2020/05/21/木

医療・ヘルスケア事業の現場から

過去の経験を活かし、国民の命を一番に考えた政策_世界でも称賛されるベトナムの新型コロナウイルス対策│GLOBAL

メディヴァ海外事業部
コンサルタント 若宮 亜希子

はじめに

メディヴァの海外事業部はベトナムにメディヴァベトナムという子会社を持ち、南ベトナム最大都市ホーチミン近郊にあるビンズンという街で「ビンズンアーバンクリニック」を運営しています。ビンズンに居住、勤務する多くの外国人駐在員の方々が安心して医療サービスを受けられるよう、きめ細やかな日本式のクリニックをモットーに、私はその運営に携わっています。

今回の新型コロナウイルス感染症はベトナムでも感染者を認め、私たちを含め多くの人が経済的打撃を受けました。しかし、徹底したベトナムの新型コロナウイルス対策は功を奏し、未だ死者を出しておらず、5月に入りベトナムは平常を取り戻しつつあります。

話はさかのぼりますが、2003年に流行したSARS感染症の時も、ベトナムは徹底した隔離と、WHOや日本、フランスといった諸外国の支援を受け入れ、世界に先駆けて制圧に成功しました。
今回は、過去の経験を生かした徹底した対策で、世界でも称賛されるベトナムの新型コロナウイルス対策を紹介します。

ベトナム国内での感染者の推移と政府の対応

ベトナムでの初めての感染者報告は1月23日、中国武漢市より帰国した中国人1名とその家族である濃厚接触者1名でした。次いで中国武漢市へ研修に行きベトナムへ帰国した6名の感染が報告されます。これを受け、ベトナム政府はコロナウイルス迅速対応チームを結成し、患者の宿泊施設の消毒や、従業員と患者に接触した可能性のある者の隔離措置をとります。また、1月31日より中国人に対するビザの発給停止や、中国感染症発生地域との航空便の運航停止を順次実施しました。国内では大規模イベントの中止や、学校の休校、感染症対策の徹底が繰り返し勧告されていました。

その後、国内の感染者16名は全員回復しましたが、3月に入り欧米からのベトナム入国者、帰国者に相次いで新型コロナウイルス感染者が報告されベトナム政府はパンデミックを宣言します。この間も政府は次々と状況に応じた政策を施行します。入国者の14日間の隔離と健康管理を実施し、3月中旬には新型コロナウイルス感染症のすべて流行地域へのビザの発給を停止、3月下旬には外国人の入国を禁じ、事実上の鎖国状態に入りました。

ベトナム国内でのクラスター発生も認め、4月1日からは全国規模の社会隔離を実施、すべての公共交通機関がストップし、商業施設も不要不急の施設はすべて営業が停止しました。この社会隔離政策は4月22日まで継続されました。
感染者に関する情報が細かく公表され、接触した者、接触した可能性のある者を徹底的に追跡し、隔離と健康状態の把握に努めました。感染者の出た村やマンションの封鎖などもあり、一時期ベトナム全土で8万人が隔離されていたとも言われています。

ここまで徹底した対策に、私を含め、ベトナムに駐在し仕事をする日本人の多くは「やりすぎでは」と感じることもありました。特に日本人駐在員は生活の足であるタクシーも使用できず、スーパーや医療機関に行くことも制限されてしまい大きな苦労を強いられていました。しかし、結果として多くの国民がこの政策を遵守し、社会的隔離措置を解除し始める4月23時点での感染者数268名、死亡者数0名という数字を見ると、新型コロナウイルス感染症の封じ込めには成功しているとみてとれます。

5月に入りハノイやホーチミンといった大都市でも交通公共機関の制限が緩和され、学校も3ヶ月ぶりに再開されています。ソーシャルディスタンスとマスクの着用、消毒といった感染対策を継続しながら徐々に平常を取り戻しつつあります。

こういった結果の背景には、日本とは異なり、ベトナムが一党独裁政権であること、マスクを使用しない外出や健康状態の虚偽報告、政策に従わない商業運営などに厳しい罰則が科されるといった政策の強制力があることはもちろん大きな要因です。しかし、途上国で医療体制が十分でないという状況と、過去のSARS感染症の経験もあり、初動がとても早かったからこそ、徹底した隔離対策と経済活動の制限が功を奏したのだと思います。

医療機関の対応

新型コロナウイルス感染症患者は日本と同様にベトナムでも各省で指定医療機関があり、その医療機関でのみ患者の受け入れを行っていました。PCR検査は指定医療機関で採取された検体を、中心都市にあるPCR検査実施可能施設へ送り実施していました。その後、PCR検査実施の需要に応じて国内の幾つかの医療機関で検査が可能となりました。また、ベトナム独自で簡易の検査キットを開発し、クラスター発生場所の関係者などの大規模検査も実施していました。
院内感染を防止するため、病院施設内に入る者の検温、健康チェック、消毒の実施、面会者の制限を行いました。感染患者への治療にあたっては、全土の医療機関がオンラインでの会議を開き、国を挙げて重症者への治療方針を決定し従事していました。
指定医療機関の職員は泊まり込みでの従事でした。医療従事者の感染も数例報告されていたため、治療に従事する職員は帰宅が許されず病院の敷地内で寝泊まりをしていました。ハノイやホーチミンでは医療従事者のためにホテルが食事と宿泊の提供を実施していました。このような取り組みは日本でも見られ始めていますが、まだ少ないのが現状で、家族への感染を不安に思い、自身でアパート借りたりやホテルで寝泊まりしている人もいます。こういった方々へのサポートも手厚くしてほしいと個人的に感じています。

ベトナムでの新型コロナ感染症対策はそのまま日本へ応用できるものではありません。また、ベトナムは経済活動を大きく制限したために4月の時点で67万人という多くの失業者を出しており、今後抱える問題もとても大きなものがあります。しかし、ベトナムは若く、パワーがあり、たくさんの国々が投資を進めている国ですから、ここからの復活もまた早く、目を見張るものがあるのではないかと期待しています。

執筆者:若宮 亜希子 Akiko WAKAMIYA
福岡県出身。社会医学技術学院理学療法学科卒業。神奈川県の大学病院に理学療法士として約7年間所属し、小児から高齢者まで、多岐に渡る疾患患者への臨床業務に従事する傍ら、臨床研究活動にも尽力した。その後、JICA青年海外協力隊としてベトナム保健省直轄の総合病院にて活動。活動中に日本の医療の海外発信への可能性を感じ、途上国における医療の発展に自身も寄与したいという気持ちから2019年4月にメディヴァに参画。