教育ではなく、プロセスの根拠を説明しながら教育していく必要があります。
そして、技能実習生が来日し介護の仕事に従事するにあたっては、実習生それぞれの目標や達成したいゴールもあるため、業務達成目標は、施設側の都合だけで決めていくのではなく、実習生本人の考えを反映させることによって、より主体性を持たせることができます。業務達成目標は、本人と技能実習指導員間で話し合って設定し、本人が達成すべきことと施設側が習得、達成してほしい業務やレベルについて、相互理解して進めます。

D.生活環境に関する体制整備
技能実習生が安心して働くためには、まず住まいの確保と生活環境を整えることです。多くの事例では、勤務先に近い場所の寮を提供し、家電や家具などの必要な生活用品を準備しています。移動の手段として、自転車を支給したり、通勤バスを用意する事例もあります。また、日本語が上達しておらず、日本の商品にも詳しくない最初の段階には、買い物に同行していた事例もありました。

E.文化的理解と地域における交流
文化の相互理解は、技能実習生を受入れるにあたっての前提であるという意見がありました。まず、技能実習生を一労働者として捉えることではなく、「留学生」「今後日本・アジアを支えていく人材」としての視点を持ち、彼らを尊重する姿勢が大事です。
また技能実習生にとって、日本の文化を体験したり、地域のイベントに参加したりすることは、日本文化への理解を深める機会となります。同時に、現場の職員や地域の方々が、実習生の出身国の文化への理解を深めることもまた有用と言われています。調査事例では、施設に技能実習生の出身国の物を飾ったり、お祈り・食事への配慮をしたりする好事例もありました。

一方、受入事業者が懸念している点もありました。
図表3 今後の懸念点
出所)ヒアリングを基にメディヴァ作成
以上の課題があり、そして受入れを実施している事業者は中小規模の法人である場合が多く、十分な体制や人的資源を投入することは難しいことが想定できます。このような状況を改善するために、地域で複数の事業者が協力して受入れや教育体制を作る「地域コンソーシアム」が望ましいと言われています。

(3)介護に関する業務理解の視点
介護分野での人材還流の候補となる多くのアジア諸国においては、まだ高齢化が進展していないとともに、高齢者サービスも普及していない国や地域がほとんどです。。そのため、介護に対する業務の理解が乏しく、イメージと実際の業務におけるミスマッチが起こる可能性があると考えられます。このようなミスマッチを避けるためには、日本で行われている実際の介護業務についての理解を深めるような内容を発信するとともに、介護人材として求められる能力や特性についても示す必要があります。また同時に、条件についても、総支給額や保険料、生活費の考え方の違いによって、事業者と本人との間でのトラブルに発展する可能性があります。
そのギャップを解消するために、技能実習生を募集する際に、少なくとも以下の情報が必要です。
図表4 送出機関、来日前後に技能実習生が求める情報
出所)ヒアリング結果を基にメディヴァ作成
終わりに
今回の調査を通して、介護事業者は技能実習生の受け入れにあたって、多くのコストを投入し、様々な工夫を実践していることがわかりました。技能実習生の受け入れはマイナス面や負荷がかかるというだけではなく、受け入れをきっかけに、現場の活性化に繋がったという事例もありました。技能実習生を支えるために、組織を横断したコミュニケーションが多くなり、また同じ目標に向けて努力することは、組織力の向上に繋がっています。そして、技能実習生の中では、「労働」や「給与」というよりは、「高齢者が好き」、「今後自国の課題を解決したい」、「技術を取得したら多くの人に伝えたい」という情熱や目標を持った人が多くいました。今後、そのような人材を受け入れるのに、さらに日本の魅力や日本的介護の発信が必要と考えられます。
介護の技能実習制度は始まったばかりで多くの事例はありませんが、その中でも企業単独型、団体監理型の双方で、実習生が帰国した後も自立支援に資する介護分野で職を得ることができる循環型を目指している事例もあります。このような好事例や成果を内外にPRすることにより、更に多くの事例が増えることが期待されます。

執筆者:鮑 柯含│Kehan BAO
株式会社メディヴァ コンサルタント。中国上海出身。中国華東理工大学ソーシャルワーク学科卒業後に来日。日本女子大学、精神科ソーシャルワーカーについて研究。医療と社会福祉の円滑な仕組みを構築し、高齢者事業を中心に中国と日本の双方に貢献したく、2015年に入社。 入社後、日本の経験を活かした海外での健診センター、高齢者事業の設立などを担当。