2016/08/02/火

医療・ヘルスケア事業の現場から

「一からの開業」「継承からの開業」の選択について  3つの視点からの考察

医療機関チーム コンサルタント 金子隆一

はじめに

 開業を考える先生方にとって、新しい不動産(土地やビル)を探して一から始める開業(以下、「新規開業」とさせていただきます)か、親族や先輩医師または完全なる第三者がこれまで診療を行ってきた医療機関を継承して開業する方法(以下、「継承開業」とさせていただきます)にするかは、迷うポイントの一つではないでしょうか。この2つの選定に関して、結論から申し上げますと、一概にどちらかが良いとは言い切れず、様々な状況を勘案して決めることとなります。
 本稿では日頃多くご質問をいただく3つの視点(事業の成功見通しの立てやすさ、初期費用、スタッフ、)から、なぜどちらかに絞ることは出来ないのか、またそれを惑わすのはどのような状況なのか、その考え方の一部をご紹介させていただきます。

視点1:事業の成功見通しの立てやすさ(患者数の確保)に関して

 院長先生にとって開業をして、その場所に患者さんが何人くらい来るのか、という見通しは重要なポイントと存じます。見通しの立てやすさという点では過去にその場所で診療を行っていた医師のデータを確認し、患者数が多いことを確認してから継承できるという意味で、継承開業の方が安全であると考えられると存じます。しかし、必ずしもそうとは言い切れないケースや、新規開業でも同じように見通しを立てられるケースがあり、そのようなケースを見落としてしまうのは、もったいないかつリスクのあることです。
 以下、具体的に例示をさせていただきます。

ケース1:敢えて収益が上がっていない物件を狙うこともある

 高収益の案件はうまくいっているので何十年も診療をしてきているケースが多く、機器や内装が古くなっているのに譲渡対価は高めになっていることがあります。逆に経営がうまくいかずに開業後まもなく辞めてしまう物件は譲渡対価も安く、内装もきれいなケースが多い傾向にあります。理由として、うまくいっているクリニックは、その場所で開業をしたい先生が多く、所謂「のれん代」が高くなるからです。しかし、深く調査をしてみると現在うまくいっていないクリニックの場合でも診療科目や戦略を変えることにより患者さんの来院を見込めることがあります。(「内科では競合が多くうまくいかなかったが精神科に変更したら競合が周りに1件もなかった」等)、現在の患者数だけに捉われすぎると、安価できれいな案件を継承できるチャンスを逃してしまうかもしれません。

ケース2:クリニックでは無く、院長に患者さんが付いていることもある

 高収益が上がっているからといって、その患者さんが継承後もそのまま来てくださるかは確認が必要です。例えば、前院長が近隣の基幹病院と強いパイプを持っていた、前院長がテレビに良く出る有名人であった、前院長が特別な診療を行っている医師であった、というように院長が変わって患者さんが離れたりする要因はないか確認をすべきです。また、前院長の譲渡理由も確認し、ただ単に近隣への移転を考えており、古い内装や機器を売ろうとしているだけというケースにも注意が必要です。

ケース3:廃院情報を確認し、近隣で新規開業をする

 全ての廃止するクリニックで継承先を見つかるというわけではありません。中には、譲渡はせずに廃止をするということもあります。こういった場合、廃止する先生は患者さんの送り先に困っていて、近隣での新規開業をむしろ歓迎してくださるケースもあります。この際どこまで情報をいただけるかですが、新規開業でも患者さんの数の確保の見込みは立ちやすくなります。

ケース4:自身の現在の勤務先の近くで開業する

 難しい場合もありますが、例えば、外来がパンク状態であり紹介先を探しているような大病院の場合や小さな病院でも最初から開業をすることを約束して入職した場合や、自身がいなくなった後にその診療科を閉じることを検討している病院等では開業する際に、患者さんに開業のご案内をすること許可してくださる病院もございます。その場合、医事課の方に単価を聞いたり、自身が使用している薬品のリストもいただくことで、継承では無くてもある程度の経営見込みを出すことができます。

このように、継承開業でも未来を予測しにくいケースや、新規開業でも成功への根拠を掴むことができるケースがあります。また弊社ではこのように表面に出ている情報だけでなく、類似した案件のデータ等から事業の試算を行うことも可能になります。

視点2:「開業にかかる費用」という視点

 開業のご相談をいただく中で「開業費用が安いのはどちら」というご質問を頂戴します。新規開業の場合、30坪ほどのテナントで開業をするにしても開業費用としておおよそ5000万円程は必要になってくるので、中には1000万円以下という案件もある継承開業の方が安く済むように見えると存じます。しかしこの視点に関しても一概に決めることは難しく、一見譲渡対価が安い案件でも、以下に例示するように結果的に一から開業する場合よりも高くなることがあります。ご自身の方針と照らし合わせて案件毎にしっかりと精査を行うことが必要です。
 以下、継承の際に譲渡対価の他にかかってくる費用の例を示します。

継承の際にかかる費用例1:内装の解体費用

 「患者さんを引き継ぐために継承をしたが、内装はきれいな内装で始めたい」という場合、通常に新規で内装を施す場合と異なり、旧内装を取り壊す「解体」の費用がかかります。同様に家具だけでも新しいものにしたいという場合でも家具の購入費用に加えて古い家具の処分費用が余計にかかります。

継承の際にかかる費用例2:医療機器の処分費用

 前院長との診療科目が異なっている場合や、クリニック一式で継承をしたが不要な古い医療機器あった場合、処分費用がかかります。

継承の際にかかる費用例3:紙カルテの処分費用、移行費用

 紙カルテの処分費用や前院長の患者さんの情報を電子カルテに移す費用がかかります。

継承の際にかかる費用例4:広告物の作り直し

 継承の費用に加えてホームページ、看板、資材、名刺等のマーケティング費用は追加でかかってくることとなります

継承の際にかかる費用例5:継承にかかる手続き費用

仲介を行う業者への仲介料、譲渡契約書を作成する弁護士費用、等の費用は新規開業にはそもそも不要な費用になります。

継承の際にかかる費用例6:その他

 医師会入会権は継承をできないことが多く、費用が掛かります。

 上記は一例ですが、多くの案件で、継承した後にも開業費用はかかってくることとなります。継承の売却価格だけに捉われて決めてしまうのではなく、物件毎に上記のような視点を加えて細かく比較してみる必要があると存じます。

視点3:「スタッフ」という視点

 継承開業であれば、スタッフを採用しなくても良いというのは、メリットの一つと考える先生も多いと思います。一方でこちらも状況に応じて、慎重に検討をする必要があります。

スタッフの継承がメリットとなるケースの一例

(1)看護師や理学療法士等の専門職の従業員の確保ができる
(2)元々のスタッフが残ることにより、オペレーションの研修等が不要になる
(3)患者さんと顔見知りであり患者さんが安心して受診できる

スタッフの継承をしない、新規開業の方が良いケース(継承によってデメリットとなりうるケース)

(1)定期昇給により、人件費が高騰してしまっている場合
(2)退職金を定めているが、売り手に払う意志が無い場合
(3)元の就業のルールがいい加減である場合や、違法である場合
(4)高齢のスタッフばかりで電子カルテ等の新しいオペレーションに不慣れな場合
(5)スタッフが「前の院長はこうだった」と頭が固い場合

 上記のように、スタッフを引き継げるのはメリットである一方で譲渡の条件やスタッフのタイプによってはむしろリスクになるケースすらあります。またご自身とコンサルタントで新しく募集要項を作成し、しっかりと理念に共感していただく方を面接で選び、一緒に開業の喜びを分かち合うということも決して無駄なことではないと存じます。

新規開業と継承開業のどちらが良いというわけではない

 本稿では日頃ご質問が多い3つの視点で新規開業が良いか、継承開業が良いかを記載させていただきました。結論としては、上述させていただきましたように、新規開業と継承開業のどちらが良いというよりは、どちらも検討をしながら案件を一つ一つに丁寧に確認することが重要になります。

 つきまして、開業の際のパートナーに関しても新規、継承の双方で情報、経験を待ち、アドバイスができる業者が良いと存じます。実際には本日記載した3点の他にも、「医療法人、個人診療所なのか」や、「賃貸か土地から購入するか」、「跡継ぎはいるか」等、様々な視点で悩まれることとなり、これらにも上記のように多々と視点があります。一生に一度の開業を、一件、一件特徴が異なる中で、様々な長所、短所、さらにはタイミングや価値観も加えて検討することになるので開業地の選定は「買い物をする」という感覚よりも、少しオーバーかもしれませんが、「お見合い」をするというようなスタンスでご検討をいただくと良いかもしれません。