2019/07/21/日
医療・ヘルスケア事業の現場から
江原 修司
当社では病院、診療所、介護事業者、行政機関などに対し、多岐に渡るコンサルティングを行っています。今回は診療所における大幅な業績改善事例を、その過程の施策とともにご紹介します。
目次
当該診療所は東京23区内にあり、少子高齢化に伴う人口構成の変化は、全国の中においては比較的緩やかに推移しています。主な診療科は総合診療、整形外科、リハビリテーションです。周辺の診療所は世代交代の時期にあり、改廃が立て続いて行われています。
支援前後における患者数は次の表の通りです。「前」と「後」の間は1年です。総合診療を中心に、短期間で大きく増患したことが分かります。損益について支援前は月間数百万円の赤字を計上していましたが、支援後は単月で黒字化しました。
診療科 | 単位 | 支援前 | 支援後 | 増減 |
総合診療 | 名/日 | 21.2 | 34.9 | +13.7 |
整形外科 | 名/日 | 10.5 | 17.7 | +7.2 |
リハビリテーション | 名/日 | 22.9 | 26.9 | +4.0 |
合計 | 名/日 | 54.6 | 79.5 | +24.9 |
ここからは実際に行った支援の内容を、大きく5つのポイントからご説明します。
支援を始めた早い段階で、当社と関わり合いが深かった医師が新院長として着任くださいました。新院長は極めて研究熱心であると同時に、お一人お一人の患者さまに真摯に向き合われる方です。また熟慮の上やると決めたことには、強い責任を持って進めようと努力されます。
当該診療所で提供される診療の質は確かなものでした。そこで事実を率直に伝えるプロモーションを通じ、十分な効果が得られるものと考えました。実施したプロモーション施策は以下の通りです。
・ホームページのリニューアル(スマートフォン対応とした。)
・facebookや、ホームページのブログを活用した定期的な情報発信
・健診・予防接種の企業への訪問営業
・地域住民向けの健康指導セミナーの実施
・接遇勉強会の実施
・介護事業の新設(通所リハビリテーション)、拡張(訪問リハビリテーション)
・地域ケアマネジャーへのあいさつ周り
・自費診療メニューの拡充及び配布用資料つくり
Webを使用したプロモーションは当初の製作費は発生しますし、定期的なアップデートをするのには労力もかなり掛かりますが、リニューアル後の来院患者さまによるアンケート結果を鑑みると効果的であったと言えそうです。
訪問活動には医療従事者は比較的苦手意識がある場合が多く、日々の診療の中で時間を見出すことも難しいですが、他院も同様の事情を持っており訪問活動は行っていない場合が多いため、粘り強く実施した結果、まとまった健診や予防接種を獲得することができました。
当該診療所は建設から数十年経過しており、元々は別用途であったため建物上の不具合が発生することもありますし、設備が整っているとは言えません。そのため物品や医療機器の購入または買い替えの判断を求められる場面が多くあります。
判断に際しては、買いたいものの費用対効果を重視しました。収入を生む検査機器である場合には、検査頻度の予測を既存患者さまの中から対象者を選定して収入予測を行い、効果が得られると考えられる機器のみを購入しました。収入が見込めない物品については足元の損益状況を関係者間で共有し、黒字化後に購入する合意形成を図りました。
また職員の増員希望も同様に考えました。注意すべきは直接的に収益を生めない事務職員です。事務職員は診療所経営には無くてはならない存在ですが、収入の規模に見合った人数である必要があります。
当該診療所ではリハビリ部門にて事務職員の増員希望を受けましたが、その時点でリハビリの事務として1名常勤職員がおり、別で在籍する会計の2名の常勤職員も合わせると当該診療所規模だと十分な人数だと考えられるため、経営面から見ると増員は困難です。
さらに増員希望の背景を詳しく探ってみると、リハビリ責任者とリハビリ事務職員間のコミュニケーションが希薄であり、十分な人間関係が作れていないことが要因になっていたようです。
職種間のコミュニケーションが希薄になる傾向は、さまざまな医療機関さまにおいて見られることです。後述(5)のように、コミュニケーションの機会を作る必要があると認識しました。
最初に計画(予算)を立てました。その上で毎月計画(予算)と実績を比較し勘定科目ごとに差異要因を把握した上で、リーダーを集め対策について議論をしています。継続して行うことで今後計画未達時に常に改善策を考える行動パターンが全員に浸透することを期待しました。
また計画を立てる過程では職員全員から施策案を募集し、実現できそうな施策について計画に盛り込みました。結果として立てた計画に対し一部職員は主体性を持てるようになっているように感じます。この取り組みを継続することで、全職員が主体性を感じられる診療所運営となる方向に向かっておられます。
支援前には、職員が職種をこえて集まり、話をする場がありませんでした。それも一因としてか診療所内では職種間のコミュニケーションが希薄であり、協力依頼や業務調整に課題がありました。
例えばリハビリ前にバイタルチェックをするのはリハビリ助手の業務でしたが、当人が有給休暇を取る際に診察室内の看護師、検査技師にその日のみバイタルチェックの代行を願い出たところ拒否をされる出来事がありました。その時点で看護師、検査技師の業務量には余裕があり、客観的に業務量を理由として拒否されるべきではないと考えられました。
このような出来事は日常茶飯事であり、協力して良い診療所を作るなどの目的意識が共有されていないことが一因と感じました。
従って、まずはお昼の休憩時間を活用し、月1回全員が集まり、業績や共有すべき事項、協力依頼を話し合う場を設けました。まだまだ会の運営については改善の余地を感じますが、1年継続する中で、職種間の協力はスムーズになってきたようです。
また別途週1回、リーダーを集めたミーティングを診療後に実施しています。
この場で実行中の施策の進捗を確認しています。全ての施策が思い描いた段取りで進むことは基本的になく、想定外の出来事は発生します。リーダーミーティングでは、想定外のハードルをどのようにクリアするかを議論し、対策を検討し、参加者全員で共有します。
今回は、特定の診療所さまにおける改善事例を見てきました。
振り返ってみると、特別な事柄は行っていないようにも思われます。自信を持って提供できる診察に加え、地域に医療ニーズがあれば、当たり前と言える施策を忍耐強く実施することが改善に繋がるのだろうと感じました。
また特筆すべきは、改善効果が定量的に見えてくるにつれ、職員の皆様が前向きになり、次の改善活動をスムーズに進められるようになったことです。
今回の出来事は、多くの一般的な診療所において、取り組み可能な施策だと考えますので、まずはじめてみることが重要だと再確認するきっかけとなりました。
執筆者:江原 修司
株式会社メディヴァ コンサルタント。神奈川県出身。早稲田大学社会科学部卒業。前職は、大手介護事業会社にて経営企画、購買、IT責任者、会計系コンサルティング会社にて事業再生を担当。現在の社会保障制度の課題に対し、より広く貢献したいとの思いからメディヴァに参画。地域社会に求められる医療、介護、障がい福祉事業者の経営改善支援を担っている。